「山月記」中島敦(6/6頁)

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(ようやくあたりのくらさがうすらいできた。きのあいだをつたって、)

漸く四辺の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、

(どこからか、ぎょうかくがかなしげにひびきはじめた。)

何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。

(もはや、わかれをつげねばならぬ。)

最早、別れを告げねばならぬ。

(よわねばならぬときが、(とらにかえらねばならぬときが))

酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)

(ちかづいたから、と、りちょうのこえがいった。)

近づいたから、と、李徴の声が言った。

(だが、おわかれするまえにもうひとつたのみがある。)

だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。

(それはわがさいしのことだ。かれらはまだかくりゃくにいる。)

それは我が妻子のことだ。彼等は未だ虢略にいる。

(もとより、おれのうんめいについてはしるはずがない。)

固より、己の運命に就いては知る筈がない。

(きみがみなみからかえったら、おれはすでにしんだとかれらにつげてもらえないだろうか。)

君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。

(けっしてきょうのことだけはあかさないでほしい。)

決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

(あつかましいおねがいだが、かれらのこじゃくをあわれんで、こんごとも)

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも

(どうとにきとうすることのないようにはからっていただけるならば、)

道塗に飢凍することのないように計らって戴けるならば、

(じぶんにとって、おんこう、これにすぎたるはない。)

自分にとって、恩倖、これに過ぎたるは莫い。

(いいおわって、そうちゅうからどうこくのこえがきこえた。えんもまたなみだをうかべ、)

言終って、叢中から慟哭の声が聞えた。袁もまた涙を泛べ、

(よろこんでりちょうのいにそいたいむねをこたえた。)

欣んで李徴の意に副いたい旨を答えた。

(りちょうのこえはしかしたちまちまたせんこくのじちょうてきなちょうしにもどって、いった。)

李徴の声はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

(ほんとうは、まず、このことのほうをさきにおねがいすべきだったのだ、)

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、

(おれがにんげんだったなら。)

己が人間だったなら。

(うえこごえようとするさいしのことよりも、)

飢え凍えようとする妻子のことよりも、

(おのれのとぼしいしぎょうのほうをきにかけているようなおとこだから、)

己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、

など

(こんなけものにみをおとすのだ。)

こんな獣に身を堕とすのだ。

(そうして、つけくわえていうことに、えんさんがれいなんからのきとには)

そうして、附加えて言うことに、袁傪が嶺南からの帰途には

(けっしてこのみちをとおらないでほしい、そのときにはじぶんがよっていて)

決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて

(ともをみとめずにおそいかかるかもしれないから。)

故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。

(また、いまわかれてから、ぜんぽうひゃっぽのところにある、あのおかにのぼったら、)

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、

(こちらをふりかえってみてもらいたい。)

此方を振りかえって見て貰いたい。

(じぶんはいまのすがたをもういちどおめにかけよう。)

自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。

(ゆうにほころうとしてではない。わがしゅうあくなすがたをしめして、)

勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、

(もって、ふたたびここをすぎてじぶんにあおうとのきもちをきみにおこさせないためであると。)

以って、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

(えんさんはくさむらにむかって、ねんごろにわかれのことばをのべ、うまにのぼった。)

袁傪は叢に向って、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。

(くさむらのなかからは、また、たええざるがごときひきゅうのこえがもれた。)

叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣の声が洩れた。

(えんさんもいくどかくさむらをふりかえりながら、なみだのなかにしゅっぱつした。)

袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

(いっこうがおかのうえについたとき、かれらは、いわれたとおりにふりかえって、)

一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、

(さきほどのりんかんのくさちをながめた。)

先程の林間の草地を眺めた。

(たちまち、いっぴきのとらがくさのしげみからみちのうえにおどりでたのをかれらはみた。)

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

(とらは、すでにしろくひかりをうしなったつきをあおいで、ふたこえみこえほうこうしたかとおもうと、)

虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、

(また、もとのくさむらにおどりいって、ふたたびそのすがたをみなかった。)

又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

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