半七捕物帳 勘平の死9

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第三話
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kkk4015 4592 C++ 4.7 95.9% 453.6 2175 92 36 2024/10/04

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(じゅうえもんはいそいではしをとったが、はんしちはろくろくにめしをくわなかった。)

三 十右衛門は急いで箸を取ったが、半七は碌々に飯を食わなかった。

(かれはあついのをもういっぽんもってきてくれとじょちゅうにたのんだ。)

彼は熱いのをもう一本持って来てくれと女中に頼んだ。

(「おやぶんはよっぽどめしあがりますか」と、じゅうえもんはきいた。)

「親分はよっぽど召し上がりますか」と、十右衛門は訊いた。

(「いいえ、やぼなにんげんですからさっぱりいけないんです。だが、きょうは)

「いいえ、野暮な人間ですからさっぱり飲けないんです。だが、きょうは

(すこしのみましょうよ。かおでもあかくしていねえとけいきがつきませんや」と、)

少し飲みましょうよ。顔でも紅くしていねえと景気が付きませんや」と、

(はんしちはにやにやわらっていた。 じゅうえもんはみょうなかおをしてだまってしまった。)

半七はにやにや笑っていた。 十右衛門は妙な顔をして黙ってしまった。

(じょちゅうがもってきたいっぽんのとっくりをはんしちはてじゃくでつづけてのみほした。)

女中が持って来た一本の徳利を半七は手酌でつづけて飲み干した。

(みなみにひをうけたあたたかいざしきでまひるにさけをのみすぎたので、はんしちのかおもてあしも)

南に日をうけた暖かい座敷で真昼に酒をのみ過ぎたので、半七の顔も手足も

(としのまちでうるかざりえびのようにまっかになった。)

歳の市で売る飾り海老のように真っ紅になった。

(「どうです。しぶっかみはよいかげんにそまりましたか」と、はんしちはあついほおをなでた。)

「どうです。渋っ紙は好い加減に染まりましたか」と、半七は熱い頬を撫でた。

(「はい、よいいろにおなりでございます」と、じゅうえもんはしかたなしにわらっていた。)

「はい、好い色におなりでございます」と、十右衛門は仕方なしに笑っていた。

(そうして、こんなによっているおとこをいずみやへあんないするのは、なんだか)

そうして、こんなに酔っている男を和泉屋へ案内するのは、なんだか

(こころもとないようにもおもったらしいが、いまさらことわるわけにもいかないので、)

心許ないようにも思ったらしいが、今更ことわるわけにも行かないので、

(かれはかんじょうをはらってはんしちをおもてへつれだした。はんしちのあしもとはすこしみだれて、)

かれは勘定を払って半七を表へ連れ出した。半七の足もとは少し乱れて、

(むこうからさけをさげてくるこぞうにあやうくつきあたりそうになった。)

向うから鮭をさげて来る小僧に危く突き当たりそうになった。

(「おやぶん。だいじょうぶですか」)

「親分。大丈夫ですか」

(じゅうえもんにてをとられてはんしちはよろけながらあるいた。とんだひとにとんだことを)

十右衛門に手を取られて半七はよろけながら歩いた。飛んだ人に飛んだことを

(そうだんしたと、じゅうえもんはいよいよこうかいしているらしくみえた。)

相談したと、十右衛門はいよいよ後悔しているらしく見えた。

(「だんな。どうぞうらぐちからこっそりいれてください」と、はんしちはいった。)

「旦那。どうぞ裏口からこっそり入れてください」と、半七は云った。

(しかし、まさかにうらぐちへもまわされまいとじゅうえもんはすこしちゅうちょしていると、)

しかし、まさかに裏口へも廻されまいと十右衛門は少し躊躇していると、

など

(はんしちはみせのよこてのろじへはいって、ずんずんうらぐちのほうへまわっていった。)

半七は店の横手の路地へはいって、ずんずん裏口の方へまわって行った。

(そのあしどりはあまりよっているらしくもみえなかった。)

その足取りはあまり酔っているらしくも見えなかった。

(じゅうえもんはおうようにそのあとについていった。)

十右衛門は追うように其の後について行った。

(「すぐにおふゆどんにあわしてください」)

「すぐにお冬どんに逢わしてください」

(うらぐちからはいったはんしちは、ひろいだいどころをとおりぬけてじょちゅうべやをのぞいたが、)

裏口からはいった半七は、広い台所を通りぬけて女中部屋を覗いたが、

(そこにはさんにんのあからがおのじょちゅうがかたまっていて、おふゆらしい)

そこには三人の赭ら顔の女中がかたまっていて、お冬らしい

(おんなのすがたはみえなかった。)

女のすがたは見えなかった。

(「おふゆはどうした」と、じゅうえもんはしょうじをほそめにあけると、あからがおは)

「お冬はどうした」と、十右衛門は障子を細目にあけると、赭ら顔は

(いちどにこっちをふりむいて、おふゆはゆうべからきぶんがわるいというので、)

一度にこっちを振り向いて、お冬はゆうべから気分が悪いというので、

(おかみさんのさしずではなれざしきのよじょうはんにねかしてあるとこたえた。)

おかみさんの指図で離れ座敷の四畳半に寝かしてあると答えた。

(そのよじょうはんはじゅうくにちのばん、かくたろうのがくやにあてたこざしきであった。)

その四畳半は十九日の晩、角太郎の楽屋にあてた小座敷であった。

(えんづたいでおくへとおると、せまいなかにわにはおおきななんてんがあかいたまをふさふさとみのらせていた。)

縁伝いで奥へ通ると、狭い中庭には大きな南天が紅い玉を房々と実らせていた。

(ふたりはしょうじのまえにたって、じゅうえもんがまずこえをかけると、しょうじはうちから)

ふたりは障子の前に立って、十右衛門が先ず声をかけると、障子は内から

(ひらかれた。しょうじをあけたのはおふゆのまくらべにすわっていたわかいおとこで、)

開かれた。障子をあけたのはお冬の枕辺に坐っていた若い男で、

(おふゆはびんもかくれるほどによぎをふかくかぶっていた。おとこはこづくりで)

お冬は鬢も隠れるほどに衾を深くかぶっていた。男は小作りで

(いろのあさぐろい、ひたいのせまいまゆのこいかおであった。)

色のあさ黒い、額の狭い眉の濃い顔であった。

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