半七捕物帳 津の国屋6

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(「おいらもとおいむかしのことはよくしらねえが、おやじなんぞのはなしをきくと、)

「おいらも遠い昔のことはよく知らねえが、親父なんぞの話を聞くと、

(あのつのくにやといううちはさんだいほどまえからえどへでてきて、したやのつのくにやという)

あの津の国屋という家は三代ほど前から江戸へ出て来て、下谷の津の国屋という

(さかやにほうこうしていたんだが、さんだいまえのしゅじんというのはなかなかのしんぼうにんで、)

酒屋に奉公していたんだが、三代前の主人というのはなかなかの辛抱人で、

(つのくにやののれんをわけてもらってこのちょうないにみせをだしたのがはじまりで、)

津の国屋の暖簾を分けて貰ってこの町内に店を出したのが始まりで、

(とんとんびょうしにうんがむいてきて、ほんけのつのくにやはとうにつぶれてしまったが、)

とんとん拍子に運が向いてきて、本家の津の国屋はとうに潰れてしまったが、

(こっちはいよいよはんじょうになるばかりで、にだいめさんだいめとつづいてきた。)

こっちはいよいよ繁昌になるばかりで、二代目三代目と続いて来た。

(ところが、こんどのしゅじんふうふになってからこどもができねえ。しゅじんはもうさんじゅうを)

ところが、今度の主人夫婦になってから子供が出来ねえ。主人はもう三十を

(こしたもんだから、はやくもらいごでもせざあなるめえというので、はちおうじにいる)

越したもんだから、早く貰い子でもせざあなるめえというので、八王子にいる

(とおえんのものからおやすというむすめをもらって、まあかわいがってそだてていたんだ。)

遠縁の者からお安という娘を貰って、まあ可愛がって育てていたんだ。

(すると、そのおやすがとおになったときに、いままでこだねがねえとあきらめていた)

すると、そのお安が十歳になった時に、今まで子種がねえと諦めていた

(おかみさんのはらがおおきくなって、おんなのこがうまれた。それがおきよというむすめで、)

おかみさんの腹が大きくなって、女の子が生まれた。それがお清という娘で、

(もらいこのおやすときょうだいのようにそだてていたが、そうなるとにんじょうでうみのこが)

貰い娘のお安と姉妹のように育てていたが、そうなると人情で生みの子が

(かわいい、もらいこがじゃまになる。といって、せけんのてまえもあり、もらいこの)

可愛い、貰い娘が邪魔になる。といって、世間の手前もあり、貰い娘の

(おやたちへのぎりもあり、かたがたどうすることもできないので、ゆくゆくは)

親たちへの義理もあり、かたがたどうすることも出来ないので、ゆくゆくは

(おきよにかとくをつがせ、もらいこのほうにはむこをとってぶんけさせるというようなことを)

お清に家督を嗣がせ、貰い娘の方には婿を取って分家させるというようなことを

(いっていたんだが、そうなるとこんどはまたかねがおしい。ぶんけさせるにはそうとうの)

云っていたんだが、そうなると今度は又金が惜しい。分家させるには相当の

(かねがいる。こんなことからもらいこをだんだんじゃまにしはじめて・・・・・・。といっても、)

金が要る。こんなことから貰い娘をだんだん邪魔にし始めて……。といっても、

(せけんのめにたつようなことはしない。うわべはうみのむすめとおなじようにそだてて)

世間の眼に立つようなことはしない。うわべは生みの娘と同じように育てて

(いるうちに、にばんめのむすめがまたうまれた。そうしてじっしがふたりまでできて)

いるうちに、二番目の娘がまた生まれた。そうして実子が二人まで出来て

(みると、もらいこのほうはいよいよじゃまになるだろうじゃねえか」)

みると、貰い娘の方はいよいよ邪魔になるだろうじゃねえか」

など

(「ほんとうにねえ」と、もじはるもためいきをついた。「いっそもらいごがおとこだと、)

「ほんとうにねえ」と、文字春も溜息をついた。「いっそ貰い子が男だと、

(めあわせるということもできるんだけれど、みんなおんなじゃどうにも)

妻わせるということも出来るんだけれど、みんな女じゃどうにも

(なりませんわね」)

なりませんわね」

(「それだからこまる。いっそそのわけをいって、もらいこははちおうじのさとへもどして)

「それだから困る。いっそ其のわけを云って、貰い娘は八王子の里へ戻して

(しまったらよさそうなものだったが、そうもゆかねえわけがあるとみえて、)

しまったらよさそうなものだったが、そうもゆかねえ訳があると見えて、

(そのもらいこのおやすちゃんがじゅうしちになったときに、とうとうおいだしてしまった。)

その貰い娘のお安ちゃんが十七になった時に、とうとう追い出してしまった。

(もちろん、ただおいだすというわけにゃゆかねえ。みせへでいりのやねやのしょくにんと)

勿論、ただ追い出すという訳にゃゆかねえ。店へ出入りの屋根屋の職人と

(わけがあるというので、それをかどにおいかえしてしまったんだ」)

情交があるというので、それを廉に追い返してしまったんだ」

(「そんなことはうそなんですか」 「どうもうそらしい」と、かねきちはくびをふった。)

「そんなことは嘘なんですか」 「どうも嘘らしい」と、兼吉は首をふった。

(「そのしょくにんはたけといって、としもわかし、つらつきこそひとなみだが、さけはのむ、)

「その職人は竹と云って、年も若し、面付きこそ人並みだが、酒はのむ、

(ばくちはうつ、どうにもこうにもしようのねえやろうだ。おやすちゃんは)

博奕は打つ、どうにもこうにもしようのねえ野郎だ。お安ちゃんは

(おとなしいむすめだ。よりによってあんなやろうとどうのこうのというわけがねえ。)

おとなしい娘だ。よりに択ってあんな野郎とどうのこうのというわけがねえ。

(それでもつのくにやはそれをいいたてにして、きのみきのままどうようでおやすちゃんを)

それでも津の国屋はそれを云い立てにして、着のみ着のまま同様でお安ちゃんを

(さとへおいかえしてしまったんだ。せけんにこそしれねえが、それまでにもうちわでは)

里へ追い返してしまったんだ。世間にこそ知れねえが、それまでにも内輪では

(もらいこをなにかじゃけんにしたこともあるだろうし、おやすというむすめもなかなか)

貰い娘を何か邪慳にしたこともあるだろうし、お安という娘もなかなか

(りこうものだから、おやたちのむねのうちもたいていさとっていたらしい。それだから、)

利巧者だから、親たちの胸のうちも大抵さとっていたらしい。それだから、

(いよいよおいだされるときにはたいへんにくやしがって、じぶんはもらいごだから)

いよいよ追い出される時には大変に口惜しがって、自分は貰い子だから

(じっしができたいじょう、りえんされるのもしかたがない。けれども、ほかのこととちがって、)

実子が出来た以上、離縁されるのも仕方がない。けれども、ほかの事と違って、

(そんないたずらをしたというぬれぎぬをきせておいだすというのはあんまりだ。)

そんな淫奔をしたという濡衣をきせて追い出すというのはあんまりだ。

(さとへかえっておやきょうだいやしんるいにもかおむけができない。きっとこのうらみははらして)

里へ帰って親兄弟や親類にも顔向けが出来ない。きっとこの恨みは晴らして

(やるというようなことを、なかのいいばあやにないてはなしたそうだ」)

やるというようなことを、仲のいい老婢に泣いて話したそうだ」

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