半七捕物帳 鷹のゆくえ12(終)
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問題文
(さんにんはすぐにとうべえのいえをたずねた。おおきいかぶきもんのいえで、)
三人はすぐに当兵衛の家をたずねた。大きい冠木門(かぶきもん)の家で、
(いけがきのそとにはちいさいおがわがながれていた。はんしちはたちどまってたつぞうにきいた。)
生け垣の外には小さい小川が流れていた。半七は立ち停まって辰蔵に訊いた。
(「きさまはさっきそのたかをもってきたときに、しゅじんにあったんだろうな」)
「貴様はさっきその鷹を持って来たときに、主人に逢ったんだろうな」
(「あいました」 「そのたかはどうした」)
「逢いました」 「その鷹はどうした」
(「いれるかごがないとかいうので、ともかくもどぞうのなかへ)
「入れる籠がないとかいうので、ともかくも土蔵のなかへ
(いれておくといっていました」)
入れて置くと云っていました」
(「むむ、いずれどこにかかくしてあるにそういねえ。ここのいえにどぞうはいくつある」)
「むむ、いずれ何処にか隠してあるに相違ねえ。ここの家に土蔵は幾つある」
(「いつとまえあるはずです」)
「五戸前(いつとまえ)ある筈です」
(はんしちはもんのうちへはいって、すぐにしゅじんのとうべえをよびだした。)
半七は門の内へはいって、すぐに主人の当兵衛を呼び出した。
(「ごようがある。どぞうのとまえをみんなあけてみせろ」)
「御用がある。土蔵の戸前をみんな明けて見せろ」
(とうべえはおどおどしながらなにかべんかいしようとするのを、)
当兵衛はおどおどしながら何か弁解しようとするのを、
(はんしちはおいたてるようにして、おくのどぞうまえへあんないさせた。)
半七は追い立てるようにして、奥の土蔵前へ案内させた。
(ごようのこえにおしすくめられて、とうべえはいつつのどぞうのとびらをいちいちにあけた。)
御用の声におしすくめられて、当兵衛は五つの土蔵の扉を一々にあけた。
(「おおきいどぞうだ。いちいちしらべてもいられめえ。もし、おまえさん。ねがいますよ」)
「大きい土蔵だ。一々調べてもいられめえ。もし、おまえさん。願いますよ」
(はんしちにめくばせをされ、とりさしのろうじんはすすみでた。かのかごのなかから)
半七に目配せをされ、鳥さしの老人はすすみ出た。かの籠の中から
(に、さんわのすずめをつかみだして、とびらのあいだからばらばらなげこむと、)
二、三羽の雀をつかみ出して、扉の間からばらばら投げ込むと、
(だいいちだいにのどぞうにはなんのこともなく、だいさんのどぞうもしずまりかえっていた。)
第一第二の土蔵には何のこともなく、第三の土蔵も静まり返っていた。
(はんしちはちゅういして、だいよんとだいごのどぞうのとびらをはんぶんしめさせた。)
半七は注意して、第四と第五の土蔵の扉を半分閉めさせた。
(ろうじんのてからなげられたさんわのすずめがだいよんのどぞうへとびこむと、)
老人の手から投げられた三羽の雀が第四の土蔵へ飛び込むと、
(やがてそのおくであらいはばたきのおとがきこえた。はんしちはろうじんと)
やがてその奥であらい羽搏(はばた)きの音が聞えた。半七は老人と
(めをみあわせて、すぐにとびらのあいだからかけこむと、うすぐらいすみには)
眼を見あわせて、すぐに扉のあいだから駈け込むと、うす暗い隅には
(たかのめがするどくひかっていた。たかはしきりにはばたきして、)
鷹の眼が鋭くひかっていた。鷹はしきりに羽搏きして、
(そこらをとびまわっているこすずめをかいつかもうとにらんでいるのであった。)
そこらを飛びまわっている小雀を搔い摑もうと睨んでいるのであった。
(しかもそのあしのおがげんじゅうにしばられているので、かれはおもうがままに)
しかもその脚の緒が厳重に縛られているので、かれは思うがままに
(とびかかることができないらしい。こころえのあるろうじんはしずかにすすみよって、)
飛びかかることが出来ないらしい。心得のある老人は静かに進み寄って、
(そのおをといてやると、たかはすぐにとびたっていちわのえものをつかんだ。)
その緒を解いてやると、鷹はすぐに飛びたって一羽の獲物を摑んだ。
(ほかのにわはうんよくおもてへとびさってしまった。)
