人間椅子 8

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タグ小説 文学
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 A.N 6278 S 6.4 97.2% 512.1 3307 92 71 2024/12/13
2 ペンだこ 5768 A+ 6.0 96.0% 553.9 3331 136 71 2024/12/02
3 ヌオー 5441 B++ 5.7 94.6% 575.2 3317 187 71 2024/11/28

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問題文

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(かのじょは、ちょうどえいじがははおやのふところにいだかれるときのさまな、)

彼女は、丁度嬰児が母親の懐に抱かれる時の様な、

(または、しょじょがこいびとのほうようにおうじるときのさまな、)

又は、処女が恋人の抱擁に応じる時の様な、

(あまいやさしさをもってわたしのいすにみをしずめます。)

甘い優しさを以て私の椅子に身を沈めます。

(そして、わたしのひざのうえで、しんたいをうごかすようすまでが、)

そして、私の膝の上で、身体を動かす様子までが、

(さもゆかしげにみえるのでございます。)

さも懐しげに見えるのでございます。

(かようにして、わたしのじょうねつは、)

かようにして、私の情熱は、

(ひびにはげしくもえていくのでした。)

日々に烈しく燃えて行くのでした。

(そして、ついには、ああおくさま、ついには、)

そして、遂には、ああ奥様、遂には、

(わたしは、みのほどもわきまえぬ、)

私は、身の程もわきまえぬ、

(だいそれたねがいをいだくようになったのでございます。)

大それた願いを抱く様になったのでございます。

(たったひとめ、わたしのこいびとのかおをみて、)

たった一目、私の恋人の顔を見て、

(そして、ことばをかわすことができたなら、)

そして、言葉を交すことが出来たなら、

(それまましんでもいいとまで、わたしは、おもいつめたのでございます。)

其まま死んでもいいとまで、私は、思いつめたのでございます。

(おくさま、あなたは、むろん、とっくにごさとりでございましょう。)

奥様、あなたは、無論、とっくに御悟りでございましょう。

(そのわたしのこいびとともうしますのは、あまりのしつれいをおゆるしくださいませ。)

その私の恋人と申しますのは、余りの失礼をお許し下さいませ。

(じつは、あなたなのでございます。あなたのごしゅじんが、)

実は、あなたなのでございます。あなたの御主人が、

(あのyしのどうぐてんで、わたしのいすをごかいとりになっていらい、)

あのY市の道具店で、私の椅子を御買取りになって以来、

(わたしはあなたにおよばぬこいをささげていた、あわれなおとこでございます。)

私はあなたに及ばぬ恋をささげていた、哀れな男でございます。

(おくさま、いっしょうのおねがいでございます。)

奥様、一生の御願いでございます。

(たったいちど、わたしにおあいくださるわけにはいかぬでございましょうか。)

たった一度、私にお逢い下さる訳には行かぬでございましょうか。

など

(そして、ひとことでも、このあわれなみにくいおとこに、)

そして、一言でも、この哀れな醜い男に、

(なぐさめのおことばをおかけくださるわけにはいかぬでございましょうか。)

慰めのお言葉をおかけ下さる訳には行かぬでございましょうか。

(わたしはけっしてそれいじょうをのぞむものではありません。)

私は決してそれ以上を望むものではありません。

(そんなことをのぞむには、あまりにみにくく、よごれはてたわたしでございます。)

そんなことを望むには、余りに醜く、汚れ果てた私でございます。

(どうぞどうぞ、よにもふこうなおとこの、せつなるねがいをおききとどけくださいませ。)

どうぞどうぞ、世にも不幸な男の、切なる願いを御聞き届け下さいませ。

(わたしはさくや、このてがみをかくために、おていをぬけだしました。)

私は昨夜、この手紙を書く為に、お邸を抜け出しました。

(めんとむかって、おくさまにこんなことをおねがいするのは、)

面と向って、奥様にこんなことをお願いするのは、

(ひじょうにきけんでもあり、かつわたしにはとてもできないことでございます。)

非常に危険でもあり、且つ私には迚も出来ないことでございます。

(そして、いま、あなたがこのてがみをおよみなさるじふんには、)

そして、今、あなたがこの手紙をお読みなさる時分には、

(わたしはしんぱいのためにあおいかおをして、)

私は心配の為に青い顔をして、

(おていのまわりを、うろつきまわっております。)

お邸のまわりを、うろつき廻って居ります。

(もし、この、よにもむしつけなおねがいをおききとどけくださいますなら、)

