半七捕物帳 槍突き2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第18話

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(まなつのあいだはいちじちゅうぜつしたらしいやりつきが、すずかぜのたつころからまたそろそろと)

盛夏のあいだは一時中絶したらしい槍突きが、涼風の立つ頃から又そろそろと

(はじまってきて、くがつのすえごろにはみっかにひとりぐらいずつのひがいしゃを)

始まって来て、九月の末頃には三日に一人ぐらいずつの被害者を

(だすようになったので、したまちのひとたちはまたおびやかされた。よんどころなしに)

出すようになったので、下町の人達はまたおびやかされた。よんどころなしに

(よあるきするものもさんにんかごにんがひとくみになってでることにして、ひとりあるきは)

夜あるきする者も三人か五人が一と組になって出ることにして、ひとり歩きは

(いっさいみあわせるようになった、しかしいつのばあいでも、ひがいしゃのしょじひんを)

一切見合わせるようになった、しかしいつの場合でも、被害者の所持品を

(とったといううわさはなく、たんについてにげるばかりで、つまりいっしゅの)

取ったという噂はなく、単に突いて逃げるばかりで、つまり一種の

(つじぎりのたぐいである。なまじいにひとのものにめをかけないだけに、)

辻斬りのたぐいである。なまじいに人の物に眼をかけないだけに、

(そのてがかりをみつけだすのがこんなんで、しょせんはそのばでめしとるよりほかには、)

その手がかりを見つけ出すのが困難で、所詮はその場で召捕るよりほかには、

(げしゅにんをみいだすほうほうがなかった。)

下手人を見いだす方法がなかった。

(ぶんかのときとぶんせいのときと、それがおなじげしゅにんであるかどうかはわからなかった。)

文化の時と文政のときと、それが同じ下手人であるかどうかは判らなかった。

(それがひとりであるか、ごにんろくにんがとうをくんでいるのか、あるいはそのうわさを)

それが一人であるか、五人六人が党を組んでいるのか、あるいはその噂を

(ききつたえておもしろはんぶんにまねるものがいくにんもできたのか、そんなことも)

聞き伝えて面白半分に真似るものが幾人も出来たのか、そんなことも

(いっさいわからなかった。いったいなんのためにそんなざんこくなことをするのか、)

一切判らなかった。一体なんの為にそんな残酷なことをするのか、

(それもたしかなはんだんがつかなかった。やはりざいらいのつじぎりとおなじように)

それも確かな判断が付かなかった。やはり在来の辻斬りと同じように

(もちやりのほのさえをためすのと、じぶんのうでのはたらきをためすのと、)

持ち槍の穂の冴えをためすのと、自分の腕の働きを試すのと、

(そのふたつであろうとはだれでもおもいつくことであるので、えどじゅうの)

その二つであろうとは誰でも思い付くことであるので、江戸じゅうの

(そうじゅつしなんしゃやそのもんじんたちがまっさきにめをつけられたが、そのほうめんでは)

槍術指南者やその門人たちが真っ先に眼をつけられたが、その方面では

(とりとめたてがかりもなかった。さりとて、それがふつうのものとりでないことは)

取り留めた手がかりもなかった。さりとて、それが普通の物取りでないことは

(わかっているので、どうもそのりゆうをはっけんするのにくるしめられた。)

判っているので、どうも其の理由を発見するのに苦しめられた。

(なにかのしんがんがあって、せんにんのにんげんをつくのだというせつもあった。)

なにかの心願があって、千人の人間を突くのだという説もあった。

など

(またはいぬどしのひとにかぎってつくのだというせつもあったが、かのえんじゅだゆうは)

又は戌年の人に限って突くのだという説もあったが、かの延寿太夫は

(とりどしのうまれでいぬどしではなかった。なんにしてもじゆうじざいにやりをつかういじょう、)

酉年の生まれで戌年ではなかった。なんにしても自由自在に槍を使う以上、

(それがちょうにんやひゃくしょうともおもわれないので、ぶけやろうにんどもがちゅういのめを)

それが町人や百姓とも思われないので、武家や浪人どもが注意の眼を

(のがれることはできなかった。しちべえもやはりそうみているひとりであった。)

逃れることは出来なかった。七兵衛もやはりそう見ている一人であった。

(じゅうがつむいかのあさはくもっていた。もうにょうぼうのないしちべえはやといばばのおかねにいった。)

十月六日の朝は陰っていた。もう女房のない七兵衛は雇い婆のお兼に云った。

(「ばあや、どうだい、てんきがおかしくなったな」)

「老婢、どうだい、天気がおかしくなったな」

(「なんだかしぐれそうでございます」と、おかねはえんがわをふきながら)

「なんだか時雨れそうでございます」と、お兼は縁側をふきながら

(うすぐらいしょとうのそらをみあげた。「こんばんからおじゅうやでございますね」)

薄暗い初冬の空をみあげた。「今晩からお十夜でございますね」

(「そうだ、おじゅうやだ。じってとおなわをあずかっているしょうばいでも、としをとると)

「そうだ、お十夜だ。十手とお縄をあずかっている商売でも、年をとると

(ごしょうげがでる。おしゅうしじゃあねえが、こんやはあさくさへでもごさんけいにいこうかな」)

後生気が出る。お宗旨じゃあねえが、今夜は浅草へでも御参詣に行こうかな」

(「それがよろしゅうございます。ごほうようやごせっぽうがあるそうでございますから」)

「それが宜しゅうございます。御法要や御説法があるそうでございますから」

(「ばあやとはなしがあうようになっちゃあ、おれももうおしまいだな。はははははは」)

「老婢と話が合うようになっちゃあ、おれももうお仕舞いだな。はははははは」

(げんきよくわらっているところへ、こぶんのひとりがしちべえのいまへかおをだした。)

元気よく笑っているところへ、子分のひとりが七兵衛の居間へ顔を出した。

(「おやぶん、はげいわがまいりました。すぐにとおしてやりますか」)

「親分、禿岩がまいりました。すぐに通してやりますか」

(「むむ。なにかようがあるのかしら。まあ、とおせ」)

「むむ。なにか用があるのかしら。まあ、通せ」

(こびんにはげのあるいわぞうというてさきがはなのさきをあかくしてはいってきた。)

小鬢に禿のある岩蔵という手先が鼻の先を赤くしてはいって来た。

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