半七捕物帳 石燈籠3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(「きのうのゆうがた、こくちょうのくれむつがちょうどきこえるころでしたろう」と、)

二 「きのうの夕方、石町の暮れ六ツが丁度きこえる頃でしたろう」と、

(おたけはなにかこわいものでもみたようにこえをひそめてはなした。「このこうしが)

お竹はなにか怖い物でも見たように声をひそめて話した。「この格子が

(がらりとあいたとおもうと、おきくさんがだまって、すうっとはいってきたんですよ。)

がらりと明いたと思うと、お菊さんが黙って、すうっとはいって来たんですよ。

(ほかのじょちゅうたちはみんなだいどころでおやしょくのしたくをしているさいちゅうでしたから、)

ほかの女中達はみんな台所でお夜食の支度をしている最中でしたから、

(そこにいたのはわたしだけでした。わたしが「おきくさん」とおもわずこえを)

そこにいたのはわたしだけでした。わたしが『お菊さん』と思わず声を

(かけると、おきくさんはこっちをちょいとふりむいたばかりで、おくのいまのほうへ)

かけると、お菊さんはこっちをちょいと振り向いたばかりで、奥の居間の方へ

(ずんずんいってしまいました。そのうちにおくで「おや、おきくかえ」という)

ずんずん行ってしまいました。そのうちに奥で『おや、お菊かえ』という

(おかみさんのこえがしたかとおもうと、おかみさんがおくからでてきて)

おかみさんの声がしたかと思うと、おかみさんが奥から出て来て

(「おきくはそこらにいないか」ときくんでしょう。わたしが「いいえ、)

『お菊はそこらに居ないか』と訊くんでしょう。わたしが『いいえ、

(ぞんじません」というと、おかみさんはへんなかおをして「だって、いまそこへ)

存じません』と云うと、おかみさんは変な顔をして『だって、今そこへ

(きたじゃあないか。さがしてごらん」という。わたしも、おかみさんといっしょになって)

来たじゃあないか。探して御覧』と云う。わたしも、おかみさんと一緒になって

(うちじゅうをさがしてみたんですけれども、おきくさんのかげもかたちもみえないんです。)

家中を探して見たんですけれども、お菊さんの影も形も見えないんです。

(みせにはばんとうさんたちもみんないましたし、だいどころにはじょちゅうたちもいたんですけれども、)

店には番頭さん達もみんないましたし、台所には女中達もいたんですけれども、

(だれもおきくさんのではいりをみたものはないというんでしょう。にわからでたかと)

誰もお菊さんの出はいりを見た者はないと云うんでしょう。庭から出たかと

(おもうんですけれども、きどはうちからちゃんとしめきってあるままで、)

思うんですけれども、木戸は内からちゃんと閉め切ってあるままで、

(ここからでたらしいようすもないんです。まだふしぎなことは、はじめに)

ここから出たらしい様子もないんです。まだ不思議なことは、初めに

(はいってきたこうしのなかに、おきくさんのげたがぬいだままになって)

はいって来た格子のなかに、お菊さんの下駄が脱いだままになって

(のこっているじゃありませんか。こんどははだしででていったんでしょうか。)

残っているじゃありませんか。今度は跣足で出て行ったんでしょうか。

(それがだいいちわかりませんわ」)

それが第一わかりませんわ」

(「おきくさんはそのときにどんななりをしていたね」と、はんしちは)

「お菊さんはその時にどんな服装(なり)をしていたね」と、半七は

など

(かんがえながらきいた。)

かんがえながら訊いた。

(「おとといこのうちをでたときのとおりでした。きはちじょうのきものをきて)

「おとといこの家を出たときの通りでした。黄八丈の着物をきて

(ふじいろのずきんをかぶって・・・・・・」)

藤色の頭巾をかぶって……」

(しらこやのおくまがひきまわしのうまのうえにきはちじょうのあわれなすがたをさらしてこのかた、)

白子屋のお熊が引廻しの馬の上に黄八丈のあわれな姿をさらしてこのかた、

(わかいむすめのきはちじょうはいちじまったくすたれたが、このごろはまただんだん)

若い娘の黄八丈は一時まったくすたれたが、このごろは又だんだん

(はやりだして、しゅっせまえのむすめもしばいでみるおこまをまねるのがちらほらと)

