半七捕物帳 湯屋の二階6

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第四話
タイトルの「湯屋」は「ゆうや」と読みます。

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問題文

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(「なるほどねえ」とはんしちもかんしんしたようにうなずいてみせた。)

「成程ねえ」と半七も感心したようにうなずいてみせた。

(このうすぎたないさめのかわがたまのようにしろくうつくしいつかまきになろうとは、)

この薄ぎたない鮫の皮が玉のように白く美しい柄巻になろうとは、

(しろうとにちょっとおもいつかないことであった。)

素人にちょっと思い付かないことであった。

(「あのおぶけが、これをうりにきたんですかえ」と、はんしちはさめのかわを)

「あのお武家が、これを売りに来たんですかえ」と、半七は鮫の皮を

(うちかえしてみた。)

打ち返して見た。

(「ながさきのほうでかったんだそうで、そうとうのねだんにひきとってくれという)

「長崎の方で買ったんだそうで、相当の値段に引き取ってくれという

(かけあいなんです。わたしのほうもしょうばいですからひきとってもいいんですが、)

掛け合いなんです。わたしの方も商売ですから引き取ってもいいんですが、

(いくらおぶけでもしろうとのもってきたものはなんだかふあんですし、おまけに)

いくらお武家でも素人の持って来たものは何だか不安ですし、おまけに

(このとおりのどろざめで、たったいちまいというんですから、もしちじみでも)

このとおりの泥鮫で、たった一枚というんですから、もし血暈(ちじみ)でも

(ついているやつをしょいこんだひにゃめいわくですからね。まあいったんは)

付いている奴を背負(しょ)い込んだ日にゃ迷惑ですからね。まあ一旦は

(ことわったんですが、いくらでもいいからとしきりにくどかれて、とうとうやすく)

断ったんですが、幾らでもいいからと頻りに口説かれて、とうとう廉く

(ひきとるようなことになりまして・・・・・・。あとでしゅじんにしかられるかもしれません。)

引き取るようなことになりまして……。あとで主人に叱られるかも知れません。

(へへへへへ」)

へへへへへ」

(よほどひどくふみたおしたとみえて、ばんとうはそのひきとりねだんをいわなかった。)

余程ひどく踏み倒したと見えて、番頭はその引き取り値段を云わなかった。

(はんしちのほうでもきかなかった。それにしてもかのぶしがもってくるものは、)

半七の方でも訊かなかった。それにしても彼の武士が持って来るものは、

(どれもこれもへんなものばかりである。だいいちにひからびたにんげんのくび、)

どれもこれも変なものばかりである。第一に干枯(ひから)びた人間の首、

(きかいなどうぶつのあたま、それからこのきたないどろざめのかわ・・・・・・。)

奇怪な動物の頭、それからこのきたない泥鮫の皮……。

(どうしてもこれにはしさいがありそうにおもわれた。)

どうしてもこれには仔細がありそうに思われた。

(「いや、どうもおじゃまをしました」)

「いや、どうもお邪魔をしました」

(こぞうがくんできたばんちゃをいっぱいのんで、はんしちはあいづやのみせをでた。)

小僧が汲んで来た番茶を一杯飲んで、半七は会津屋の店を出た。

など

(それからすぐにあたごしたのゆやへゆくと、くまぞうはまちかねたように)

それからすぐに愛宕下の湯屋へゆくと、熊蔵は待ち兼ねたように

(とびだしてきた。)

飛び出して来た。

(「おやぶん、きのうのわけえやろうはさっきちょいときて、またすぐ)

「親分、きのうの若けえ野郎は先刻(さっき)ちょいと来て、又すぐ

(でていきましたよ」)

出て行きましたよ」

(「なにかかかえていやしなかったか」)

「なにか抱えていやしなかったか」

(「なんだかしらねえが、ながっぽそいふろしきづつみをもっていましたよ」)

「なんだか知らねえが、長っ細い風呂敷包みを持っていましたよ」

(「そうか。おれはとちゅうでそいつにあった。そこでもうひとりのほうはどうした」)

「そうか。おれは途中でそいつに逢った。そこでもう一人の方はどうした」

(「せのたかいやつはきょうもきませんよ」)

「背の高い奴はきょうも来ませんよ」

(「じゃあ、くま。きのどくだがそのいせやとかいうしちやへいって、)

「じゃあ、熊。気の毒だがその伊勢屋とかいう質屋へ行って、

(かねのほかになにをとられたか、よくきいてきてくれ」)

金のほかに何を奪(と)られたか、よく訊いて来てくれ」

(こういいおいてにかいへあがると、ひばちのまえにおきちがぼんやりすわっていた。)

こう云い置いて二階へあがると、火鉢の前にお吉がぼんやり坐っていた。

(はんしちがふつかもつづけてくるので、かのじょもなんだかふあんらしいめつきを)

半七が二日もつづけてくるので、彼女もなんだか不安らしい眼付きを

(していたが、それでもえがおをつくってあいそよくあいさつした。)

していたが、それでも笑顔を粧(つく)って愛想よく挨拶した。

(「おやぶん、いらっしゃいまし。どうもおさむうございますこと」)

