半七捕物帳 津の国屋11

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(つのくにやのにょうぼうおふじのけがはどうもはかばかしくなおらなかった。)

四 津の国屋の女房お藤の怪我はどうもはかばかしく癒らなかった。

(なにぶんにもあしのいたみどころであるから、それをわるくこじらせてうちみのように)

何分にも足の痛みどころであるから、それを悪くこじらせて打ち身のように

(なってもこまるというしんぱいから、そのころあさくさのうまみちにゆうめいなほねつぎのいしゃが)

なっても困るという心配から、そのころ浅草の馬道に有名な接骨の医者が

(あるというので、あかさかからうまみちまでかごにのってまいにちかようことにした。)

あるというので、赤坂から馬道まで駕籠に乗って毎日通うことにした。

(しちがつのはじめ、むかしのこよみでいえばもうあきであるが、ざんしょはなかなかつよいのと、)

七月の初め、むかしの暦でいえばもう秋であるが、残暑はなかなか強いのと、

(そのいしゃはひじょうにはんじょうで、すこしおそくいくといつまでもげんかんにまたされるおそれが)

その医者は非常に繁昌で、少し遅く行くといつまでも玄関に待たされるおそれが

(あるのとで、おふじはつとめてあさすずのうちにうちをでることにしていた。)

あるのとで、お藤は努めて朝涼のうちに家を出ることにしていた。

(けさもあけむつ(ごぜんろくじ)をすこしすぎたころにつのくにやのみせをでて、)

けさも明け六ツ(午前六時)を少しすぎた頃に津の国屋の店を出て、

(おふじはまたせてあるかごにのるときにふとみると、ひとりのそうがじぶんのうちにむかって)

お藤は待たせてある駕籠に乗る時にふと見ると、一人の僧が自分の家にむかって

(なにかしきりにねんじているらしかった。このあいだじゅうからいろいろのわざわいが)

何か頻りに念じているらしかった。この間じゅうからいろいろの禍いが

(つづいているやさきであるので、おふじはなんとなくきにかかって、そのまま)

つづいている矢先であるので、お藤はなんとなく気にかかって、そのまま

(みすごしてゆくことができなくなった。かれはたちどまって、じっとそのそうの)

見過ごしてゆくことが出来なくなった。かれは立ち停まって、じっとその僧の

(たちすがたをみつめていると、かのじょをおくってでたこぞうのゆうきちも、だまってふしぎそうに)

立ち姿を見つめていると、彼女を送って出た小僧の勇吉も、黙って不思議そうに

(ながめていた。)

眺めていた。

(そうはしじゅうぜんごで、まずふつうのたくはつそうというすがたであった。たくはつのそうがみせのさきに)

僧は四十前後で、まず普通の托鉢僧という姿であった。托鉢の僧が店のさきに

(たつのと、きのせいかかれのようすがなんとなくふつうとはかわってみえるので、)

立つのと、気のせいか彼の様子が何となく普通とは変って見えるので、

(おふじはかごによりかかったままでしばらくながめていると、そうはやがてみせのまえを)

お藤は駕籠によりかかったままでしばらく眺めていると、僧はやがて店の前を

(たちさって、おふじのかごのそばをとおりすぎるときに、くちのうちでつぶやくように)

立ち去って、お藤の駕籠のそばを通りすぎる時に、口のうちでつぶやくように

(いうのがきこえた。 「きょうたくじゃ。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」)

云うのが聞えた。 「凶宅じゃ。南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ」

(「あ、もし」と、おふじはおもわずかれをよびとめた。「ごしゅっけさまにちょいと)

「あ、もし」と、お藤は思わず彼をよび止めた。「御出家様にちょいと

など

(うかがいますが、なにかこのうちにわるいことでもございますか」)

伺いますが、何かこの家に悪いことでもございますか」

(「しりょうのたたりがある。おきのどくじゃが、このうちはたえるかもしれぬ」)

「死霊の祟りがある。お気の毒じゃが、この家は絶えるかも知れぬ」

(こういいすててかれはひょうぜんとたちさった。おふじはあおくなってびっこをひきながら)

こう云い捨てて彼は飄然と立ち去った。お藤は蒼くなってびっこをひきながら

(うちへころげこんで、おっとのじろべえにそれをうったえると、じろべえもいったんは)

