紫式部 源氏物語 夕顔 17 與謝野晶子訳

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(「おかくしなどけっしてしようとはおもっておりません。ただごじぶんのおくちから)

「お隠しなど決してしようとは思っておりません。ただ御自分のお口から

(おいいにならなかったことを、おかくれになってからおしゃべりするのは)

お言いにならなかったことを、お亡れになってからおしゃべりするのは

(すまないようなきがしただけでございます。ごりょうしんはずっとまえに)

済まないような気がしただけでございます。御両親はずっと前に

(おなくなりになったのでございます。とのさまはさんみちゅうじょうでいらっしゃいました。)

お亡くなりになったのでございます。殿様は三位中将でいらっしゃいました。

(ひじょうにかわいがっていらっしゃいまして、それにつけてもごじしんのふぐうを)

非常にかわいがっていらっしゃいまして、それにつけても御自身の不遇を

(もどかしくおぼしめしたでしょうが、そのうえじゅみょうにも)

もどかしく思召したでしょうが、その上寿命にも

(めぐまれていらっしゃいませんで、おわかくておなくなりになりましたあとで、)

恵まれていらっしゃいませんで、お若くてお亡くなりになりましたあとで、

(ちょっとしたことがはじめでとうのちゅうじょうがまだしょうしょうでいらっしったころに)

ちょっとしたことが初めで頭中将がまだ少将でいらっしったころに

(かよっておいでになるようになったのでございます。さんねんかんほどはごあいじょうが)

通っておいでになるようになったのでございます。三年間ほどは御愛情が

(あるふうでごかんけいがつづいていましたが、さくねんのあきごろに、あのかたのおくさまの)

あるふうで御関係が続いていましたが、昨年の秋ごろに、あの方の奥様の

(おとうさまのうだいじんのところからおどすようなことをいってまいりましたのを、)

お父様の右大臣の所からおどすようなことを言ってまいりましたのを、

(きのよわいかたでございましたから、むやみにおそろしがっておしまいになりまして、)

気の弱い方でございましたから、むやみに恐ろしがっておしまいになりまして、

(にしのうきょうのほうにおくさまのめのとがすんでおりましたいえへかくれていって)

西の右京のほうに奥様の乳母が住んでおりました家へ隠れて行って

(いらっしゃいましたが、そのいえもかなりひどいいえでございましたから)

いらっしゃいましたが、その家もかなりひどい家でございましたから

(おこまりになって、こうがいへうつろうとおおもいになりましたが、ことしはほうがくが)

お困りになって、郊外へ移ろうとお思いになりましたが、今年は方角が

(わるいので、ほうがくよけにあのごじょうのちいさいいえへいっておいでに)

悪いので、方角避けにあの五条の小さい家へ行っておいでに

(なりましたことから、あなたさまがおいでになるようなことになりまして、)

なりましたことから、あなた様がおいでになるようなことになりまして、

(あのいえがあのいえでございますからわびしがっておいでになったようでございます。)

あの家があの家でございますから侘しがっておいでになったようでございます。

(ふつうのひととはまるでちがうほどうちきで、ものおもいをしているとひとから)

普通の人とはまるで違うほど内気で、物思いをしていると人から

(みられるだけでもはずかしくてならないようにおおもいになりまして、)

見られるだけでも恥ずかしくてならないようにお思いになりまして、

など

(どんなくるしいこともこころにおさめていらしったようでございます」)

どんな苦しいことも心に納めていらしったようでございます」

(うこんのこのはなしでげんじはじしんのそうぞうがあたったことでまんぞくができたとともに、)

右近のこの話で源氏は自身の想像が当たったことで満足ができたとともに、

(そのやさしいひとがますますこいしくおもわれた。 「ちいさいこをひとりゆくえふめいにした)

その優しい人がますます恋しく思われた。 「小さい子を一人行方不明にした

(といってちゅうじょうがゆううつになっていたが、そんなちいさいひとがあったのか」)

と言って中将が憂鬱になっていたが、そんな小さい人があったのか」

(ととうてみた。 「さようでございます。おととしのはるおうまれになりました。)

と問うてみた。 「さようでございます。一昨年の春お生まれになりました。

(おじょうさまで、とてもおかわいらしいかたでございます」 「で、そのこは)

お嬢様で、とてもおかわいらしい方でございます」 「で、その子は

(どこにいるの、ひとにはわたくしがひきとったとしらせないようにしてわたくしにそのこを)

どこにいるの、人には私が引き取ったと知らせないようにして私にその子を

(くれないか。かたみもなにもなくてさびしくばかりおもわれるのだから、)

くれないか。形見も何もなくて寂しくばかり思われるのだから、

(それがじつげんできたらいいね」 げんじはこういって、また、)

それが実現できたらいいね」 源氏はこう言って、また、

(「とうのちゅうじょうにもいずれははなしをするが、あのひとをああしたところでしなせてしまったのが)

