半七捕物帳 津の国屋14
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問題文
(それからご、ろくにちたつと、つのくにやのじょちゅうのおよねがまたおどされた。)
五 それから五、六日経つと、津の国屋の女中のお米がまたおどされた。
(それはやはりかのおまつがあやしいおんなにであったのとおなじこくげんで、かれもちょうないの)
それはやはりかのお松が怪しい女に出逢ったのと同じ刻限で、かれも町内の
(ゆやからかえるとちゅうであった。そのばんはあめがしとしとふっていたので、)
湯屋から帰る途中であった。その晩は雨がしとしと降っていたので、
(およねはばんがさをかたむけていそいでくると、とちゅうであしだをふみかえしてはなおを)
お米は番傘をかたむけて急いでくると、途中で足駄を踏みかえして鼻緒を
(ふっつりときってしまった。なにぶんにもうすぐらいみちばたでどうすることも)
ふっつりと切ってしまった。何分にも薄暗い路ばたでどうすることも
(できないので、かれははなおのきれたあしだをさげてかたあしははだしで)
出来ないので、かれは鼻緒の切れた足駄をさげて片足は跣足で
(あるきだそうとすると、かさのかげからわかいおんなのしろいかおがうきだして、)
あるき出そうとすると、傘のかげから若い女の白い顔が浮き出して、
(ひくいこえでいった。 「つのくにやはいまにつぶれるよ」)
低い声で云った。 「津の国屋は今に潰れるよ」
(おまつのはなしをきいているので、およねはきゅうにこわくなった。かれはおもわず)
お松の話を聴いているので、お米は急に怖くなった。かれは思わず
(きゃっとさけんで、もっていたあしだをほうりだして、かたあしのあしだも)
きゃっと叫んで、持っていた足駄をほうり出して、片足の足駄も
(ぬいでしまって、はだしでじぶんのみせへにげてかえったが、としのわかいかれは)
脱いでしまって、跣足で自分の店へ逃げて帰ったが、年のわかいかれは
(みせへかけこむとどうじにばったりたおれてきをうしなった。みずやくすりのさわぎでようように)
店へかけ込むと同時にばったり倒れて気を失った。水や薬の騒ぎでようように
(いきをふきかえしたが、およねはそのよなかからたいねつをはっして、とりとめもない)
息を吹き返したが、お米はその夜なかから大熱を発して、取り留めもない
(うわごとをくちばしるようになった。 「つのくにやはいまにつぶれるよ」)
譫言を口走るようになった。 「津の国屋は今に潰れるよ」
(かれはときどきにこんなこともいった。しゅじんふうふはもちろん、みせのものどももきみわるがって、)
かれは時々にこんなことも云った。主人夫婦は勿論、店の者共も気味悪がって、
(びょうにんのおよねをやどへさげてしまった。そのかごのでるのをみて、きんじょのものはまた)
病人のお米を宿へ下げてしまった。その駕籠の出るのをみて、近所の者はまた
(いろいろのうわさをたてた。こんなことがながくつづいていれば、みせのしだいにさびれるに)
いろいろの噂を立てた。こんなことが長く続いていれば、店の次第にさびれるに
(きまっているので、ばんとうのきんべえもひどくしんぱいしていたが、さいわいにおふじのあしの)
決まっているので、番頭の金兵衛もひどく心配していたが、幸いにお藤の足の
(いたみはだんだんにうすらいで、もうこのごろではうまみちへかよわないでもすむように)
痛みはだんだんに薄らいで、もう此の頃では馬道へ通わないでも済むように
(なった。じろべえはみせのしょうばいなどはどうでもいいというようなふうで、)
なった。次郎兵衛は店の商売などはどうでもいいというようなふうで、
(まいにちかならずあさとばんとにはぶつだんのまえにすわってねんぶつをとなえていた。)
毎日かならず朝と晩とには仏壇の前に座って念仏を唱えていた。
(それらのことはおゆきのくちからみなもじはるのみみにはいるので、かのじょはいよいよ)
