半七捕物帳 お化け師匠2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第五話

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問題文

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(そのさかなはきょねんのはるのしおにのってよってきた。それはちゅうごくあたりの)

その魚は去年の春の潮に乗って寄って来た。それは中国辺の

(あるだいみょうやしきのるすいやくで、かめよをぜひじぶんのもちものに)

或(ある)大名屋敷の留守居役で、歌女代(かめよ)をぜひ自分の持ち物に

(したいというちゅうもんであった。あととりのむすめであるからそちらへさしあげるわけには)

したいという註文であった。跡取りの娘であるからそちらへ差し上げるわけには

(いかないと、かめじゅはわざとじらすようにいったんことわると、あいてはいよいよ)

行かないと、歌女寿はわざと焦らすように一旦ことわると、相手はいよいよ

(のりだしてきて、いわゆるかこいものとしてまいつきそうとうのてあてをやる。)

乗り出して来て、いわゆる囲い者として毎月相当の手当てをやる。

(まだそのほかにはなしがまとまりしだい、いっしゅのしたくきんのようないみで)

まだそのほかに話がまとまり次第、一種の支度金のような意味で

(とうきんひゃくりょうだそうというじょうけんまでつけてきた。)

当金(とうきん)百両出そうという条件まで付けて来た。

(きんひゃくりょうーーこのじだいにおいてはばくだいのかねであるから、かめじゅもふたつへんじで)

金百両ーーこの時代においては莫大の金であるから、歌女寿も二つ返事で

(しょうちした。これでおまえもわたしもうかみあがれると、かのじょはかおをくずして)

承知した。これでお前もわたしも浮かみ上がれると、彼女は顔をくずして

(かめよにささやいた。)

歌女代にささやいた。

(「おっかさん、こればかりはかんにんしてください」と、かめよは)

「阿母(おっか)さん、こればかりは堪忍してください」と、歌女代は

(ないてことわった。なにをいうにもじぶんはからだがひよわい。)

泣いてことわった。何をいうにも自分は身体が虚弱(ひよわ)い。

(おおぜいのでしをとってまいにちまいばんおどりつづけているのさえも、このごろでは)

大勢の弟子を取って毎日毎晩踊りつづけているのさえも、この頃では

(たえられないくらいであるのに、そのうえにだんなとりなどさせられては、)

堪えられない位であるのに、その上に旦那取りなどさせられては、

(とてもがまんもしんぼうもできない。そんないやしいつらいおもいをしないでも、)

とても我慢も辛抱も出来ない。そんな卑しい辛い思いをしないでも、

(べつにくらしにこまるというわけでもない。じぶんはたおれるまではたらいて、)

別に生活(くらし)に困るというわけでもない。自分は倒れるまで働いて、

(きっとおっかさんにふじゆうはさせまい。かこいもののそうだんだけはどうぞことわってくれと、)

きっと阿母さんに不自由はさせまい。囲い者の相談だけはどうぞ断ってくれと、

(かのじょはははにすがってたのんだ。もちろん、このうったえをすなおにうけるような)

彼女は母にすがって頼んだ。勿論、この訴えを素直に受けるような

(かめじゅではなかったが、へいぜいはおとなしいかめよもこのもんだいについては)

歌女寿ではなかったが、平生はおとなしい歌女代もこの問題については

(あくまでごうじょうをはって、おどしてもすかしてもどうしても)

飽くまで強情を張って、嚇(おど)しても賺(すか)してもどうしても

など

(とくしんしないので、かめじゅももてあましてただいらいらしているうちに、)

得心しないので、歌女寿も持て余して唯苛々(いらいら)しているうちに、

(そのなつのつゆのころからかめよのけんこうはおとろえて、もはやまいにちのけいこにも)

その夏の梅雨の頃から歌女代の健康は衰えて、もはや毎日の稽古にも

(たえられないで、みっかにいちどぐらいはまくらにしたしむようになった。)

堪えられないで、三日に一度ぐらいは枕に親しむようになった。

(こっちのへんじがいつまでもしぶっているので、だんなのほうでもさすがにこんまけが)

こっちの返事がいつまでも渋っているので、旦那の方でもさすがに根負けが

(したらしく、いつとはなしにそのそうだんもたちぎえになった。)

したらしく、いつとは無しにその相談も立ち消えになった。

(おおきなさかなはにげてしまった。)

巨大(おおき)な魚は逃げてしまった。

(かめじゅははぎしりをしてくやしがった。せっかくのだんなをとりにがしたのも、)

歌女寿は歯ぎしりをして口惜しがった。折角の旦那を取り逃がしたのも、

(かめよのわがままごうじょうからであると、かめじゅはむやみにかれをにくんだ。)

歌女代のわがまま強情からであると、歌女寿は無暗にかれを憎んだ。

(たおれるまではたらくといったかめよのことばじちをとって、)

倒れるまで働くと云った歌女代の言質(ことばじち)を取って、

(けっしてべんべんとねそべっていることはならない、たおれるまで)

決してべんべんと寝そべっていることはならない、仆(たお)れるまで

(はたらいてくれと、まっさおなかおをしてねているかめよをむりにひきずりおこして、)

働いてくれと、真っ蒼な顔をして寝ている歌女代を無理に引き摺り起して、

(あさからばんまででしたちのけいこをつづけさせた。もちろん、いしにもみせて)

朝から晩まで弟子たちの稽古をつづけさせた。勿論、医師にも診(み)せて

(やろうともしなかった。おなかというわかいじびきがかめよにどうじょうして、)

やろうともしなかった。お仲という若い地弾きが歌女代に同情して、

(そっとかいぐすりなどをしてやっていたが、そのとしのどようのはげしいしょきが)

