半七捕物帳 湯屋の二階4

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第四話
タイトルの『湯屋」は「ゆうや」と読みます。

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問題文

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(「おやぶん。こりゃあなんでしょう」)

二 「親分。こりゃあ何でしょう」

(「わからねえ。なにしろ、そっちのはこをあけてみろ」)

「判らねえ。なにしろ、そっちの箱を明けてみろ」

(くまぞうはぶきみそうにだいにのはこをあけると、そのなかからもあぶらがみのようなものに)

熊蔵は無気味そうに第二の箱をあけると、その中からも油紙のようなものに

(ていちょうにつつまれたいっこのくびがころげだした。しかしそれはにんげんのくびでなかった。)

鄭重に包まれた一個の首が転げ出した。併しそれは人間の首でなかった。

(みじかいつのとおおきいくちときばとをもっていて、りゅうともへびともはんだんがつかないような)

短い角と大きい口と牙とをもっていて、龍とも蛇とも判断が付かないような

(いっしゅきかいなどうぶつのあたまであった。これもにくはくろくかれて、きかいしのように)

一種奇怪な動物の頭であった。これも肉は黒く枯れて、木か石のように

(かたくなっていた。)

固くなっていた。

(きかいなはっけんがこんなにつづいて、ふたりはすくなからずおびやかされた。)

奇怪な発見がこんなに続いて、二人は少なからずおびやかされた。

(くまぞうはかれをやしだろうといった。えたいのわからないにんげんのくびを)

熊蔵は彼を香具師(やし)だろうと云った。得体のわからない人間の首を

(もちあるいて、みせもののたねにでもするのだろうとかいしゃくした。)

持ちあるいて、見世物の種にでもするのだろうと解釈した。

(しかしあくまでもかれをぶしとしんじているはんしちは、すなおにそのせつを)

しかし飽くまでも彼を武士と信じている半七は、素直にその説を

(うけいれることができなかった。それならばかれはなんのためにこんなものを)

受け入れることが出来なかった。それならば彼はなんの為にこんなものを

(かかえあるいているのだろう。しかもなぜそれをゆやのにかいばんのおんななどに)

抱え歩いているのだろう。しかも何故それを湯屋の二階番の女などに

(かるがるしくあずけておくのであろう。このふたしなはいったいなんであろう。)

軽々しく預けて置くのであろう。この二品は一体なんであろう。

(はんしちのちえでこのなぞをとこうとするのはすこぶるこんなんであった。)

半七の知恵でこの謎を解こうとするのは頗(すこぶ)る困難であった。

(「こいつあいけねえ。ちょっとはなかなかわからねえ」)

「こいつあいけねえ。ちょっとはなかなか判らねえ」

(ばんだいでせきばらいをするこえがきこえたので、にかいのふたりはあわててこのぎもんの)

番台で咳払いをする声がきこえたので、二階の二人はあわててこの疑問の

(ふたしなをはこへしまって、きものとだなへもとのようにおしこんでおいた。)

二品を箱へしまって、着物戸棚へ元のように押し込んで置いた。

(ししのはやしもとおくなって、おきちはそとからかえってきた。ぶしもぬれてぬぐいをさげて)

獅子の囃子も遠くなって、お吉は外から帰って来た。武士も濡れ手拭をさげて

(にかいへのぼってきた。はんしちはそしらぬかおをしてちゃをのんでいた。)

二階へ昇ってきた。半七は素知らぬ顔をして茶を飲んでいた。

など

(おきちははんしちのかおをしっていたので、ぶしにそっとちゅういしたらしい。)

お吉は半七の顔を識っていたので、武士にそっと注意したらしい。

(かれはすみのほうにすわったままでなにもくちをきかなかった。)

彼は隅の方に坐ったままで何も口を利かなかった。

(くまぞうははんしちのそでをひいて、いっしょにしたへおりてきた。)

熊蔵は半七の袖をひいて、一緒に下へ降りて来た。

(「おきちがへんなめつきをしたんで、やろうすっかりかたくなって)

「お吉が変な目付きをしたんで、野郎すっかり固くなって

(ようじんしているようだから、きょうはとてもだめだろう」と、はんしちはいった。)

用心しているようだから、きょうはとても駄目だろう」と、半七は云った。

(くまぞうはいまいましそうにささやいた。「なにしろ、あのふたしなを)

熊蔵は忌々(いまいま)しそうにささやいた。「なにしろ、あの二品を

(どうするか、わたしがよくきをつけています」)

どうするか、私がよく気をつけています」

(「もうひとりのやつというのはまだこねえんだね」)

「もう一人の奴というのはまだ来ねえんだね」

(「きょうはどうしたかおそいようですよ」)

「きょうはどうしたか遅いようですよ」

(「なにしろきをつけてくれ、たのむぜ」)

「なにしろ気をつけてくれ、頼むぜ」

(はんしちはそれからあかさかのほうへようたしにまわった。しょしゅんのにぎやかなおうらいを)

半七はそれから赤坂の方へ用達(ようたし)に廻った。初春の賑やかな往来を

(あるきながらも、かれはたえずこのぎもんのかぎをみいだすことにあたまをくるしめたが、)

あるきながらも、彼は絶えずこの疑問の鍵をみいだすことに頭を苦しめたが、

(どうもみぎからひだりにてきとうなはんだんがつかなかった。)

どうも右から左に適当な判断が付かなかった。

(「まさかまほうつかいでもあるめえ。あんなものをもちまわって、なにかきとうか)

「まさか魔法使いでもあるめえ。あんな物を持ち廻って、何か祈禱か

(まじないでもするか、それともごきんせいのきりしたんか」)

呪(まじな)いでもするか、それとも御禁制の切支丹か」

(くろふねいらい、しゅうもんあらためもいっそうげんじゅうになっている。もしかれらがきりしたんしゅうもんの)

黒船以来、宗門改めも一層厳重になっている。もしかれらが切支丹宗門の

(やからであるとすれば、これもみのがすことはできない。)

徒(やから)であるとすれば、これも見逃すことは出来ない。

(どっちにしてもめをはなされないやつらだとはんしちはかんがえていた。)

どっちにしても眼を放されない奴らだと半七はかんがえていた。

(あかさかからうちへかえって、そのばんはぶじにねる。と、あくるあさのまだうすぐらいうち、)

赤坂から家へ帰って、その晩は無事に寝る。と、あくる朝のまだ薄暗いうち、

(かのゆやくまがまたとびこんできた。)

かの湯屋熊が又飛び込んで来た。

(「おやぶん、たいへんだ。たいへんだ。あいつらがとうとうやりゃがった。)

「親分、大変だ。大変だ。あいつらがとうとう遣りゃがった。

(こっちのておくれでくやしいことをしてしまった」)

こっちの手遅れで口惜しいことをしてしまった」

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