風の又三郎 10
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問題文
(「おうい。」きりのなかからいちろうのにいさんのこえがしました。)
「おうい。」霧の中から一郎の兄さんの声がしました。
(かみなりもごろごろなっています。)
雷もごろごろ鳴っています。
(「おおい、かすけ。いるが。かすけ。」いちろうのこえもしました。)
「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」一郎の声もしました。
(かすけはよろこんでとびあがりました。)
嘉助はよろこんでとびあがりました。
(「おおい。いる、いる。いちろう。おおい。」)
「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」
(いちろうのにいさんといちろうが、とつぜん、めのまえにたちました。)
一郎の兄さんと一郎が、とつぜん、眼の前に立ちました。
(かすけはにわかになきだしました。)
嘉助はにわかに泣き出しました。
(「さがしたぞ。あぶながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」)
「探したぞ。危ながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」
(いちろうのにいさんは、なれたてつきでうまのくびをだいて、)
一郎の兄さんは、なれた手付きで馬の首を抱いて、
(もってきたくつわをすばやくうまのくちにはめました。)
もってきたくつわをすばやく馬のくちにはめました。
(「さあ、あべさ。」)
「さあ、あべさ。」
(「またさぶろうびっくりしたべぁ。」いちろうがさぶろうにいいました。)
「又三郎びっくりしたべぁ。」一郎が三郎にいいました。
(さぶろうはだまって、やっぱりきっとくちをむすんでうなずきました。)
三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。
(みんなはいちろうのにいさんについて、ゆるいけいしゃを、ふたつほどのぼりおりしました。)
みんなは一郎の兄さんについて、緩い傾斜を、二つ程昇り降りしました。
(それから、くろいおおきなみちについて、しばらくあるきました。)
それから、黒い大きな路について、暫らく歩きました。
(いなびかりがにどばかり、かすかにしろくひらめきました。)
稲光が二度ばかり、かすかに白くひらめきました。
(くさをやくにおいがして、きりのなかをけむりがほっとながれています。)
草を焼く匂がして、霧の中を煙がほっと流れています。
(いちろうのにいさんがさけびました。)
一郎の兄さんが叫びました。
(「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」)
「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」
(おじいさんはきりのなかにたっていて、)
おじいさんは霧の中に立っていて、
(「ああしんぱいした、しんぱいした。ああえがった。)
「ああ心配した、心配した。ああ好(エ)がった。
(おおかすけ。さむがべぁ、さあはいれ。」)
おお嘉助。寒がべぁ、さあ入れ。」
(といいました。)
といいました。
(かすけはいちろうとおなじように、やはりこのおじいさんのまごなようでした。)
嘉助は一郎と同じように、やはりこのおじいさんの孫なようでした。
(はんぶんにやけたおおきなくりのきのねもとに、)
半分に焼けた大きな栗の木の根もとに、
(くさでつくったちいさなかこいがあって、ちょろちょろあかいひがもえていました。)
草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。
(いちろうのにいさんはうまをならのきにつなぎました。)
一郎の兄さんは馬を楢の木につなぎました。
(うまもひひんとないています。)
馬もひひんと鳴いています。
(「おおむぞやな。な、なんぼがないだがな。そのわろはきんざんほりのわろだな。)
「おおむぞやな。な、何ぼが泣いだがな。そのわろは金山堀りのわろだな。
(さあさあみんな、だんごたべろ。たべろ。な。)
さあさあみんな、団子たべろ。食べろ。な。
(いまこっちをやぐがらな。ぜんたいどこまでいってだった。」)
今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」
(「ささながねのおりくちだ。」といちろうのにいさんがこたえました。)
「笹長根の下り口だ。」と一郎の兄さんが答えました。
(「あぶなぃがった。あぶなぃがった。むこうさおりだらうまもひともそれっきりだったぞ。)
「危ぃがった。危ぃがった。むこうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。
(さあかすけ、だんごたべろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづもたべろ。」)
さあ嘉助、団子喰べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」
(「おじいさん。うまおいでくるが。」といちろうのにいさんがいいました。)
「おじいさん。馬置いでくるが。」と一郎の兄さんがいいました。
(「うんうん。ぼくふくるど、まだやがましがらな。)
「うんうん。牧夫来るど、まだやがましがらな。
(したども、もすこしまで。またすぐはれる。ああしんぱいした。)
したども、も少し待で。またすぐ晴れる。ああ心配した。
(おれもとらこやまのしたまでいってみできた。)
俺も虎こ山の下まで行って見で来た。
(はあ、まんつよがった。あめもはれる。」)
はあ、まんつ好がった。雨も晴れる。」
(「けさほんとにてんきよがったのにな。」)
「今朝ほんとに天気好がったのにな。」
(「うん。またゆぐなるさ。あ、あめもってきたな。」)
「うん。また好(ユ)ぐなるさ。あ、雨漏ってきたな。」
(いちろうのにいさんがでていきました。てんじょうががさがさがさがさいいます。)
一郎の兄さんが出て行きました。天井がガサガサガサガサいいます。
(おじいさんがわらいながらそれをみあげました。)
おじいさんが笑いながらそれを見上げました。
(にいさんがまたはいってきました。)
兄さんがまたはいってきました。
(「おじいさん。あかるぐなった。あめぁはれだ。」)
「おじいさん。明るぐなった。雨ぁ霽(ハ)れだ。」
(「うんうん、そうが。さあみんなよっくひにあだれ、おらまたくさかるがらな。」)
「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おらまた草刈るがらな。」
(きりがふっときれました。ひのひかりがさっとながれてはいりました。)
霧がふっと切れました。陽の光がさっと流れて入りました。
(そのたいようは、すこしにしのほうによってかかり、)
その太陽は、少し西の方に寄ってかかり、
(いくへんかのろうのようなきりが、にげおくれてしかたなしにひかりました。)
幾片かの蝋のような霧が、逃げおくれて仕方なしに光りました。
(くさからはしずくがきらきらおち、すべてのはもくきもはなも、)
草からは雫がきらきら落ち、総ての葉も茎も花も、
(ことしのおわりのひのひかりをすっています。)
今年の終りの陽の光を吸っています。
(はるかなにしのあおいのはらは、いまなきやんだようにまぶしくわらい、)
はるかな西の碧い野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、
(むこうのくりのきはあおいごこうをはなちました。)
むこうの栗の木は青い後光を放ちました。
(みんなはもうつかれていちろうをさきにのはらをおりました。)
みんなはもう疲れて一郎をさきに野原をおりました。
(わきみずのところでさぶろうはやっぱりだまって、)
湧水のところで三郎はやっぱりだまって、
(きっとくちをむすんだままみんなにわかれて、)
きっと口を結んだままみんなに別れて、
(じぶんだけおとうさんのこやのほうへかえっていきました。)
じぶんだけお父さんの小屋の方へ帰って行きました。
(かえりながらかすけがいいました。)
帰りながら嘉助がいいました。
(「あいづやっぱりかぜのかみだぞ。かぜのかみのこっこだぞ。)
「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。
(あそごさふたりしてすくってるんだぞ。」)
あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」
(「そだなぃよ。」いちろうがたかくいいました。)
「そだなぃよ。」一郎が高くいいました。