そっと買薬などをしてやっていたが、その年の土用の激しい暑気が

(いよいよかめよのよわったからだをしいたげて、かのじょはもうがいこつのように)

いよいよ歌女代の弱った身体をしいたげて、彼女はもう骸骨のように

(やせおとろえてしまった。それでもかめじゅはいじわるくけいこをやすませなかったので、)

痩せ衰えてしまった。それでも歌女寿は意地悪く稽古を休ませなかったので、

(かのじょはほとんどはんしはんしょうのおぼつかないあしもとでけいこだいのうえにまいにち)

彼女は殆ど半死半生のおぼつかない足もとで稽古台の上に毎日

(たちつづけていた、おなかもはらのなかではらはらしていたが、おおししょうの)

立ちつづけていた、お仲も肚(はら)の中ではらはらしていたが、大師匠の

(こわいめににらまれて、かのじょはどうすることもできなかった。)

怖い目に睨まれて、彼女はどうすることも出来なかった。

(もうに、さんにちでぼんやすみがくるというしちがつここのかのひるすぎに、かめよは)

もう二、三日で盆休みが来るという七月九日の午(ひる)すぎに、歌女代は

(とうとうせいもこんもつきはてて、やまんばをおどりながらぶたいのうえに)

とうとう精も根も尽きはてて、山姥(やまんば)を踊りながら舞台の上に

(がっくりたおれた。じゃけんなようぼにさいなまれつづけて、わかいうつくしいししょうは)

がっくり倒れた。邪慳な養母にさいなまれつづけて、若い美しい師匠は

(じゅうはちのしょしゅうにこのよとわかれをつげた。)

十八の初秋にこの世と別れを告げた。

(そのにいぼんのゆうべには、しろいきりこどうろうのながいおが、ふくともない)

その新盆(にいぼん)のゆうべには、白い切子燈籠の長い尾が、吹くともない

(つめたいかぜにゆらゆらとなびいて、このうすぐらいあかりのかげにわかいししょうのしょんぼりと)

冷たい風にゆらゆらとなびいて、この薄暗い灯のかげに若い師匠のしょんぼりと

(まよっているすがたを、おなかはまざまざとみたときんじょのものにふるえながら)

迷っている姿を、お仲はまざまざと見たと近所のものに顫(ふる)えながら

(ささやいた。うわさはそれからそれへとつたえられて、ふだんからかめじゅを)

ささやいた。噂はそれからそれへと伝えられて、ふだんから歌女寿を

(こころよくおもっていないひとたちは、さらにおひれをそえていろいろのことをいいだした。)

快く思っていない人達は、更に尾鰭を添えていろいろのことを云い出した。

(かめじゅのうちではよがふけると、くらいけいこぶたいのうえでだれともなしに)

歌女寿の家では夜がふけると、暗い稽古舞台の上で誰ともなしに

(とんとんあしびょうしをふむおとがかすかにきこえるといううすきみのわるいうわさがたった。)

とんとん足拍子を踏む音が微かに聞えるという薄気味の悪い噂が立った。

(かめじゅのうちへはゆうれいがでるということにきまってしまった。おばけししょうの)

歌女寿の家へは幽霊が出るということに決まってしまった。お化け師匠の

(おそろしいながちょうないにひろまって、でしたちもだんだんによりつかなくなった。)

おそろしい名が町内にひろまって、弟子たちもだんだんに寄り付かなくなった。

(おなかもひまをとってたちさった。)

お仲も暇を取って立ち去った。

(そのおばけししょうがしんだのである。)

そのお化け師匠が死んだのである。

(「どうしてしんだ。あいつのこったから、わるいものでもくって)

「どうして死んだ。あいつのこったから、悪いものでも食って

(あたったのか」と、はんしちはあざけるようにささやいた。)

中(あた)ったのか」と、半七は嘲るようにささやいた。

(「どうして、そんなんじゃありません」と、げんじはすこしおびえたように)

「どうして、そんなんじゃありません」と、源次は少しおびえたように

(めをすえてささやいた。)

眼を据えてささやいた。

(「おばけししょうはへびにまきころされたんで・・・・・・」)

「お化け師匠は蛇に巻き殺されたんで……」

(「へびにまきころされた」と、はんしちもおどろかされた。)

「蛇に巻き殺された」と、半七も驚かされた。

(「じょちゅうのおむらというのがけさになってみつけだしたんですが、ししょうはくろいへびに)

「女中のお村というのが今朝になって見つけ出したんですが、師匠は黒い蛇に

(くびをしめられてかやのなかにしんでいたんです。)

頸(くび)を絞められて蚊帳のなかに死んでいたんです。

(ふしぎじゃありませんか。ひとのしゅうねんはおそろしいもんだと、きんじょのものも)

不思議じゃありませんか。人の執念はおそろしいもんだと、近所の者も

(みんなふるえていますよ」)

みんなふるえていますよ」

(げんじもうすきみわるそうにいった。ひさんなしをとげたかめよのたましいがくろいへびに)

源次も薄気味悪そうに云った。悲惨な死を遂げた歌女代の魂が黒い蛇に

(のりうつってじゃけんなようぼをしめころしたのかとおもわれて、)

乗り憑(うつ)って邪慳な養母を絞め殺したのかと思われて、

(はんしちもぞっとした。おばけししょうがへびにまきころされたーーどうかんがえても)

半七もぞっとした。お化け師匠が蛇に巻き殺されたーーどう考えても

(それはせんりつすべきできごとであった。)

それは戦慄すべき出来事であった。

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