ほかの二羽は運よく表へ飛び去ってしまった。
(こうして、たかはおとなしくろうじんのこぶしにもどった。たかはいちめんにしらふのある)
こうして、鷹はおとなしく老人の拳に戻った。鷹は一面に白斑(しらふ)のある
(とりで、ゆきのやまとなづけられためいちょうであるとろうじんはせつめいした。)
鳥で、雪の山と名づけられた名鳥であると老人は説明した。
(これをおもてむきにすれば、たいへんである。)
… これを表向きにすれば、大変である。
(とうべえはむろんにしざいで、たつぞうもしざいをのがれることはできまい。)
当兵衛は無論に死罪で、辰蔵も死罪をのがれることは出来まい。
(おすぎはおんなのことであり、かつちょくせつのざいにんではないから、あるいは)
お杉は女のことであり、且(か)つ直接の罪人ではないから、あるいは
(ところばらいぐらいですむかもしれないが、いったんそのたかをとらえながら)
所払(ところばら)いぐらいで済むかも知れないが、一旦その鷹を捕えながら
(さらにほかへうりわたしたよしみせんざぶろうは、ふらちじゅうじゅうとあってどうしても)
更に他へ売り渡した吉見仙三郎は、不埒(ふらち)重々とあってどうしても
(しざいである。ゆうじょやによをあかして、おあずかりのとりをにがした)
死罪である。遊女屋に夜をあかして、おあずかりの鳥を逃がした
(みついきんのすけもおそらくせっぷくであろう。いちわのとりのために、よんにんのにんげんが)
光井金之助もおそらく切腹であろう。一羽の鳥のために、四人の人間が
(いのちをすてなければならないかとおもうと、はんしちもあまりにおそろしくなった。)
命を捨てなければならないかと思うと、半七もあまりに恐ろしくなった。
(ことにはじめからないみつにたんさくするのがしゅいであるから、とりがぶじに)
殊に初めから内密に探索するのが趣意であるから、鳥が無事に
(もどったのをさいわいに、かれはとうべえとたつぞうにいいわたした。)
戻ったのを幸いに、彼は当兵衛と辰蔵に云い渡した。
(「みんなうんのいいやつらだ。きょうのことはかならずたごんするな。)
「みんな運のいい奴らだ。きょうのことは必ず他言するな。
(せけんにもれたらきさまたちのくびがとぶぞ」)
世間に洩(も)れたら貴様たちの首が飛ぶぞ」
(ふたりはつちにあたまをすりつけた。とりさしのろうじんもなみだをながしてはんしちをおがんだ。)
ふたりは土に頭を摺りつけた。鳥さしの老人も涙を流して半七を拝んだ。
(それからふつかたって、とりさしのろうじんはかんだのはんしちのいえをたずねてきて、)
それから二日経って、鳥さしの老人は神田の半七の家をたずねて来て、
(くりかえしてれいをいった。そうして、ほんにんのみついきんのすけも、おじのやざえもんも)
くり返して礼を云った。そうして、本人の光井金之助も、叔父の弥左衛門も
(あらためてれいにくるといった。)
あらためて礼に来ると云った。
(「なに、わたしはおやくだからしかたがねえ。そんなにおんにきせることも)
「なに、わたしはお役だから仕方がねえ。そんなに恩に被(き)せることも
(ねえのさ」と、はんしちはこたえた。「それにしても、おまえさんはどうして)
ねえのさ」と、半七は答えた。「それにしても、おまえさんはどうして
(そんなにみついさんのためにしんぱいしなさるんだ。なにかかくべつにこころやすいのかえ」)
そんなに光井さんの為に心配しなさるんだ。なにか格別に心安いのかえ」
(「はい、おまえさんですからもうしあげますが、じつはわたくしには)
「はい、おまえさんですから申し上げますが、実はわたくしには
(じゅうはちになるむすめがございますので・・・・・・」)
十八になる娘がございますので……」
(「じゅうはちになるむすめ・・・・・・。おまえさんのむすめならうつくしかろう。)
「十八になる娘……。おまえさんの娘なら美しかろう。
(それだのに、みついさんはしながわなんぞにとまるからわるい。)
それだのに、光井さんは品川なんぞに泊るから悪い。
(これもみんなむすめのおもいだといってやるがいいや。ははははは」)
これもみんな娘の思いだと云ってやるがいいや。ははははは」
(はんしちはおおきいこえでわらった。)
半七は大きい声で笑った。