黄金風景1/太宰治

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黄金風景2(完)https://typing.twi1.me/game/422157

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問題文

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(うみのきしべにみどりなすかしのき、そのかしのきにおうごんのほそきくさりのむすばれて)

海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて

(ーぷうしきん)

ープウシキン

(わたしはこどものときは、あまりたちのいいほうではなかった。じょちゅうをいじめた。わたしは、)

私は子供のときは、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、

(のろくさいことはきらいで、それゆえ、のろくさいじょちゅうをことにもいじめた。)

のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊にもいじめた。

(おけいは、のろくさいじょちゅうである。りんごのかわをむかせても、むきながらなにを)

お慶は、のろくさい女中である。林檎の皮をむかせても、むきながら何を

(にどもさんどもてをやすめて、おい、とそのたびごとにきびしくこえをかけて)

二度も三度も手を休めて、おい、とその度毎にきびしく声をかけて

(やらないと、かたてにりんご、かたてにないふをもったまま、いつまでも、)

やらないと、片手に林檎、片手にナイフを持ったまま、いつまでも、

(ぼんやりしているのだ。たりないのではないか、とおもわれた。だいどころで)

ぼんやりしているのだ。足りないのではないか、と思われた。台所で

(なにもせずに、ただのっそりつったっているすがたを、わたしはよくみかけたもので)

何もせずに、ただのっそりつっ立っている姿を、私はよく見かけたもので

(あるが、こどもごころにも、うすみっともなく、みょうにかんにさわって、おい、おけい、)

あるが、子供心にも、うすみっともなく、妙に疳にさわって、おい、お慶、

(ひはみじかいのだぞ、などとおとなびた、いまおもってもせすじのさむくなるようなひどうの)

日は短いのだぞ、などと大人びた、いま思っても脊筋の寒くなるような非道の

(ことばをなげつけて、それでたりずにいちどはおけいをよびつけ、わたしのえほんの)

言葉を投げつけて、それで足りずに一度はお慶をよびつけ、私の絵本の

(かんぺいしきのなんびゃくにんとなくうようよしているへいたい、うまにのっているものもあり、)

観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者もあり、

(はたもっているものもあり、じゅうになっているものもあり、そのひとりひとりのへいたいの)

旗持っている者もあり、銃担っている者もあり、そのひとりひとりの兵隊の

(かたちをはさみでもってきりぬかせ、ぶきようなおけいは、あさからひるめしもくわずひぐれごろまで)

形を鋏でもって切り抜かせ、不器用なお慶は、朝から昼飯も食わず日暮頃まで

(かかって、やっとさんじゅうにんくらい、それもたいしょうのひげをかたほうきりおとしたり、じゅう)

かかって、やっと三十人くらい、それも大将の鬚を片方切り落としたり、銃

(もつへいたいのてを、くまのてみたいにおそろしくおおきくきりぬいたり、そうして)

持つ兵隊の手を、熊の手みたいに恐ろしく大きく切り抜いたり、そうして

(いちいちわたしにどなられ、なつのころであった、おけいはあせかきなので、)

いちいち私に怒鳴られ、夏のころであった、お慶は汗かきなので、

(きりぬかれたへいたいたちはみんな、おけいのてのあせで、びしょびしょにぬれて、)

切り抜かれた兵隊たちはみんな、お慶の手の汗で、びしょびしょに濡れて、

(わたしはついにかんしゃくをおこし、おけいをけった。たしかにかたをけったはずなのに、おけいは)

私は遂に癇癪をおこし、お慶を蹴った。たしかに肩を蹴った筈なのに、お慶は

など

(みぎのほおをおさえ、がばとなきふし、なきなきいった。「おやにさえかおをふまれた)

右の頬をおさえ、がばと泣き伏し、泣き泣きいった。「親にさえ顔を踏まれた

(ことはない。いっしょうおぼえております」うめくようなくちょうで、とぎれ、とぎれ)

ことはない。一生おぼえております」うめくような口調で、とぎれ、とぎれ

(そういったので、わたしは、さすがにいやなきがした。そのほかにも、わたしはほとんど)

そういったので、私は、流石にいやな気がした。そのほかにも、私はほとんど

(それがてんめいでもあるかのように、おけいをいびった。いまでも、たしょうはそうで)

