半七捕物帳 鷹のゆくえ11
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問題文
(しょうぎのうえにひきすえられて、たつぞうはまただまってしまった。)
床几の上に引き据えられて、辰蔵はまた黙ってしまった。
(そのとき、みせのいりぐちでなにかものおとがきこえたらしいので、)
その時、店の入口で何か物音がきこえたらしいので、
(めのはやいはんしちはふとみかえると、いつのまにきていたのか、)
眼のはやい半七はふと見かえると、いつの間に来ていたのか、
(かのおすぎがやなぎのかげからいっしんにこちらをのぞいているらしかった。)
かのお杉が柳のかげから一心にこちらを覗いているらしかった。
(かのじょははんしちのかおをみると、みをひるがえしていちもくさんににげだした。)
彼女は半七の顔を見ると、身をひるがえして一目散に逃げ出した。
(「こんちくしょう、ちょうどいいところへきた」)
「こん畜生、丁度いいところへ来た」
(はんしちはたつぞうをつきとばしておもてへとびだすと、あしのはやいおすぎは)
半七は辰蔵を突き飛ばして表へ飛び出すと、足の早いお杉は
(もうさん、しけんもいきすぎていた。とっさのあいだにしあんしたはんしちは)
もう三、四間も行きすぎていた。咄嗟(とっさ)のあいだに思案した半七は
(のきさきにたてかけてあるながいもちざおをとってかけだして、おすぎのあとをおいながら、)
軒先に立てかけてある長い黐竿をとって駈け出して、お杉のあとを追いながら、
(さおのさきでかのじょのあたまをおさえた。せみやとんぼをとるこどものもちざおとちがって、)
竿のさきで彼女の頭を押えた。蟬やとんぼを捕る子供の黐竿と違って、
(ほんしょくのとりさしのとりもちであるから、おすぎはみぎのよこびんからいちょうがえしの)
本職の鳥さしの鳥黐であるから、お杉は右の横鬢(びん)から銀杏返しの
(ねへかけてべっとりとねばついたもちをどうすることもできなかった。)
根へかけてべっとりとねばついた黐をどうすることも出来なかった。
(かのじょはすずめのようにはんしちのもちざおにとらえられてしまった。それをむりに)
彼女は雀のように半七の黐竿に捕えられてしまった。それを無理に
(ひきはなそうとあせっているところへ、はんしちはさおをすてておいついてきた。)
引き放そうとあせっているところへ、半七は竿を捨てて追い付いて来た。
(「さあ、こい」)
「さあ、来い」
(おすぎもたつぞうのみせへひきずりこまれた。もちざおでにんげんをさしたのを)
お杉も辰蔵の店へ引き摺り込まれた。黐竿で人間をさしたのを
(はじめてみたろうじんは、めをまるくしてながめていた。)
初めて見た老人は、眼を丸くして眺めていた。
(「さあ、これでふたりそろった。さあ、かたっぱしからはくじょうしろ。やい、おすぎ。)
「さあ、これで二人揃った。さあ、片っ端から白状しろ。やい、お杉。
(なんでここへのぞきにきた。てめえはゆうべここのいえへとまりこんで、)
なんでここへ覗きに来た。てめえはゆうべここの家へ泊まり込んで、
(なにもかもしっているだろう。たかはだれがとったんだ」)
何もかも知っているだろう。鷹は誰が捕ったんだ」
(はくじょうしなければしざいだとおどされて、さすがはおんなだけにおすぎはまずといにおちた。)
白状しなければ死罪だと嚇されて、さすがは女だけにお杉はまず問いに落ちた。
(たつぞうももうつつみきれなくなってはくじょうした。はんしちのかんていどおり、)
辰蔵ももう包み切れなくなって白状した。半七の鑑定通り、
(よしみとおすぎはゆうべここのいえであった。けさになってよしみが)
吉見とお杉はゆうべここの家で逢った。けさになって吉見が
(かえろうとするときに、いちわのたかがおりてきていちょうのこずえにとまったが、)
帰ろうとするときに、一羽の鷹が降りて来て銀杏のこずえに止まったが、
(そのあしのおがえだにからんでふたたびとぶことができなくなったらしい。)
