野菊の墓 伊藤左千夫 ⑤

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政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描く。夏目漱石が絶賛。

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問題文

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(ぼくはずぼんしたにたびはだしむぎわらぼうといういでたち、)

僕はズボン下に足袋裸足麦藁帽という出で立ち、

(たみこはてさしをはいてももひきもはいてゆけとははがいうと、)

民子は手指をはいて股引もはいてゆけと母が云うと、

(てさしばかりはいてももひきはくのにぐずぐずしている。)

手指ばかりはいて股引はくのにぐずぐずしている。

(たみこはぼくのところへきて、)

民子は僕のところへきて、

(ももひきはかないでもよいようにおかあさんにそういってくれという。)

股引はかないでもよい様にお母さんにそう云ってくれと云う。

(ぼくはたみさんがそういいなさいという。)

僕は民さんがそう云いなさいと云う。

(おしもんどうをしているうちに、はははききつけてわらいながら、)

押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、

(「たみやはまちばものだから、ももひきはくのはきまりがわるいかい。)

「民やは町場者だから、股引はくのは極りが悪いかい。

(わたしはまたおまえがやわらかいてあしへ、)

私はまたお前が柔かい手足へ、

(いばらやすすきできずをつけるがかわいそうだから、そういったんだが、)

茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、

(いやだというならおまえのすきにするがよいさ」)

いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」

(それでたみこは、れいのたすきにまえかけすがたであさうらぞうりというしたく。)

それで民子は、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。

(ふたりがいっとざるひとつずつをもち、)

二人が一斗ざるひとつずつを持ち、

(ぼくがべつにばんにょかたかごとてんびんとをかたにしてでかける。)

僕が別に番ニョ片籠と天秤とを肩にして出掛ける。

(たみこがあとからすげがさをかむってでると、ははがわらいごえでよびかける。)

民子が跡から菅笠を被って出ると、母が笑声で呼びかける。

(「たみや、おまえがすげがさをかむってあるくと、)

「民や、お前が菅笠を被って歩くと、

(ちょうどきのこがあるくようでみっともない。)

ちょうど木の子が歩くようで見っともない。

(あみがさがよかろう。あたらしいのがひとつあったはずだ」)

編笠がよかろう。新らしいのが一つあった筈だ」

(いねかりれんはでてしまってべつにわらうものもなかったけれど、)

稲刈連は出てしまって別に笑うものもなかったけれど、

(たみこはあわててすげがさをぬいで、かおをあかくしたらしかった。)

民子はあわてて菅笠を脱いで、顔を赤くしたらしかった。

など

(こんどはあみがさをかむらずにてにもって、)

今度は編笠を被らずに手に持って、

(それじゃおかあさんいってまいりますとあいさつしてはしってでた。)

それじゃお母さんいってまいりますと挨拶して走って出た。

(むらのものらもかれこれいうときいてるので、)

村のものらもかれこれいうと聞いてるので、

(ふたりそろうてゆくもひとまえはずかしく、いそいでむらをとおりぬけようとのかんがえから、)

二人揃うてゆくも人前恥かしく、急いで村を通抜けようとの考えから、

(ぼくはひとあしさきになってでかける。)

僕は一足先になって出掛ける。

(むらはずれのさかのおりくちのおおきないちょうのきのねでたみこのくるのをまった。)

村はずれの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で民子のくるのを待った。

(ここからみおろすとすこしのたんぼがある。)

ここから見おろすと少しの田んぼがある。

(いろよくきばんだおくてにつゆをおんで、)

色よく黄ばんだ晩稲に露をおんで、

(しっとりとうちふしたこうけいは、きのせいかことにすがすがしく、)

シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々しく、

(むねのすくようなながめである。たみこはいつのまにかきていて、)

胸のすくような眺めである。民子はいつの間にか来ていて、

(きのうのあめであらいながしたあかつちのうえに、)

昨日の雨で洗い流した赤土の上に、

(ふたはみはいちょうのはのおちるのをひろっている。)

二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。

(「たみさん、もうきたかい。このてんきのよいことどうです。)

「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。

(ほんとにこころもちのよいあさだねい」)

ほんとに心持のよい朝だねイ」

(「ほんとにてんきがよくてうれしいわ。)

「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。

(このまあいちょうのはのきれいなこと。さあでかけましょう」)

このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」

(たみこのうつくしいてでもってるといちょうのはもことにきれいにみえる。)

民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。

(ふたりはさかをおりてようやくきゅうくつなばしょからひろばへでたきになった。)

二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。

(きょうはおおいそぎでわたをとりかたづけ、)