「親分、いらっしゃいまし。どうもお寒うございますこと」

(ちゃやかしをだしてしきりにちやほやするのを、はんしちはいいかげんにあしらいながら)

茶や菓子を出して頻りにちやほやするのを、半七は好い加減にあしらいながら

(まずたばこをいっぷくすった。それからまいにちじゃまをするからといって)

先ず煙草を一服すった。それから毎日邪魔をするからと云って

(いくらかのかねをつつんでやった。)

幾らかの銀(かね)を包んでやった。

(「まいどありがとうございます」 「ときにおふくろもあにきもたっしゃかえ」)

「毎度ありがとうございます」 「時におふくろも兄貴も達者かえ」

(おきちのあにはさかんで、おふくろはもうごじゅうをこしているということを)

お吉の兄は左官で、阿母(おふくろ)はもう五十を越しているということを

(はんしちはしっていた。)

半七は識っていた。

(「はい、おかげさまで、みんなたっしゃでございます」)

「はい、おかげさまで、みんな達者でございます」

(「あにきはまだわかいからかくべつだが、おふくろはもういいとしだそうだ。)

「兄貴はまだ若いから格別だが、阿母はもう好い年だそうだ。

(むかしからいうとおり、こうこうをしたいときにはおやはなしだ。いまのうちに)

むかしから云う通り、孝行をしたい時には親は無しだ。今のうちに

(おやこうこうをたんとしておくがいいぜ」)

親孝行をたんとしておくがいいぜ」

(「はい」と、おきちはかおをあかくしてうつむいていた。)

「はい」と、お吉は顔を紅くして俯向いていた。

(それがなんだかはずかしいような、きがとがめるような、おびえたようなふうにも)

それがなんだか恥かしいような、気が咎めるような、おびえたような風にも

(みえたので、はんしちもたたみかけてじょうだんらしくこういった。)

見えたので、半七も畳みかけて冗談らしくこう云った。

(「ところが、このごろはちっとうわきをはじめたといううわさだぜ。ほんとうかい」)

「ところが、この頃はちっと浮気を始めたという噂だぜ。ほんとうかい」

(「あら、おやぶん・・・・・・」と、おきちはいよいよかおをあかくした。)

「あら、親分……」と、お吉はいよいよ顔を紅くした。

(「でも、きょねんからあそびにくるふたりづれのさむれえのひとりと、)

「でも、去年から遊びにくる二人連れの武士(さむれえ)の一人と、

(おめえがたいへんこころやすくするといって、だいぶひょうばんがたけえようだぜ」)

おめえが大変心安くすると云って、だいぶ評判が高けえようだぜ」

(「まあ」)

「まあ」

(「なにがまあだ。そこでおまえにききてえのはほかじゃねえ。)

「何がまあだ。そこでお前に訊きてえのは他じゃねえ。

(おさむれえしゅはいったいどこのおやしきだえ。さいごくのしゅうらしいね」)

お武士衆(さむれえしゅ)は一体どこのお屋敷だえ。西国の衆らしいね」

(「そんなはなしでございますよ」と、おきちはあいまいなへんじをしていた。)

「そんな話でございますよ」と、お吉はあいまいな返事をしていた。

(「それからおめえきのどくだが、そのうちにばんやへちょいときてもらうかも)

「それからおめえ気の毒だが、そのうちに番屋へちょいと来てもらうかも

(しれねえから、そのつもりでいてくんねえよ」)

知れねえから、そのつもりでいてくんねえよ」

(おどすようにいわれて、おきちはまたおびえた。)

嚇すように云われて、お吉はまたおびえた。

(「おやぶん。なんのごようでございます」)

「親分。なんの御用でございます」

(「あのふたりのさむれえについてのことだが、それともばんやまであしをはこばねえで、)

「あの二人の武士に就いてのことだが、それとも番屋まで足を運ばねえで、

(ここでなにもかもいってくれるかえ」)

ここで何もかも云ってくれるかえ」

(おきちはからだをかたくしてだまっていた。)

お吉はからだを固くして黙っていた。

(「え、あのふたりのしょうばいはなんだえ。いくらきんばんものだって、くれもしょうがつも)

「え、あの二人の商売はなんだえ。いくら勤番者だって、暮も正月も

(まいにちまいにちゆやのにかいにばかりころがっているわけのものじゃあねえ。)

毎日毎日湯屋の二階にばかり転がっている訳のものじゃあねえ。

(なにかほかにしょうばいがあるんだろう。なに、しらねえことはねえ。)

何かほかに商売があるんだろう。なに、知らねえことはねえ。

(おめえはきっとしっているはずだ。しょうじきにいってくんねえか。)

おめえはきっと知っている筈だ。正直に云ってくんねえか。

(いったいあのとだなにあずかってあるはこはなんだえ」)

一体あの戸棚にあずかってある箱はなんだえ」

(あかいかおをみずいろにそめかえて、おきちはおどおどしていた。)

紅い顔を水色に染めかえて、お吉はおどおどしていた。

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