半七捕物帳 少年少女の死3

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プレイ回数572難易度(4.5) 2413打 長文
岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(「あら、おていちゃんはどうしたんでしょう」)

「あら、おていちゃんはどうしたんでしょう」

(みんなもばらばらたっておていのすがたをみつけにいった。)

みんなもばらばら起っておていの姿を見付けに行った。

(おていはことしここのつで、さくまちょうのやまとやというしちやのひぞうむすめであった。)

おていは今年九つで、佐久間町の大和屋という質屋の秘蔵娘であった。

(おどりのすじもわるくないのと、そのおやもとがかねもちなのとで、ししょうはこんなちいさいこどもの)

踊りの筋も悪くないのと、その親許が金持なのとで、師匠はこんな小さい子供の

(ばんぐみをさいしょにおかずに、わざわざふかいところへまわしたのであった。)

番組を最初に置かずに、わざわざ深いところへ廻したのであった。

(おていはしもぶくれの、めのおおきい、まるでにんぎょうのようなかわいらしいかおのむすめで、)

おていは下膨れの、眼の大きい、まるで人形のような可愛らしい顔の娘で、

(しゅすやっこにいでたったかれのすがたは、ふだんのみなれているおこよすらも)

繻子奴に扮装ったかれの姿は、ふだんの見慣れているおこよすらも

(おもわずしげしげとみとれるくらいであった。そのおていちゃんが)

思わずしげしげと見惚れるくらいであった。そのおていちゃんが

(ゆくえふめいになったのである。)

行方不明になったのである。

(もちろん、がくやにはおていひとりではない。あねのおけいということしじゅうろくのむすめと、)

もちろん、楽屋にはおてい一人ではない。姉のおけいという今年十六の娘と、

(じょちゅうのおちよとおきぬと、このさんにんがつきそってなにかのせわを)

女中のお千代とおきぬと、この三人が附き添って何かの世話を

(していたのである。ははのおくまはしょうがつからのわずらいで、どっととこに)

していたのである。母のおくまは正月からの煩いで、どっと床に

(ついているので、きょうのおおさらいをけんぶつすることのできないのを)

就いているので、きょうの大浚いを見物することの出来ないのを

(ひどくざんねんがっていた。ちちのとくべえはしんるいのものし、ごにんをさそってきて)

ひどく残念がっていた。父の徳兵衛は親類の者四、五人を誘って来て

(にかいのしょうめんにじんどっていた。あねもじょちゅうたちも、さっきからおていのそばに)

二階の正面に陣取っていた。姉も女中たちも、さっきからおていのそばに

(ついていたのであるが、まえのまくがあいたときにそれをけんぶつするために)

付いていたのであるが、前の幕があいた時にそれを見物するために

(がくやをでて、はしごのあがりぐちからくびをのばしてしばらくのぞいていた。)

楽屋を出て、階子のあがり口から首を伸ばしてしばらく覗いていた。

(そのるすのあいだにおていはすがたをかくしたのであった。しかしこのさんにんのおんなのほかに、)

その留守の間におていは姿を隠したのであった。しかし此の三人の女のほかに、

(がくやにはほかのおどりこたちもいた。てつだいやせわやきのものどもも)

楽屋には他の踊り子たちもいた。手つだいや世話焼きの者共も

(おおぜいおしあっていた。そのなかでおていはどこへかくされたのであろう。)

大勢押し合っていた。そのなかでおていは何処へ隠されたのであろう。

など

(さんにんもあわててにかいのけんぶつせきをさがした。べんじょをさがした。にわをさがした。)

三人もあわてて二階の見物席を探した。便所をさがした。庭をさがした。

(とくべえもおどろいてがくやへかけおりてきた。)

徳兵衛もおどろいて楽屋へ駈け降りて来た。

(しゅすやっこのすがたがみえなくてはまくをあけることができない。そればかりでなく、)

繻子奴の姿が見えなくては幕をあけることが出来ない。そればかりでなく、

(がくやでおどりこのすがたがとつぜんきえてしまってはたいへんである。)

楽屋で踊り子の姿が突然消えてしまっては大変である。

(ししょうのみつやっこもかおのいろをかえてたちさわいだ。うちでしもほかのひとたちも)

師匠の光奴も顔の色をかえて立ち騒いだ。内弟子もほかの人達も

(いちどにたってうちじゅうをさがしはじめたが、しゅすやっこのかわいらしいすがたは)

一度に起って家じゅうを探し始めたが、繻子奴の可愛らしい姿は

(どこにもみつからなかった。なにをいうにもせまいところにおおぜいごたごた)

どこにも見付からなかった。なにをいうにも狭いところに大勢ごたごた

(しているのとで、おていがいつのまにかどうしたのかだれもしっているものは)

しているのとで、おていがいつの間にかどうしたのか誰も知っている者は

(なかった。あねとふたりのじょちゅうとがとうぜんそのせきにんしゃであるので、かれらは)

なかった。姉と二人の女中とが当然その責任者であるので、かれらは

(とくべえからかみつくようにしかられた。しかられたさんにんはなきがおになって)

徳兵衛から嚙み付くように叱られた。叱られた三人は泣き顔になって

(そこらをあさりあるいたが、おていはどこからもでてこなかった。)

其処らをあさり歩いたが、おていは何処からも出て来なかった。

(「どうしたんだろう」と、とくべえもしあんにあたわないようにためいきをついた。)

「どうしたんだろう」と、徳兵衛も思案に能わないように溜息をついた。

(「ほんとうにどうしたんでしょうねえ」と、みつやっこもなきそうになった。)

「ほんとうにどうしたんでしょうねえ」と、光奴も泣きそうになった。

(もうこうなっては、しかるよりもおこるよりもただそのふしぎにおどろかされて、)

もうこうなっては、叱るよりも怒るよりも唯その不思議におどろかされて、

(とくべえもぼんやりしてしまった。いかにここのつのこどもでも、すでにかおを)

徳兵衛もぼんやりしてしまった。いかに九つの子供でも、すでに顔を

(こしらえて、いしょうをつけてしまってから、おもてへふらふらでてゆくはずもあるまい。)

こしらえて、衣裳を着けてしまってから、表へふらふら出てゆく筈もあるまい。

(ちょうばにいるひとたちもしゅすやっこがおもてへでるのをみれば、むろんにさえぎりとめるはずである。)

帳場にいる人達も繻子奴が表へ出るのを見れば、無論に遮り止める筈である。

(「かみかくしかな」と、とくべえはためいきまじりにつぶやいた。)

「神隠しかな」と、徳兵衛は溜息まじりにつぶやいた。

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