半七捕物帳 少年少女の死10(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(したがって、それについていろいろのふうせつがつたえられたが、そのしんそうは)

したがって、それに就いていろいろの風説が伝えられたが、その真相は

(こうであった。おきくはごさいで、ことしやっつになるそうりょうむすこをふだんから)

こうであった。お菊は後妻で、ことし八つになる総領息子をふだんから

(じゃまものにしていた。せけんによくあるならいで、かのじょはおそろしいままははこんじょうから)

邪魔者にしていた。世間によくある習いで、彼女はおそろしい継母根性から

(そのそうりょうむすこをなきものにしようとたくらんで、こどものおもちゃとして)

その総領息子を亡きものにしようとたくらんで、子供の玩具として

(かえるのみずだしをかってきた。みずだしのいったんをみずのなかへさしこんでおいても、)

蛙の水出しを買って来た。水出しの一端を水の中へ挿し込んで置いても、

(なかなかしぜんにみずをふきだすものではない。ぞくにすいだしをかけるといって、)

なかなか自然に水をふき出すものではない。俗に吸い出しをかけると云って、

(さいしょにいっぽうのかえるのくちへにんげんのくちをあててみずをすいだしてやらなければならない。)

最初に一方の蛙の口へ人間の口をあてて水を吸い出してやらなければならない。

(いちどそうすると、それからはしぜんにみずをふきだすようになる。それであるから、)

一度そうすると、それからは自然に水を噴き出すようになる。それであるから、

(このみずだしをもてあそぶものはかならずいちどはかえるのくちをすわなければならない。)

この水出しをもてあそぶものは必ず一度は蛙の口を吸わなければならない。

(みずのでようのわるいときには、にどもさんどもかえるのくちをすうことがある。)

水の出ようの悪いときには、二度も三度も蛙の口を吸うことがある。

(これまでせつめいすれば、もうくわしくいうひつようはあるまい。おきくはせとのかえるに)

これまで説明すれば、もう委しく云う必要はあるまい。お菊は陶器の蛙に

(いっしゅのどくやくをぬりつけておいたのであった。)

一種の毒薬を塗りつけて置いたのであった。

(しかしかのじょはそれをままこにあたえようとしてさすがにちゅうちょした。かのじょは)

しかし彼女はそれを継子に与えようとしてさすがに躊躇した。彼女は

(そのいんぼうのおそろしいのにおびやかされて、けっきょくそれをちゅうしすることにしたが、)

その陰謀のおそろしいのにおびやかされて、結局それを中止することにしたが、

(さてそのみずだしのしょぶんにこまって、じょちゅうのおさきにめいじてしばうらのうみへ)

さてその水出しの処分に困って、女中のお咲に命じて芝浦の海へ

(そっとすててこいといった。もちろん、おさきがそのままうみへなげこんでしまえば)

そっと捨てて来いと云った。勿論、お咲がそのまま海へ投げ込んでしまえば

(なにごともなかったのであるが、そのひみつをしらないかのじょはわざわざすてにゆくのも)

何事もなかったのであるが、その秘密を知らない彼女はわざわざ捨てにゆくのも

(めんどうだとおもって、それをあたかもきあわせたかみくずやのごへえにやったので、)

面倒だと思って、それを恰も来あわせた紙屑屋の五兵衛にやったので、

(そのかえるのくちをすったごへえのこどもがまずしんだ。つづいてよしごろうのこどもが)

その蛙の口を吸った五兵衛の子供が先ず死んだ。つづいて由五郎の子供が

(しんだ。ひとつのみずだしがふたりのこどもをころすようなさんじがしゅったいした。)

死んだ。一つの水出しが二人の子供を殺すような惨事が出来した。

など

(たといはんとでちゅうししたとしても、ままこをどくさつしようとくわだてただけでも)

たとい半途で中止したとしても、継子を毒殺しようと企てただけでも

(おきくはなんらかのつみをうけなければならなかった。ことにそれがために、)

お菊は何等かの罪を受けなければならなかった。殊にそれがために、

(かみくずやのこどもをころし、だいくのこをころし、あわせてそのははをころすようなじけんを)

紙屑屋の子供を殺し、大工の子を殺し、あわせてその母を殺すような事件を

(しでかしたのであるから、そのじだいのほうとしてふつうのしざいはむしろ)

仕出来したのであるから、その時代の法として普通の死罪はむしろ

(かるいくらいであった。おさきはなんにもしらないとはいえ、しゅめいにそむいて)

軽いくらいであった。お咲はなんにも知らないとはいえ、主命にそむいて

(そのみずだしをひとにやったために、こういうけっかをうみだしたのであるから、)

其の水出しを他人にやった為に、こういう結果を生み出したのであるから、

(これもおもいけいざいをまぬがれることはできなかった。)

これも重い刑罪を免れることは出来なかった。

(ぶぎょうしょのきろくにのこっているのは、ただこれだけのじじつであって、おきくがどこから)

奉行所の記録に残っているのは、ただこれだけの事実であって、お菊がどこから

(こんなおそろしいどくやくをてにいれたかをしるしていない。おきくがそれを)

こんな恐ろしい毒薬を手に入れたかをしるしていない。お菊がそれを

(はくじょうしたらば、そのどくやくをあたえたものはとうぜんしょけいをうくべきはずであるが、)

白状したらば、その毒薬をあたえた者は当然処刑を受くべき筈であるが、

(もうしわたししょにはたんにおきくとおさきをしるしてあるばかりで、ほかのかんけいしゃのことは)

申渡書には単にお菊とお咲をしるしてあるばかりで、ほかの関係者のことは

(なんにもみえない。したがって、たんにどくやくというばかりで、そのくすりのしゅるいなどは)

なんにも見えない。したがって、単に毒薬というばかりで、その薬の種類などは

(いまからそうぞうすることはできない。)

今から想像することは出来ない。

(「いや、じつはそのどくやくをやったいしゃもわかっているんですがね」と、)

…… 「いや、実はその毒薬をやった医者も判っているんですがね」と、

(はんしちろうじんはここでちゅうをいれた。)

半七老人はここで註をいれた。

(「そいつはなかなかすばやいやつで、やましろやのにょうぼうとじょちゅうがぶぎょうしょへ)

「そいつはなかなか素捷い奴で、山城屋の女房と女中が奉行所へ

(よばれたときくと、すぐによにげをして、どこへいったかわからなく)

呼ばれたと聞くと、すぐに夜逃げをして、どこへ行ったか判らなく

(なったんです。そのうちれいのがかいで、えどもとうきょうとなってしまいましたから、)

なったんです。そのうち例の瓦解で、江戸も東京となってしまいましたから、

(せんぎもそれぎりできえました。うんのいいやつですね」)

詮議もそれぎりで消えました。運のいい奴ですね」

(「そうすると、そのみずだしのことはあなたのたねだしなんですね」)

「そうすると、その水出しのことはあなたの種出しなんですね」

(「おつやのばんに、かみくずやのにょうぼうがふとみずだしのことをしゃべったのが)

「お通夜の晩に、紙屑屋の女房がふと水出しのことをしゃべったのが

(てがかりで、こんなだいじけんをほじくりだしてしまいました。)

手がかりで、こんな大事件をほじくり出してしまいました。

(いつかあなたに「ふでやのむすめ」のおはなしをしたことがありましょう。)

いつかあなたに『筆屋の娘』のお話をしたことがありましょう。

(あれはこのよくげつのことで、せけんににたようなことはいくらもあるもんです」)

あれはこの翌月のことで、世間に似たようなことは幾らもあるもんです」

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