若し、この、世にも無躾なお願いをお聞き届け下さいますなら、

(どうかしょさいのまどのなでしこのはちうえに、)

どうか書斎の窓の撫子の鉢植に、

(あなたのはんかちをおかけくださいまし、それをあいずに、)

あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、

(わたしは、なにげなきひとりのほうもんしゃとしておていのげんかんをおとずれるでございましょう。)

私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。

(そして、このふしぎなてがみは、あるねつれつないのりのことばをもってむすばれていた。)

そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。

(よしこは、てがみのはんほどまでよんだとき、)

佳子は、手紙の半程まで読んだ時、

(すでにおそろしいよかんのために、まっさおになってしまった。)

已に恐しい予感の為に、まっ青になって了った。

(そして、むいしきにたちあがると、)

そして、無意識に立上ると、

(きみわるいひじかけいすのおかれたしょさいからにげだして、)

気味悪い肘掛椅子の置かれた書斎から逃げ出して、

(にっぽんだてのいまのほうへきていた。てがみのあとのほうは、)

日本建ての居間の方へ来ていた。手紙の後の方は、

(いっそよまないで、やぶりすててしまおうかとおもったけれど、)

いっそ読まないで、破り棄てて了おうかと思ったけれど、

(どうやらきがかりなままに、)

どうやら気懸りなままに、

(いまのこづくえのうえで、ともかくも、よみつづけた。)

居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。

(かのじょのよかんはやっぱりあたっていた。)

彼女の予感はやっぱり当っていた。

(これはまあ、なんというおそろしいじじつであろう。)

これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。

(かのじょがまいにちこしかけていた、あのひじかけいすのなかには、)

彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、

(みもしらぬひとりのおとこが、はいっていたのであるか。)

見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。

(「おお、きみのわるい」)

「オオ、気味の悪い」

(かのじょは、せなかからひやみずをあびせられたさまな、)

彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、

(おかんをおぼえた。そして、いつまでたっても、)

悪寒を覚えた。そして、いつまでたっても、

(ふしぎなみぶるいがやまなかった。)

不思議な身震いがやまなかった。

(かのじょは、あまりのことに、ぼんやりしてしまって、)

彼女は、あまりのことに、ボンヤリして了って、

(これをどうしょちすべきか、まるでけんとうがつかぬのであった。)

これをどう処置すべきか、まるで見当がつかぬのであった。

(いすをしらべてみる(?)どうしてどうして、)

椅子を調べて見る(?)どうしてどうして、

(そんなきみのわるいことができるものか。)

そんな気味の悪いことが出来るものか。

(そこにはたとえ、もうにんげんがいなくても、しょくもつそのほかの、)

そこには仮令、もう人間がいなくても、食物その他の、

(かれにふぞくしたきたないものが、まだのこされているにそういないのだ。)

彼に附属した汚いものが、まだ残されているに相違ないのだ。

(「おくさま、おてがみでございます」)

「奥様、お手紙でございます」

(はっとして、ふりむくと、それは、ひとりのじょちゅうが、)

ハッとして、振り向くと、それは、一人の女中が、

(いまとどいたらしいふうしょをもてきたのだった。)

今届いたらしい封書を持て来たのだった。

(よしこは、むいしきにそれをうけとって、かいふうしようとしたが、)

佳子は、無意識にそれを受取って、開封しようとしたが、

(ふと、そのうわがきをみると、かのじょは、おもわずそのてがみをとりおとしたほども、)

ふと、その上書を見ると、彼女は、思わずその手紙を取りおとした程も、

(ひどいおどろきにうたれた。)

ひどい驚きに打たれた。

(そこには、さっきのぶきみなてがみとすんぶんちがわぬふでくせをもって、)

そこには、さっきの無気味な手紙と寸分違わぬ筆癖をもって、

(かのじょのなあてがかかれてあったのだ。)

彼女の名宛が書かれてあったのだ。

(かのじょは、ながいあいだ、それをかいふうしようか、しまいかとまよっていた。)

彼女は、長い間、それを開封しようか、しまいかと迷っていた。

(が、とうとう、さいごにそれをやぶって、)

が、とうとう、最後にそれを破って、

(びくびくしながら、なかみをよんでいった。)

ビクビクしながら、中身を読んで行った。

(てがみはごくみじかいものであったけれど、)

手紙はごく短いものであったけれど、

(そこには、かのじょを、もういちどはっとさせたさまな、きみょうなもんごんがしるされていた。)

そこには、彼女を、もう一度ハッとさせた様な、奇妙な文言が記されていた。

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