江戸川乱歩　赤い部屋③

(みなさんはびっくりなさるかもしれませんが・・・、)

皆さんはびっくりなさるかも知れませんが・・・、

(ひとごろしなんです。ほんとうのさつじんなんです。しかも、)

人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、

(わたしはそのゆうぎをはっけんしてからきょうまでにひゃくにんにちかいおとこやおんなやこどものいのちを、)

私はその遊戯を発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、

(ただたいくつをまぎらすもくてきのためばかりに、うばってきたのです。)

ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。

(あなたがたは、では、わたしがいまそのおそろしいざいあくをかいごして、)

あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟して、

(ざんげばなしをしようとしているかとはやがてんなさるかもしれませんが、)

懺悔話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、

(ところが、けっしてそうではないのです。わたしはすこしもかいごなぞしてはいません。)

ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。

(おかしたつみをおそれてもいません。それどころか、ああなんということでしょう。)

犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。

(わたしはちかごろになってそのひとごろしというちなまぐさいしげきにすら、)

私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、

(もうあきあきしてしまったのです。そして、こんどはたにんではなくて)

もう飽き飽きしてしまったのです。そして、今度は他人ではなくて

(じぶんじしんをころすようなことがらに、あのあへんのきつえんにふけりはじめたのです。)

自分自身を殺すような事柄に、あのアヘンの喫煙に耽り始めたのです。

(さすがにこれだけは、そんなわたしにもいのちはおしかったとみえまして、)

流石にこれだけは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、

(がまんにがまんをしてきたのですけれど、ひとごろしさえあきはてては、)

我慢に我慢をして来たのですけれど、人殺しさえ飽き果てては、

(もうじさつでももくろむほかには、しげきのもとめようがないではありませんか。)

もう自殺でも目論むほかには、刺戟の求め様がないではありませんか。

(わたしはやがてほどなく、あへんのどくのためにいのちをとられてしまうでしょう。)

私はやがて程なく、アヘンの毒の為に命をとられてしまうでしょう。

(そうおもいますと、せめてすじみちのとおったはなしのできるあいだに、わたしはだれかに)

そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰かに

(わたしのやってきたことをうちあけておきたいのです。それには、)

私のやって来た事を打ち明けて置きたいのです。それには、

(この「あかいへや」のかたがたがいちばんふさわしくはないでしょうか。)

この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

(そういうわけで、わたしはじつはみなさんのおなかまいりがしたいためではなくて、)

そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがしたい為ではなくて、

(ただわたしのこのへんなみのうえばなしをきいてもらいたいばかりに、)

ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰いたいばかりに、

(かいいんのひとりにくわえていただいたのです。そして、)

会員の一人に加えて頂いたのです。そして、

(さいわいにもしんにゅうかいのものはかならずさいしょのばんに、なにかかいのしゅしにそうようなおはなしを)

幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副う様なお話を

(しなければならぬきめになっていましたのでこうしてこんばん)

しなければならぬ定(き)めになっていましたのでこうして今晩

(そのわたしののぞみをはたすきかいをとらえることができたしだいなのです。)

その私の望みを果たす機会をとらえることが出来た次第なのです。