半七捕物帳 湯屋の二階10(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第四話
タイトルの「湯屋」は「ゆうや」と読みます。

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問題文

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(まいにちあそびあるいているのであるから、かれらもなるたけぜにのいらないばしょを)

毎日遊び歩いているのであるから、彼等もなるたけ銭の要らない場所を

(えらばなければならなかった。かれらはけっきょくこのゆやのにかいをねじろとして、)

選ばなければならなかった。彼等は結局この湯屋の二階を根城として、

(もうしわけばかりにときどきそこらをでてあるいていた。そのうちにいっぽうのたかしまのほうは)

申し訳ばかりに時々そこらを出て歩いていた。そのうちに一方の高島の方は

(にかいばんのおきちとなかよくなりすぎてしまった。かたきうちなんぞはあぶないから)

二階番のお吉と仲好くなり過ぎてしまった。仇討なんぞはあぶないから

(およしなさいと、おんながしきりにしんぱいしてとめるようになった。)

お止(よ)しなさいと、女がしきりに心配して制(と)めるようになった。

(こんなことをしていたところで、かたきのありかはとてもしれそうもない。)

こんなことをしていた処で、仇のありかはとても知れそうもない。

(まんいちしれたところで、じんじょうにすけだちのつとめをはたすほどのしっかりしたかくごを)

万一知れたところで、尋常に助太刀の勤めを果たすほどのしっかりした覚悟を

(もっていないかれらは、ときのすぎゆくにしたがってじぶんたちのゆくすえをかんがえなければ)

もっていない彼等は、時の過ぎゆくに従って自分たちの行く末を考えなければ

(ならなかった。ひゃくにちのきげんがすぎてかたきのゆくえがしれないあかつきには、)

ならなかった。百日の期限が過ぎて仇のゆくえが知れない暁には、

(じぶんたちのふしゅびはめにみえている。いったいえどにいるかいないかたしかにわかりも)

自分たちの不首尾は眼に見えている。一体江戸にいるか居ないか確かに判りも

(しないものを、にちげんをきってさがしだせというのがむりであるが、)

しないものを、日限を切って探し出せというのが無理であるが、

(それもやしきのめいれいであるからしかたがない。まさかにながのいとま)

それも屋敷の命令であるから仕方がない。まさかに長(なが)の暇(いとま)

(にもなるまいとはいうものの、みもちほうらつとかいうようなめいぎのもとに、)

にもなるまいとはいうものの、身持放埒とかいうような名義のもとに、

(くにもとへおいかえされるぐらいのことはかくごしなければならない。まいにちうかうかと)

国許へ追い返されるぐらいのことは覚悟しなければならない。毎日うかうかと

(あそんでいるあいだにも、このふあんがおもいいしのようにかれらのむねをおしつけていた。)

遊んでいる間にも、この不安が重い石のように彼等の胸をおしつけていた。

(「いっそおれはろうにんする」と、たかしまはいいだした。かれのうしろにはおきちという)

「いっそおれは浪人する」と、高島は云い出した。彼のうしろにはお吉という

(おんなのかげがつきまつわっていた。くにへおいかえされると、もうかのじょにあえない)

女の影が付きまつわっていた。国へ追い返されると、もう彼女に逢えない

(というのをたかしまはおそれていた。しかしたかしまほどねづよいりゆうをもっていない)

というのを高島は恐れていた。しかし高島ほど根強い理由をもっていない

(かじいは、くにへかえされるのをおそれながらも、さすがにおもいきってろうにんするきにも)

梶井は、国へ返されるのを恐れながらも、さすがに思い切って浪人する気にも

(なれなかった。かれはひとりもののたかしまとちがって、こきょうには)

なれなかった。かれは独身物(ひとりもの)の高島と違って、故郷には

など

(ははやあにやいもうとをもっていた。)

母や兄や妹をもっていた。

(「まあ、そんなたんきをだすな」と、かれはたかしまをなだめていた。しかしことしの)

「まあ、そんな短気を出すな」と、彼は高島をなだめていた。しかし今年の

(はるになってから、たかしまはいよいよそのけっしんをかためたらしく、まいあさやしきを)

春になってから、高島はいよいよその決心を固めたらしく、毎朝屋敷を

(でるときに、じぶんのだいじのてどうぐなどをすこしずつかかえだして、おきちのもとへ)

出るときに、自分の大事の手道具などを少しずつ抱え出して、お吉のもとへ

(そっとはこびこんでいるらしかった。そのうちにゆやのていしゅもだんだんに)

そっと運び込んでいるらしかった。そのうちに湯屋の亭主もだんだんに

(めをつけはじめた。ここのていしゅはおかっぴきのてさきであるということをおきちも)

眼をつけ始めた。ここの亭主は岡っ引の手先であるということをお吉も

(ささやいた。このさいつまらないうたがいなどをうけてはいよいよめんどうとおもったかれは、)

ささやいた。この際つまらない疑いなどを受けてはいよいよ面倒と思った彼は、

(もうおちついていられないようなこころもちになって、おんなとそうだんしてどこへかいっしょに)

もう落ち着いていられないような心持になって、女と相談してどこへか一緒に

(すがたをかくしたらしく、ゆうべはやしきへもどってこないので、かじいもしんぱいして)

姿を隠したらしく、ゆうべは屋敷へ戻って来ないので、梶井も心配して

(けさここへさがしにきたのであった。)

今朝ここへ探しに来たのであった。

(かたきうちのりゆうも、かけおちのりゆうも、それですっかりわかった。それにしても、)

