紫式部 源氏物語 夕顔 12 與謝野晶子訳

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(やっとこれみつがでてきた。よなかでもあかつきでもげんじのいのままにしたがってあるいたおとこが、)

やっと惟光が出て来た。夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、

(こんやにかぎってそばにおらず、よびにやってもすぐのまにあわず、じかんの)

今夜に限ってそばにおらず、呼びにやってもすぐの間に合わず、時間の

(おくれたことをげんじはにくみながらもしんしつへよんだ。こどくのかなしみをすくうては)

おくれたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。孤独の悲しみを救う手は

(これみつだけにあることをげんじはしっている。これみつをそばへよんだが、じぶんがいま)

惟光だけにあることを源氏は知っている。惟光をそばへ呼んだが、自分が今

(いわねばならぬことがあまりにもかなしいものであることをおもうと、きゅうにはことばが)

言わねばならぬことがあまりにも悲しいものであることを思うと、急には言葉が

(でない。うこんはりんかのこれみつがきたけはいに、なきふじんとげんじとのこうしょうの)

出ない。右近は隣家の惟光が来た気配に、亡き夫人と源氏との交渉の

(さいしょのときからきょうまでがれんぞくてきにおもいだされてないていた。げんじもいままでは)

最初の時から今日までが連続的に思い出されて泣いていた。源氏も今までは

(じしんひとりがつよいひとになってうこんをだきかかえていたのであったが、)

自身一人が強い人になって右近を抱きかかえていたのであったが、

(これみつのきたのにほっとするとどうじに、はじめてこころのそこからおおきいかなしみが)

惟光の来たのにほっとすると同時に、はじめて心の底から大きい悲しみが

(わきあがってきた。ひじょうにないたのちにげんじはちゅうちょしながらいいだした。)

湧き上がってきた。非常に泣いたのちに源氏は躊躇しながら言い出した。

(「きかいなことがおこったのだ。おどろくということばではあらわせないようなおどろきを)

「奇怪なことが起こったのだ。驚くという言葉では現わせないような驚きを

(させられた。ひとのからだにこんなきゅうへんがあったりするときには、そうかへものをおくって)

させられた。人のからだにこんな急変があったりする時には、僧家へ物を贈って

(どきょうをしてもらうものだそうだから、それをさせよう、がんをたてさせようと)

読経をしてもらうものだそうだから、それをさせよう、願を立てさせようと

(おもってあじゃりもきてくれといってやったのだが、どうした」)

思って阿闍梨も来てくれと言ってやったのだが、どうした」

(「きのうえいざんへかえりましたのでございます。まあなんということでございましょう、)

「昨日叡山へ帰りましたのでございます。まあ何ということでございましょう、

(きかいなことでございます。まえからすこしおからだがわるかったのでございますか」)

奇怪なことでございます。前から少しおからだが悪かったのでございますか」

(「そんなこともなかった」 といってなくげんじのようすに、これみつも)

「そんなこともなかった」 と言って泣く源氏の様子に、惟光も

(かんどうさせられて、このひとまでがこえをたててなきだした。ろうじんはめんどうなものと)

感動させられて、この人までが声を立てて泣き出した。老人はめんどうなものと

(されているが、こんなばあいには、としをとっていてよのなかのいろいろなけいけんを)

されているが、こんな場合には、年を取っていて世の中のいろいろな経験を

(もっているひとがたのもしいのである。げんじもうこんもこれみつもみなわかかった。どうしょちを)

持っている人が頼もしいのである。源氏も右近も惟光も皆若かった。どう処置を

など

(していいのかてがでないのであったが、やっとこれみつが、 「このいんの)

していいのか手が出ないのであったが、やっと惟光が、 「この院の

(るすやくなどにしんそうをしらせることはよくございません。とうにんだけはしんようが)

留守役などに真相を知らせることはよくございません。当人だけは信用が

(できましても、ひみつのもれやすいかぞくをもっていましょうから。ともかくも)

できましても、秘密の洩れやすい家族を持っていましょうから。ともかくも

(ここをでていらっしゃいませ」 といった。)

ここを出ていらっしゃいませ」 と言った。

(「でもここいじょうにひとのすくないばしょはほかにないじゃないか」)

「でもここ以上に人の少ない場所はほかにないじゃないか」

(「それはそうでございます。あのごじょうのいえはにょうぼうなどがかなしがっておおさわぎを)

「それはそうでございます。あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎを

(するでしょう、おおいしょうかのきんじょとなりへそんなこえがきこえますとたちまちせけんへ)

するでしょう、多い小家の近所隣へそんな声が聞こえますとたちまち世間へ

(しれてしまいます、やまでらともうすものはこうしたしにんなどをとりあつかいなれて)

知れてしまいます、山寺と申すものはこうした死人などを取り扱い馴れて

(おりましょうから、ひとめをまぎらすのにはつごうがよいようにおもわれます」)

おりましょうから、人目を紛らすのには都合がよいように思われます」

(かんがえるふうだったこれみつは、 「むかししっておりますにょうぼうがあまになって)

考えるふうだった惟光は、 「昔知っております女房が尼になって

(すんでいるいえがひがしやまにございますから、そこへおうつしいたしましょう。わたくしのちちの)

住んでいる家が東山にございますから、そこへお移しいたしましょう。私の父の

(めのとをしておりまして、いまはとしよりになっているもののいえでございます。)

乳母をしておりまして、今は老人になっている者の家でございます。

(ひがしやまですからひとがたくさんいくところのようではございますが、そこだけは)

東山ですから人がたくさん行く所のようではございますが、そこだけは

(かんせいです」 といって、よるとあさのいりかわるじこくのめいあんのまぎれにくるまをえんがわへ)

閑静です」 と言って、夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ

(よせさせた。げんじじしんがいがいをくるまへのせることはむりらしかったから、ござに)

寄せさせた。源氏自身が遺骸を車へ載せることは無理らしかったから、茣蓙に

(まいてこれみつがくるまへのせた。こがらなひとのしがいからはあっかんはうけないできわめて)

巻いて惟光が車へ載せた。小柄な人の死骸からは悪感は受けないできわめて

(うつくしいものにおもわれた。ざんこくにおもわれるようなあつかいかたをえんりょして、たしかにも)

美しいものに思われた。残酷に思われるような扱い方を遠慮して、確かにも

(まかなんだから、ござのよこからかみがすこしこぼれていた。それをみたげんじは)

巻かなんだから、茣蓙の横から髪が少しこぼれていた。それを見た源氏は

(めがくらむようなかなしみをおぼえてけむりになるさいごまでもじぶんがついていたい)

目がくらむような悲しみを覚えて煙になる最後までも自分がついていたい

(というきになったのであるが、 「あなたさまはさっそくにじょうのいんへ)

という気になったのであるが、 「あなた様はさっそく二条の院へ

(おかえりなさいませ。せけんのものがおきだしませんうちに」 とこれみつはいって、)

お帰りなさいませ。世間の者が起き出しませんうちに」 と惟光は言って、

(いがいにはうこんをそえてのせた。じしんのうまをげんじにていきょうして、じしんはとほで、)

遺骸には右近を添えて乗せた。自身の馬を源氏に提供して、自身は徒歩で、

(はかまのくくりをあげたりしてでかけたのであった。ずいぶんめいわくなやくのようにも)

袴のくくりを上げたりして出かけたのであった。ずいぶん迷惑な役のようにも

(おもわれたが、かなしんでいるげんじをみては、じぶんのことなどはどうでもよい)

思われたが、悲しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよい

(というきにこれみつはなったのである。)

という気に惟光はなったのである。

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