その足の緒が枝にからんで再び飛ぶことが出来なくなったらしい。
(それをみつけたよしみはすぐにこずえによじのぼって、へいぜいてなれているだけに、)
それを見付けた吉見はすぐに梢によじのぼって、平生手馴れているだけに、
(ぶじにそのたかをとらえてきた。)
無事にその鷹を捕えて来た。
(それをぐんだいのやしきへとどけでるか、またはぞうしがやへもってかえるか、)
それを郡代の屋敷へ届け出るか、または雑司ヶ谷へ持って帰るか、
(ふたつにひとつのしょちをとればべつになにごともなかったのであるが、)
二つに一つの処置を取れば別に何事もなかったのであるが、
(そこでかれはたつぞうからあるちえをふきこまれた。)
そこで彼は辰蔵から或る知恵を吹き込まれた。
(このむらにたかをほしがっているものがある。ないしょでかれにうってやれば、)
この村に鷹を欲しがっている者がある。ないしょで彼に売ってやれば、
(たいきんになるしごとだとすすめられて、ふところのくるしいよしみはふとそのきになった。)
大金になる仕事だと勧められて、ふところの苦しい吉見はふとその気になった。
(かいてはこのむらのおおじぬしのとうべえというもので、わたくしにたかをかえば)
買い手はこの村の大地主の当兵衛というもので、わたくしに鷹を飼えば
(じゅうざいということをしょうちしていながら、いつのよにもたえないかねもちの)
重罪ということを承知していながら、いつの代にも絶えない金持の
(せんじょうから、じぶんもいちどはかってみたいとのぞんでいることを、)
僭上(せんじょう)から、自分も一度は飼ってみたいと望んでいることを、
(たつぞうはかねてしっていたので、とうとうよしみをそそのかして、)
辰蔵はかねて知っていたので、とうとう吉見をそそのかして、
(きんごじゅうりょうでそのたかをとうべえにうりわたすことにそうだんをきめたのであった。)
金五十両でその鷹を当兵衛に売り渡すことに相談を決めたのであった。
(そのやくそくをしてよしみはかえった。かねはあしたうけとることにして、)
その約束をして吉見は帰った。金はあした受け取ることにして、
(たつぞうはともかくもそのたかをとうべえのいえへおくりとどけた。)
辰蔵はともかくもその鷹を当兵衛の家へ送り届けた。
(「よし、すっかりわかった」と、はんしちはふたりのはくじょうをききおわっていった。)
「よし、すっかり判った」と、半七は二人の白状を聴き終って云った。
(「そんならたつぞう、すぐにとうべえのいえへあんないしろ。)
「そんなら辰蔵、すぐに当兵衛の家へ案内しろ。
(おすぎはいえへかえってしんみょうにしていろ」)
お杉は家へ帰って神妙にしていろ」
(たつぞうはさきにたってみせをでようとしたとき、はんしちはきゅうにおもいついたように)
辰蔵は先きに立って店を出ようとした時、半七は急に思い付いたように
(ろうじんをみかえった。)
老人を見かえった。
(「まだすこししゅこうがある。でるまえにそのすずめのはねをあらってくれませんかね」)
「まだ少し趣向がある。出る前にその雀の羽を洗ってくれませんかね」
(「しょうちしました」)
「承知しました」
(たかのありかもまずわかって、にわかにげんきのついたとりさしのろうじんは、)
鷹のありかもまず判って、俄かに元気のついた鳥さしの老人は、
(たつぞうにみずをくませて、かごのなかのすずめをいちわずつつかみだした。)
辰蔵に水を汲(く)ませて、籠のなかの雀を一羽ずつ摑み出した。
(まいにちてなれているしごとであるから、すずめのはねにねばりついていたとりもちも)
毎日手馴れている仕事であるから、雀の羽にねばりついていた鳥黐も
(たちまちきれいにあらいおとされた。)
たちまち綺麗に洗い落とされた。
(「これでとぶにはさしつかえありませんね」と、はんしちはねんをおした。)
「これで飛ぶには差し支えありませんね」と、半七は念を押した。
(「きっととびます」 「これでしたくができた。さあ、いきましょう」)
「きっと飛びます」 「これで支度が出来た。さあ、行きましょう」