「頭中将にもいずれは話をするが、あの人をああした所で死なせてしまったのが

(わたくしだから、とうぶんはうらみをいわれるのがつらい。わたくしのいとこのちゅうじょうのこであるてんから)

私だから、当分は恨みを言われるのがつらい。私の従兄の中将の子である点から

(いっても、わたくしのようじょにしてそだてていいわけだから、そのにしのきょうのめのとにもなにか)

いっても、私の養女にして育てていいわけだから、その西の京の乳母にも何か

(ほかのことにして、おじょうさんをわたくしのところへつれてきてくれないか」 といった。)

ほかのことにして、お嬢さんを私の所へつれて来てくれないか」 と言った。

(「そうなりましたらどんなにけっこうなことでございましょう。あのにしのきょうで)

「そうなりましたらどんなに結構なことでございましょう。あの西の京で

(おそだちになってはあまりにきのどくでございます。わたくしどもわかいものばかり)

お育ちになってはあまりに気の毒でございます。私ども若い者ばかり

(でしたから、ゆきとどいたおせわができないということであっちへおあずけに)

でしたから、行き届いたお世話ができないということであっちへお預けに

(なったのでございます」 とうこんはいっていた。しずかなゆうがたのそらのいろも)

なったのでございます」 と右近は言っていた。静かな夕方の空の色も

(みにしむくがつだった。にわのうえこみのくさなどがうらがれて、もうむしのこえも)

身にしむ九月だった。庭の植え込みの草などがうら枯れて、もう虫の声も

(かすかにしかしなかった。そしてもうすこしずつもみじのいろづいたえのようなけしきを)

かすかにしかしなかった。そしてもう少しずつ紅葉の色づいた絵のような景色を

(うこんはながめながら、おもいもよらぬきぞくのいえのにょうぼうになっていることをかんじた。)

右近はながめながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。

(ごじょうのゆうがおのはなのさきかかったいえはおもいだすだけでもはずかしいのである。)

五条の夕顔の花の咲きかかった家は思い出すだけでも恥ずかしいのである。

(たけのなかでいえばとというとりがちょうしはずれになくのをきいてげんじは、あのぼういんで)

竹の中で家鳩という鳥が調子はずれに鳴くのを聞いて源氏は、あの某院で

(このとりのないたときにゆうがおのこわがったかおがいまもかれんにおもいだされてならない。)

この鳥の鳴いた時に夕顔のこわがった顔が今も可憐に思い出されてならない。

(「としはいくつだったの、なんだかふつうのわかいひとよりもずっとわかいようなふうに)

「年は幾つだったの、なんだか普通の若い人よりもずっと若いようなふうに

(みえたのもたんめいのひとだったからだね」 「たしかじゅうくにおなりになったので)

見えたのも短命の人だったからだね」 「たしか十九におなりになったので

(ございましょう。わたくしはおくさまのもうひとりのほうのめのとのわすれがたみで)

ございましょう。私は奥様のもう一人のほうの乳母の忘れ形見で

(ございましたので、さんみさまがかわいがってくださいまして、おじょうさまといっしょに)

ございましたので、三位様がかわいがってくださいまして、お嬢様といっしょに

(そだててくださいましたものでございます。そんなことをおもいますと、あのかたの)

育ててくださいましたものでございます。そんなことを思いますと、あの方の

(おなくなりになりましたあとで、へいきでよくもいきているものだとはずかしく)

お亡くなりになりましたあとで、平気でよくも生きているものだと恥ずかしく

(なるのでございます。よわよわしいあのかたをただひとりのたよりになるごしゅじんとおもって)

なるのでございます。弱々しいあの方をただ一人のたよりになる御主人と思って

(うこんはまいりました」 「よわよわしいおんながわたくしはいちばんすきだ。じぶんが)

右近は参りました」 「弱々しい女が私はいちばん好きだ。自分が

(かしこくないせいか、あまりそうめいで、ひとのかんじょうにうごかされないようなおんなは)

賢くないせいか、あまり聡明で、人の感情に動かされないような女は

(いやなものだ。どうかすればひとのゆうわくにもかかりそうなひとでありながら、)

いやなものだ。どうかすれば人の誘惑にもかかりそうな人でありながら、

(さすがにつつましくてこいびとになったおとこにぜんせいめいをまかせているというようなひとが)

さすがに慎ましくて恋人になった男に全生命を任せているというような人が

(わたくしはすきで、おとなしいそうしたひとをじぶんのおもうようにおしえて)

私は好きで、おとなしいそうした人を自分の思うように教えて

(せいちょうさせていければよいとおもう」 げんじがこういうと、)

成長させていければよいと思う」 源氏がこう言うと、

(「そのおこのみにはとおいようにおもわれませんかたの、おかくれになったことがざんねんで」)

「そのお好みには遠いように思われません方の、お亡れになったことが残念で」

(とうこんはいいながらないていた。そらはくもってひややかなかぜがとおっていた。)

と右近は言いながら泣いていた。空は曇って冷ややかな風が通っていた。

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