それが天命でもあるかのように、お慶をいびった。いまでも、多少はそうで

(あるが、わたしにはむちなろどんのものは、とてもかんにんできぬのだ。)

あるが、私には無智な魯鈍の者は、とても堪忍できぬのだ。

(いっさくねん、わたしはいえをおわれ、いちやのうちにきゅうはくし、ちまたをさまよい、しょしょに)

一昨年、私は家を追われ、一夜のうちに窮迫し、巷をさまよい、諸所に

(なきつき、そのひそのひのいのちつなぎ、ややぶんぴつでもって、じかつできるあてが)

泣きつき、その日その日のいのち繋ぎ、やや文筆でもって、自活できるあてが

(つきはじめたとおもったとたん、やまいをえた。ひとびとのじょうでひとなつ、ちばけん)

つきはじめたと思ったとたん、病を得た。ひとびとの情で一夏、千葉県

(ふなばしちょう、どろのうみのすぐちかくにちいさいいえをかり、じすいのほようをすることができ、)

船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を借り、自炊の保養をすることができ、

(まいよまいよ、ねまきをしぼるほどのねあせとたたかい、それでもしごとはしなければ)

毎夜毎夜、寝巻をしぼる程の寝汗とたたかい、それでも仕事はしなければ

(ならず、まいあさまいあさのつめたいいちごうのぎゅうにゅうだけが、ただそれだけが、きみょうに)

ならず、毎朝々々のつめたい一合の牛乳だけが、ただそれだけが、奇妙に

(いきているよろこびとしてかんじられ、にわのすみのきょうちくとうのはながさいたのを、)

生きているよろこびとして感じられ、庭の隅の夾竹桃の花が咲いたのを、

(めらめらひがもえているようにしかかんじられなかったほど、わたしのあたまもほとほと)

めらめら火が燃えているようにしか感じられなかったほど、私の頭もほとほと

(いたみつかれていた。)

痛み疲れていた。

(そのころのこと、こせきしらべのよんじゅうにちかい、やせてこがらのおまわりがげんかんで、)

そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、

(ちょうぼのわたしのなまえと、それからぶしょうひげのばしほうだいのわたしのかおとを、つくづく)

帳簿の私の名前と、それから無精髭のばし放題の私の顔とを、つくづく

(みくらべ、おや、あなたは・・・のおぼっちゃんじゃございませんか?そういう)

見比べ、おや、あなたは・・・のお坊ちゃんじゃございませんか?そういう

(おまわりのことばには、つよいこきょうのなまりがあったので、「そうです」わたしは)

お巡りのことばには、強い故郷の訛があったので、「そうです」私は

(ふてぶてしくこたえた。「あなたは?」)

ふてぶてしく答えた。「あなたは?」

(おまわりはやせたかおにくるしいばかりにいっぱいのえみをたたえて、)

お巡りは痩せた顔にくるしいばかりにいっぱいの笑をたたえて、

(「やあ。やはりそうでしたか。おわすれかもしれないけど、かれこれにじゅうねん)

「やあ。やはりそうでしたか。お忘れかもしれないけど、かれこれ二十年

(ちかくまえ、わたしはkでばしゃやをしていました」)

ちかくまえ、私はKで馬車やをしていました」

(kとは、わたしのうまれたむらのなまえである。)

Kとは、私の生れた村の名前である。

(「ごらんのとおり」わたしは、にこりともせずおうじた。「わたしも、いまは)

「ごらんの通り」私は、にこりともせず応じた。「私も、いまは

(おちぶれました」)

落ちぶれました」

(「とんでもない」おまわりは、なおもたのしげにわらいながら、「しょうせつをおかき)

「とんでもない」お巡りは、なおも楽しげに笑いながら、「小説をお書き

(なさるんだったら、それはなかなかしゅっせです」)

なさるんだったら、それはなかなか出世です」

(わたしはくしょうした。)

私は苦笑した。

(「ところで」とおまわりはすこしこえをひくめ、「おけいがいつもあなたのおうわさをして)

「ところで」とお巡りは少し声をひくめ、「お慶がいつもあなたのお噂をして

(います」)

います」

(「おけい?」すぐにはのみこめなかった。)

「おけい?」すぐには呑みこめなかった。

(「おけいですよ。おわすれでしょう。おたくのじょちゅうをしていたー」)

「お慶ですよ。お忘れでしょう。お宅の女中をしていたー」

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