「待つ」太宰治 part.2

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問題文

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(いえにだまってすわっていられないおもいで、けれども、そとにでてみたところで、)

家に黙って座っていられない思いで、けれども、外に出てみたところで、

(わたしにはいくところが、どこにもありません。)

私には行く所が、どこにもありません。

(かいものをして、そのかえりには、えきにたちよって、)

買い物をして、その帰りには、駅に立ち寄って、

(ぼんやりえきのつめたいべんちにこしかけているのです。)

ぼんやり駅の冷たいベンチに腰掛けているのです。

(どなたか、ひょいとあらわれたら!というきたいと、)

どなたか、ひょいと現われたら!という期待と、

(ああ、あらわれたらこまる、どうしようというきょうふと、)

ああ、現われたら困る、どうしようという恐怖と、

(でもあらわれたときにはしかたがない、そのひとにわたしのいのちをさしあげよう、)

でも現われた時には仕方がない、その人に私の命を差し上げよう、

(わたしのうんがそのとききまってしまうのだというような、あきらめににたかくごと、)

私の運がその時決まってしまうのだというような、あきらめに似た覚悟と、

(そのたさまざまのけしからぬくうそうなどが、いようにからみあって、)

その他さまざまのけしからぬ空想などが、異様に絡み合って、

(むねがいっぱいになりちっそくするほどくるしくなります。)

胸がいっぱいになり窒息するほど苦しくなります。

(いきているのか、しんでいるのか、わからぬような、)

生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、

(はくちゅうのゆめをみているような、なんだかたよりないきもちになって、)

白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持ちになって、

(がんぜんの、ひとのおうらいのありさまも、)

眼前の、人の往来のありさまも、

(ぼうえんきょうをぎゃくにのぞいたみたいに、ちいさくとおくおもわれて、)

望遠鏡を逆にのぞいたみたいに、小さく遠く思われて、

(せかいがしんとなってしまうのです。)

世界がシンとなってしまうのです。

(ああ、わたしはいったい、なにをまっているのでしょう。)

ああ、私は一体、何を待っているのでしょう。

(ひょっとしたら、わたしはたいへんみだらなおんななのかもしれない。)

ひょっとしたら、私は大変みだらな女なのかもしれない。

(だいせんそうがはじまって、なんだかふあんで、みをこにしてはたらいて、)

大戦争が始まって、なんだか不安で、身を粉にして働いて、

(おやくにたちたいというのはうそで、)

お役に立ちたいというのはうそで、

(ほんとうは、そんなりっぱそうなこうじつをもうけて、じしんのかるはずみなくうそうをじつげんしようと)

本当は、そんな立派そうな口実を設けて、自身の軽はずみな空想を実現しようと

など

(なにかしら、よいきかいをねらっているのかもしれない。)

何かしら、よい機会をねらっているのかもしれない。

(ここに、こうしてすわって、ぼんやりしたかおをしているけれども、)

ここに、こうして座って、ぼんやりした顔をしているけれども、

(むねのなかでは、ふらちなけいかくがちろちろもえているようなきもする。)

胸の中では、不埒な計画がちろちろ燃えているような気もする。

(いったい、わたしは、だれをまっているのだろう。はっきりしたかたちのものはなにもない。)

一体、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何もない。

(ただ、もやもやしている。けれども、わたしはまっている。)

ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。

(だいせんそうがはじまってからは、まいにち、まいにち、おかいもののかえりにはえきにたちより、)

大戦争が始まってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、

(このつめたいべんちにこしをかけて、まっている。)

この冷たいベンチに腰を掛けて、待っている。

(だれか、ひとり、わらってわたしにこえをかける。おお、こわい。ああ、こまる。)

誰か、一人、笑って私に声をかける。おお、怖い。ああ、困る。

(わたしのまっているのは、あなたでない。)

私の待っているのは、あなたでない。

(それではいったい、わたしはだれをまっているのだろう。だんなさま。ちがう。)

それでは一体、私は誰を待っているのだろう。だんなさま。違う。

(こいびと。ちがいます。おともだち。いやだ。おかね。まさか。ぼうれい。おお、いやだ。)

恋人。違います。お友達。いやだ。お金。まさか。亡霊。おお、いやだ。

(もっとなごやかな、ぱっとあかるい、すばらしいもの。なんだか、わからない。)

もっと和やかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。

(たとえば、はるのようなもの。いや、ちがう。あおば。ごがつ。むぎばたけをながれるしみず。)

例えば、春のようなもの。いや、違う。青葉。五月。麦畑を流れる清水。

(やっぱり、ちがう。ああ、けれどもわたしはまっているのです。)

やっぱり、違う。ああ、けれども私は待っているのです。

(むねをおどらせてまっているのだ。めのまえを、ぞろぞろひとがとおっていく。)

胸を躍らせて待っているのだ。目の前を、ぞろぞろ人が通って行く。

(あれでもない、これでもない。)

あれでもない、これでもない。

(わたしはかいものかごをかかえて、こまかくふるえながらいっしんにいっしんにまっているのだ。)

私は買い物籠を抱えて、細かく震えながら一心に一心に待っているのだ。

(わたしをわすれないでくださいませ。)

私を忘れないでくださいませ。

(まいにち、まいにち、えきへおむかえにいっては、)

毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、

(むなしくいえへかえってくるはたちのむすめをわらわずに、)

むなしく家へ帰って来る二十の娘を笑わずに、

(どうかおぼえておいてくださいませ。)

どうか覚えておいてくださいませ。

(そのちいさいえきのなは、わざとおおしえもうしません。)

その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。

(おおしえせずとも、あなたは、いつかわたしをみかける。)

お教えせずとも、あなたは、いつか私を見かける。

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