内へころげ込んで、夫の次郎兵衛にそれを訴えると、次郎兵衛も一旦は

(まゆをよせたがまたおもいなおしたようにわらいだした。)

眉を寄せたが又思い直したように笑い出した。

(「ぼうずなんぞはとかくそんなことをいいたがるものだ。ここのうちにけがにんが)

「坊主なんぞは兎角そんなことを云いたがるものだ。ここの家に怪我人が

(つづいたということをどこからかききこんできて、こっちのよわみにつけこんで)

つづいたということを何処からか聞き込んで来て、こっちの弱味に付け込んで

(なにかおどかしてきとうりょうでもせしめようとするのだ。いまどきそんなふるいてをくって)

なにか嚇かして祈禱料でもせしめようとするのだ。今どきそんな古い手を食って

(たまるものか。きっとみろ。あしたまたやってきておなじようなことをいうから」)

たまるものか。きっと見ろ。あした又やって来て同じようなことを云うから」

(「そうですかねえ」)

「そうですかねえ」

(おっとのいうことにもなるほどとうなずかれるふしがあるので、おふじははんしんはんぎで)

夫の云うことにも成程とうなずかれる節があるので、お藤は半信半疑で

(そのままにかごにのった。しかもそのそうのすがたがめさきにちらついて、)

そのままに駕籠に乗った。しかも其の僧の姿が眼先にちら付いて、

(かのじょはあさくさへゆくとちゅうもしきりにそのしんぎをうたがっていたが、いきにもかえりにも)

彼女は浅草へゆく途中も頻りにその真偽を疑っていたが、往きにも復りにも

(べつにかわったできごともなかった。あくるあさ、かのそうはつのくにやのみせさきにすがたを)

別に変った出来事もなかった。あくる朝、かの僧は津の国屋の店先に姿を

(みせなかった。そうなると、いっしゅのふあんがおふじのむねにまたわいてきた。)

見せなかった。そうなると、一種の不安がお藤の胸にまた湧いて来た。

(かのそうがはたしてひとをおどしてなにぶんかのきとうりょうをせしめるりょうけんであるならば、)

かの僧が果たして人を嚇して何分かの祈禱料をせしめる料簡であるならば、

(おどしたままですがたをみせないはずはあるまい。かれがふたたびこのみせさきにたたないのを)

嚇したままで姿を見せない筈はあるまい。彼が再びこの店先に立たないのを

(みると、やはりそれはしんじつのよげんで、かれはおっとがひとくちにけなしてしまったような)

みると、やはりそれは真実の予言で、彼は夫がひと口に貶してしまったような

(しょうばいずくのいやしいまいすではないとおもわれた。みせのものにもちゅういしてみせさきを)

商売ずくの卑しい売僧ではないと思われた。店の者にも注意して店先を

(まいにちうかがわせたが、かのそうはそれぎりいちどもすがたをあらわさなかった。)

毎日窺わせたが、かの僧はそれぎり一度も姿をあらわさなかった。

(もちろん、みせのものどもにもかたくくちどめをしておいたのであるが、こぞうのみのすけが)

勿論、店の者どもにも固く口止めをして置いたのであるが、小僧の巳之助が

(ちょうないのゆやでうっかりそれをしゃべったので、そのうわさはすぐにきんじょに)

町内の湯屋でうっかりそれをしゃべったので、その噂はすぐに近所に

(ひろまった。もじはるのみみにもはいった。さなきだにこのあいだからおびえている)

ひろまった。文字春の耳にもはいった。さなきだに此の間からおびえている

(かのじょは、そのうわさをきいていよいよおそろしくなった。かのじょはおうらいで)

彼女は、その噂を聞いていよいよ恐ろしくなった。彼女は往来で

(だいくのかねきちにあったときにささやいた。)

大工の兼吉に逢ったときにささやいた。

(「ねえ、とうりょう。どうかしようはないもんでしょうかね。おやすさんのたたりで、)

「ねえ、棟梁。どうかしようはないもんでしょうかね。お安さんの祟りで、

(つのくやさんはいまにつぶれるかもしれませんよ」 「どうもこまったもんだ」)

津の国屋さんは今に潰れるかも知れませんよ」 「どうも困ったもんだ」

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