紫式部 源氏物語 葵 4 與謝野晶子訳
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問題文
(よくじつのかもまつりのひにさだいじんけのひとびとはけんぶつにでなかった。げんじにみそぎのひの)
翌日の加茂祭りの日に左大臣家の人々は見物に出なかった。源氏に御禊の日の
(くるまのばしょあらそいをくわしくつげたひとがあったので、げんじはみやすどころにどうじょうして)
車の場所争いを詳しく告げた人があったので、源氏は御息所に同情して
(あおいふじんのたいどをあきたらずおもった。きふじんとしてのしかくをじゅうぶんにそなえながら、)
葵夫人の態度を飽き足らず思った。貴婦人としての資格を十分に備えながら、
(じょうみにかけたつよいせいかくから、じしんはそれほどににくんではいなかったであろうが、)
情味に欠けた強い性格から、自身はそれほどに憎んではいなかったであろうが、
(そうしたひとりのおとこをめぐってあいのせいかつをしているひとたちのあいだはまたいっしゅのあいで)
そうした一人の男を巡って愛の生活をしている人たちの間はまた一種の愛で
(ほかをみるものであることをしらないおんなあるじのいしにならってつきそったにんげんが)
他を見るものであることを知らない女主人の意志に習って付き添った人間が
(みやすどころをぶじょくしたにちがいない、けんしきのあるじょうひんなきじょであるみやすどころは)
御息所を侮辱したに違いない、見識のある上品な貴女である御息所は
(どんなにいやなきがさせられたであろうと、きのどくにおもってすぐにほうもんしたが、)
どんなにいやな気がさせられたであろうと、気の毒に思ってすぐに訪問したが、
(さいぐうがまだやしきにおいでになるから、かみへのえんりょというこうじつで)
斎宮がまだ邸においでになるから、神への遠慮という口実で
(あってくれなかった。げんじにはじしんまでもがうらめしくてならない、)
逢ってくれなかった。源氏には自身までもが恨めしくてならない、
(げんざいのみやすどころのしんりはわかっていながらも、どちらにもこんなに)
現在の御息所の心理はわかっていながらも、どちらにもこんなに
(じこをしゅちょうするようなことがなくてやわらかにこころがもてないのであろうかと)
自己を主張するようなことがなくて柔らかに心が持てないのであろうかと
(たんそくされるのであった。 まつりのひのげんじはさだいじんけへはいかずに)
歎息されるのであった。 祭りの日の源氏は左大臣家へは行かずに
(にじょうのいんにいた。そしてまちへけんぶつにでてみるきになっていたのである。)
二条の院にいた。そして町へ見物に出て見る気になっていたのである。
(にしのたいへいって、これみつにくるまのよういをめいじた。 「おんなづれもけんぶつにでますか」)
西の対へ行って、惟光に車の用意を命じた。 「女連も見物に出ますか」
(といいながら、げんじはうつくしくよそおうたむらさきのひめぎみのすがたをえがおでながめていた。)
と言いながら、源氏は美しく装うた紫の姫君の姿を笑顔でながめていた。
(「あなたはぜひおいでなさい。わたくしがいっしょにつれていきましょうね」)
「あなたはぜひおいでなさい。私がいっしょにつれて行きましょうね」
(へいぜいよりもうつくしくみえるおとめのかみをてでなでて、)
平生よりも美しく見える少女の髪を手でなでて、
(「さきをひさしくきらなかったね。きょうはかみそぎによいひだろう」)
「先を久しく切らなかったね。今日は髪そぎによい日だろう」
(げんじはこういって、おんみょうどうのしらべやくをよんでよいじかんをきいたりしながら、)
源氏はこう言って、陰陽道の調べ役を呼んでよい時間を聞いたりしながら、
(「にょうぼうたちはさきにでかけるといい」 といっていた。)
「女房たちは先に出かけるといい」 と言っていた。
(きれいによそおったどうじょたちをてんけんしたが、おとめらしくかわいくそろえてきられた)
きれいに装った童女たちを点見したが、少女らしくかわいくそろえて切られた
(かみのすそがもんおりのはでなはかまにかかっているあたりがことにめをひいた。)
髪の裾が紋織の派手な袴にかかっているあたりがことに目を惹いた。
(「にょおうさんのかみはわたくしがきってあげよう」 といったげんじも、)
「女王さんの髪は私が切ってあげよう」 と言った源氏も、
(「あまりたくさんでこまるね。おとなになったらしまいにはどんなになろうと)
「あまりたくさんで困るね。大人になったらしまいにはどんなになろうと
(かみはおもっているのだろう」 とこまっていた。)
髪は思っているのだろう」 と困っていた。
(「ながいかみのひとといってもまえのかみはすこしみじかいものなのだけれど、)
「長い髪の人といっても前の髪は少し短いものなのだけれど、
(あまりそろいすぎているのはかえってわるいかもしれない」)
あまりそろい過ぎているのはかえって悪いかもしれない」
(こんなことをいいながらもげんじのしごとはおわりになった。 「ちひろ」)
こんなことを言いながらも源氏の仕事は終わりになった。 「千尋」
(と、これはかみそぎのいわいことばである。しょうなごんはかんげきしていた。 )
と、これは髪そぎの祝い言葉である。少納言は感激していた。
(はかりなきちひろのそこのみるぶさのおいゆくすえはわれのみぞみん )
はかりなき千尋の底の海松房の生ひ行く末はわれのみぞ見ん
(げんじがこうつげたときに、にょおうは、 )
源氏がこう告げた時に、女王は、
(ちひろともいかでかしらんさだめなくみちひるしおののどけからぬに )
千尋ともいかでか知らん定めなく満ち干る潮ののどけからぬに
(とかみにかいていた。きじょらしくてしかもわかやかにうつくしいひとに)
と紙に書いていた。貴女らしくてしかも若やかに美しい人に
(げんじはまんぞくをかんじていた。)
源氏は満足を感じていた。