今日は大いそぎで棉を採り片付け、

(さんざんおもしろいことをしてあそぼうなどとそうだんしながらあるく。)

さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。

(みちのまんなかはかわいているが、りょうがわのたについているところは、)

道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、

(つゆにしとしとにぬれて、いろいろのくさがはなをひらいてる。)

露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。

(たうこぎはうらがれて、みずそばたでなどいちばんおおくしげっている。)

タウコギはうら枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。

(みやこぐさもきいろくはながみえる。のぎくがよろよろとさいている。)

都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。

(たみさんこれのぎくがとぼくはわれしらずあしをとめたけれど、)

民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、

(たみこはきこえないのかさっさとさきへゆく。)

民子は聞えないのかさっさと先へゆく。

(ぼくはちょっとわきへものをおいて、のぎくのはなをひとにぎりとった。)

僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。

(たみこはいっちょうほどさきへいってから、きがついてふりかえるやいなや、)

民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、

(あれっとさけんでかけもどってきた。)

あれッと叫んで駆け戻ってきた。

(「たみさんはそんなにもどってきないったってぼくがいくものを・・・」)

「民さんはそんなに戻ってきないッたって僕が行くものを・・・」

(「まあまさおさんはなにをしていたの。)

「まア政夫さんは何をしていたの。

(わたしびっくりして・・・まあきれいなのぎく、)

私びッくりして・・・まア綺麗な野菊、

(まさおさん、わたしにはんぶんおくれったら、わたしほんとうにのぎくがすき」)

政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」

(「ぼくはもとからのぎくがだいすき。たみさんものぎくがすき・・・」)

「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き・・・」

(「わたしなんでものぎくのうまれかわりよ。)

「私なんでも野菊の生れ返りよ。

(のぎくのはなをみるとみぶるいのでるほどこのもしいの。)

野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。

(どうしてこんなかと、じぶんでもおもうくらい」)

どうしてこんなかと、自分でも思う位」

(「たみさんはそんなにのぎくがすき・・・)

「民さんはそんなに野菊が好き・・・

(どうりでどうやらたみさんはのぎくのようなひとだ」)

道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

(たみこはわけてやったはんぶんののぎくをかおにおしあててうれしがった。ふたりはあるきだす。)

民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。

(「まさおさん・・・わたしのぎくのようだってどうしてですか」)

「政夫さん・・・私野菊の様だってどうしてですか」

(「さあどうしてということはないけど、)

「さアどうしてということはないけど、

(たみさんはなにがなしのぎくのようなふうだからさ」)

民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

(「それでまさおさんはのぎくがすきだって・・・」)

「それで政夫さんは野菊が好きだって・・・」

(「ぼくだいすきさ」)

「僕大好きさ」

(たみこはこれからはあなたがさきになってといいながら、みずからはあとになった。)

民子はこれからはあなたが先になってと云いながら、自らは後になった。

(いまのぐうぜんにおこったかんたんなもんどうは、おたがいのむねにつよくゆういみにかんじた。)

今の偶然に起った簡単な問答は、お互の胸に強く有意味に感じた。

(たみこもそうおもったことはそのそぶりでわかる。)

民子もそう思った事はその素振りで解る。

(ここまではなしがせまると、もうそのさきをいいだすことはできない。)

ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。

(はなしはちょっととぎれてしまった。)

話は一寸途切れてしまった。

(なんといってもおさないふたりは、)

何と言っても幼いふたりは、

(いまつみのかみにほんろうせられつつあるのであれど、)

今罪の神に翻弄せられつつあるのであれど、

(のぎくのようなひとだといったことばについで、)

野菊の様な人だと云った詞についで、

(そののぎくをぼくはだいすきだといったときすら、)

その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、

(ぼくはすでにむねにどうきをおこしたくらいで、)

僕は既に胸に動悸を起した位で、

(すぐにそれいじょうをいいだすほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。)

直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。

(たみこもおなじこと、ものにつきあたったようなこころもちで)

民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で

(つよくおたがいにかんじたときにこえはつまってしまったのだ。)

強くお互に感じた時に声はつまってしまったのだ。

(ふたりはしばらくむごんであるく。)

二人はしばらく無言で歩く。

(まことにたみこはのぎくのようなこであった。)

まことに民子は野菊の様な児であった。

(たみこはまったくのいなかふうではあったが、けっしてそやではなかった。)

民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。

(かれんでやさしくてそうしてひんかくもあった。)

可憐で優しくてそうして品格もあった。

(いやみとかにくげとかいうところはつめのあかほどもなかった。)

厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。

(どうみてものぎくのふうだった。)

どう見ても野菊の風だった。

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