かたき討の理由も、駈落ちの理由も、それですっかり判った。それにしても、

(たかしまがおきちにあずけておいたぎもんのふたしなはなんであろう。)

高島がお吉に預けて置いた疑問のふた品はなんであろう。

(「あれはたかしまがいえじゅうだいのたからものでござる」と、かじいはせつめいした。)

「あれは高島が家重代の宝物でござる」と、梶井は説明した。

(とよとみひでよしがちょうせんせいばつのみぎりに、たかしまがじゅうだいまえのそせんのやごえもんははんしゅに)

豊臣秀吉が朝鮮征伐のみぎりに、高島が十代前の祖先の弥五右衛門は藩主に

(したがってとかいした。そのときにぶんどりしてもちかえったのがかのふたしなで、)

したがって渡海した。その時に分捕りして持ち帰ったのが彼(か)の二品で、

(ひからびたにんげんのくびとえたいのしれないどうぶつのあたまとーーそれはちょうせんの)

干枯(ひから)びた人間の首と得体の知れない動物の頭とーーそれは朝鮮の

(あやしいみこが、まじないやきとうのたねにつかうもので、ほとんどかみのように)

怪しい巫女が、まじないや祈禱の種につかうもので、殆ど神のように

(うやうやしくまつられていたものであった。あまりめずらしいのでもちかえったが、)

うやうやしく祀られていたものであった。余り珍しいので持ち帰ったが、

(だれにもそのしょうたいはわからなかった。ともかくもいっしゅのたからものとしてたかしまのいえに)

誰にもその正体は判らなかった。ともかくも一種の宝物として高島の家に

(つたえられていて、はんちゅうでもだれしらぬものもない。かじいもいちどみせられた)

伝えられていて、藩中でも誰知らぬ者もない。梶井も一度見せられた

(ことがある。こんどやしきをたちのくについても、まずこのきかいなたからものをおきちに)

ことがある。今度屋敷を立退くに就いても、まずこの奇怪な宝物をお吉に

(あずけておいたものとさっせられた。)

あずけて置いたものと察せられた。

(どろざめのほうはかじいもしらないといった。しかしたかしまのそふというひとは)

泥鮫の方は梶井も知らないと云った。しかし高島の祖父という人は

(ひさしくながさきにつめていたことがあるから、おそらくそのとうじにいこくじんからでも)

久しく長崎に詰めていたことがあるから、おそらくその当時に異国人からでも

(てにいれたものであろうとのことであった。どろざめはかねになるから)

手に入れたものであろうとのことであった。泥鮫は金になるから

(うってしまったが、ほかのふたしなはかいてもない。ことにいえにつたわるたからものであるから、)

売ってしまったが、他の二品は買い手もない。殊に家に伝わる宝物であるから、

(おんなといっしょにかかえていったものであろう。にんげんのくびとりゅうのあたまとをかかえて、)

女と一緒にかかえて行ったものであろう。人間の首と龍の頭とを抱えて、

(わかいおとことおんなとはどこへさまよっていったか。おもえばおかしくもあり、)

若い男と女とは何処へさまよって行ったか。思えばおかしくもあり、

(あわれでもあり、じつにぜんだいみもんのみちゆきというのほかはなかった。)

哀れでもあり、実に前代未聞の道行(みちゆき)というのほかはなかった。

(「いまでこそはなしをすれ、そのときにはわたくしもひっこみがつきませんでしたよ」)

「今でこそ話をすれ、その時にはわたくしも引っ込みが付きませんでしたよ」

(と、はんしちろうじんはふたたびひたいをなでながらいった。「なまじじってをふりまわしたり)

と、半七老人は再び額を撫でながら云った。「なまじ十手を振り廻したり

(なにかしただけになおなおしまつがつきませんや。でも、かじいというぶしも)

何かしただけに猶々(なおなお)始末が付きませんや。でも、梶井という武士も

(あんがいさばけたひとで、いっしょにわらってくれましたから、まあ、どうにか)

案外捌(さば)けた人で、一緒に笑ってくれましたから、まあ、どうにか

(おさまりはつきましたよ。かたほうのたかしまというぶしはそれぎりやしきへ)

納まりは付きましたよ。片方の高島という武士はそれぎり屋敷へ

(かえらなかったそうです。おきちもおとさたがありませんでした。ふたりはみちゆきを)

帰らなかったそうです。お吉も音沙汰がありませんでした。二人は道行を

(きめて、なんでもかながわあたりにかくれているとかいううわさもありましたが、)

極めて、なんでも神奈川辺に隠れているとかいう噂もありましたが、

(そのあとどうしましたかしら。かんじんのかたきうちのほうは、これもどうなったか)

その後どうしましたかしら。肝腎のかたき討の方は、これもどうなったか

(ききませんでしたが、かじいというひとはくにへもおいかえされないで、)

聞きませんでしたが、梶井という人は国へも追い返されないで、

(そののちにもゆやのにかいへときどきあそびにきました。しちやへはいったろうにんは)

その後にも湯屋の二階へときどき遊びに来ました。質屋へはいった浪人は

(まったくのべつもので、それはのちによしわらでごようになりました。めいじになってから)

まったくの別物で、それは後に吉原で御用になりました。明治になってから

(あるひとにききますと、そのおかしなにんげんのくびというのはたぶんみいらの)

或る人に訊きますと、そのおかしな人間の首というのは多分木乃伊(ミイラ)の

(たぐいだろうというはなしでしたが、どうですかねえ。)

たぐいだろうという話でしたが、どうですかねえ。

(なにしろ、よっぽどへんなものでした」)

なにしろ、よっぽど変なものでした」

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