それらの事はお雪の口からみな文字春の耳にはいるので、彼女はいよいよ
(くらいこころもちになって、つのくにやはおそかれはやかれどうしてもつぶれるのでは)
暗い心持になって、津の国屋は遅かれ早かれどうしても潰れるのでは
(あるまいかとあやぶまれた。)
あるまいかと危ぶまれた。
(はちがつになって、つのくにやにもしばらくかわったことがなかったが、じゅうににちのよいに)
八月になって、津の国屋にもしばらく変ったことがなかったが、十二日の宵に
(おくのまのぶつだんからひがでて、だいだいのいはいもかこちょうものこらずやけてしまった。)
奥の間の仏壇から火が出て、代々の位牌も過去帳も残らず焼けてしまった。
(よいのくちのことであるから、おおぜいがすぐにけしとめてさいわいにもおおごとには)
宵の口のことであるから、大勢がすぐに消し止めて幸いにも大事には
(ならなかったが、ばしょもあろうにぶつだんからひがでたということがかないの)
ならなかったが、場所もあろうに仏壇から火が出たということが家内の
(ひとびとをまたおびやかした。)
人々を又おびやかした。
(「おとうみょうのひがかぜにあおられたのです」と、ばんとうのきんべえはいった。)
「お燈明の火が風にあおられたのです」と、番頭の金兵衛は云った。
(このやさきにまたこんなことがせけんにきこえてはよくないと、きんべえはつとめてそれを)
この矢先に又こんなことが世間に聞えてはよくないと、金兵衛は努めてそれを
(かくしておこうとしたが、だれがしゃべるのかきんじょではすぐにしってしまった。)
秘して置こうとしたが、誰がしゃべるのか近所ではすぐに知ってしまった。
(じょちゅうのおまつももういたたまれなくなったとみえて、そのつきのすえにはおやが)
女中のお松ももう居たたまれなくなったと見えて、その月の末には親が
(びょうきだというのをこうじつにして、むりにひまをとっていった。せんげつにはおよねがやどへ)
病気だというのを口実にして、無理に暇を取って行った。先月にはお米が宿へ
(さがって、こんげつはおまつがたちさり、でがわりどきでもないのにじょちゅうがみな)
下がって、今月はお松が立ち去り、出代わり時でもないのに女中がみな
(いなくなってしまったので、つのくにやではだいどころばたらきをするものにさしつかえた。)
居なくなってしまったので、津の国屋では台所働きをする者に差し支えた。
(きんじょのけいあんでもいやなうわさをしっているので、よういにかわりのほうこうにんを)
近所の桂庵でも忌な噂を知っているので、容易に代りの奉公人を
(よこさなかった。)
よこさなかった。
(「このごろはおっかさんとあたしがだいどころではたらくんですよ」と、おゆきはもじはるに)
「この頃は阿母さんとあたしが台所で働くんですよ」と、お雪は文字春に
(はなした。「それでもおっかさんはまだほんとうにあしがよくないんですから、)
話した。「それでも阿母さんはまだほんとうに足が良くないんですから、
(あたしがなるたけはたらくようにしています。いまだからよござんすけれど、)
あたしが成るたけ働くようにしています。今だからよござんすけれど、
(だんだんさむくなるとこまりますわ」)
だんだん寒くなると困りますわ」
(そういうわけであるからとうぶんはけいこにもこられまいとおゆきはしおれた。)
そういうわけであるから当分は稽古にも来られまいとお雪はしおれた。
(けいこはともかくも、いままでおおきなみせでそだっているおゆきがまいにちのみずしごとは)
稽古はともかくも、今まで大きな店で育っているお雪が毎日の水仕事は
(さだめしつらかろうと、もじはるもなみだぐまれるようなこころもちで、ふうんなわかいむすめのかおを)
定めし辛かろうと、文字春も涙ぐまれるような心持で、不運な若い娘の顔を
(ながめていると、おゆきはまたいった。)
眺めていると、お雪はまた云った。