はやり出して、出世前のむすめも芝居で見るお駒を真似るのがちらほらと

(めについてきた。えりつきのきはちじょうにひかのこのおびをしめたかわいらしい)

眼について来た。襟付きの黄八丈に緋鹿子の帯をしめた可愛らしい

(したまちのむすめすがたを、はんしちはあたまのなかにえがきだした。)

下町の娘すがたを、半七は頭のなかに描き出した。

(「おきくさんはうちをでるときにはずきんをかぶっていたのかね」)

「お菊さんは家を出るときには頭巾をかぶっていたのかね」

(「ええ、ふじいろちりめんの・・・・・・」)

「ええ、藤色縮緬(ちりめん)の……」

(このへんじははんしちをすこししつぼうさせた。それからなにかふんしつぶつでもあったのかと)

この返事は半七を少し失望させた。それから何か紛失物でもあったのかと

(きくと、おたけはべつにそんなこともないようだといった。なにしろ、)

訊くと、お竹は別にそんなことも無いようだと云った。なにしろ、

(ほんのわずかのあいだで、おかみさんがおくのいまにすわっていると、ふすまがほそめに)

ほんの僅かの間で、おかみさんが奥の居間に坐っていると、襖が細目に

(あいたらしいので、なにごころなくふりむくと、かのきはちじょうのわたいれに)

明いたらしいので、何ごころなく振り向くと、かの黄八丈の綿入れに

(ふじいろのずきんをかぶったむすめのすがたがちらりとみえた。おどろきとよろこびとで)

藤色の頭巾をかぶった娘の姿がちらりと見えた。驚きと喜びとで

(おもわずこえをかけると、ふすまはふたたびおともなしにとじられた。むすめはどこかへ)

思わず声をかけると、襖はふたたび音もなしに閉じられた。娘はどこかへ

(きえてしまったのである。もしやどこかでひごうのさいごをとげて、そのたましいが)

消えてしまったのである。もしや何処かで非業の最期を遂げて、その魂が

(じぶんのうまれたうちへまよってかえったのかともおもわれるが、かのじょはたしかに)

自分の生まれた家へ迷って帰ったのかとも思われるが、彼女は確かに

(こうしをあけてはいってきた。しかもいきているもののしょうことして、)

格子をあけてはいって来た。しかも生きている者の証拠として、

(どろのついたげたをこうしのなかへのこしていった。)

泥の付いた下駄を格子のなかへ遺して行った。

(「おとといあさくさへいったときに、むすめはどこかでせいさんにあやあしなかったか」)

「一昨日浅草へ行った時に、娘はどこかで清さんに逢やあしなかったか」

(と、はんしちはまたきいた。 「いいえ」)

と、半七はまた訊いた。 「いいえ」

(「かくしちゃあいけねえ。おめえのかおにちゃんとかいてある。むすめとばんとうは)

「隠しちゃあいけねえ。おめえの顔にちゃんと書いてある。娘と番頭は

(まえからうちあわせがしてあって、おくやまのちゃやかなにかであったろう。どうだ」)

前から打ち合わせがしてあって、奥山の茶屋か何かで逢ったろう。どうだ」

(おたけはかくしきれないでとうとうはくじょうした。おきくはわかいばんとうのせいじろうと)

お竹は隠し切れないでとうとう白状した。お菊は若い番頭の清次郎と

(とうからわけがあって、ときどきそとでしのびあっている。)

疾うから情交(わけ)があって、ときどき外で忍び逢っている。

(おとといのかんのんまいりもむろんそのためで、まちあわせていたせいじろうといっしょに)

おとといの観音詣りも無論そのためで、待ち合わせていた清次郎と一緒に

(おきくはおくやまのあるちゃやへはいった、とりもちやくのおたけはそのばをはずして、)

お菊は奥山の或る茶屋へはいった、取り持ち役のお竹はその場をはずして、

(かんのんのけいだいをはんときばかりもあそびあるいていた。それからふたたび)

観音の境内を半時ばかりも遊びあるいていた。それから再び

(ちゃやへかえってくると、ふたりはもうみえなかった。ちゃやのおんなのはなしによると、)

茶屋へ帰ってくると、二人はもう見えなかった。茶屋の女の話によると、

(おとこはひとあしさきにかえって、むすめはやがてあとからでた。ちゃだいはむすめがはらっていった。)

男は一と足先に帰って、娘はやがて後から出た。茶代は娘が払って行った。

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