半七捕物帳 お化け師匠3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第五話

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問題文

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(「まあ、なにしろいってみようじゃあねえか」)

二 「まあ、なにしろ行ってみようじゃあねえか」

(はんしちはさきにたってよこちょうへはいると、げんじもなんだかおちつかないようなかおをして)

半七は先に立って横町へはいると、源次もなんだか落ち着かないような顔をして

(あとからついてきた。かめじゅのうちのまえにはだんだんひとだちが)

後から付いて来た。歌女寿(かめじゅ)の家(うち)の前にはだんだん人立ちが

(おおくなっていた。)

多くなっていた。

(「ちょうどわかいししょうのいっしゅうきですからね」)

「ちょうど若い師匠の一周忌ですからね」

(「きっとこんなことになるだろうとおもっていましたよ。おそろしいもんですね」)

「きっとこんなことになるだろうと思っていましたよ。恐ろしいもんですね」

(どのひともきょうふにみちたようなめをかがやかして、ひそひそとささやきあっていた。)

どの人も恐怖に満ちたような眼をかがやかして、ひそひそと囁き合っていた。

(そのなかをかきわけて、はんしちはげんじとうらぐちからししょうのうちへはいると、)

そのなかを搔き分けて、半七は源次と裏口から師匠の家へはいると、

(あまどもまだすっかりあけはなしてないので、うちのなかはうすぐらかった。)

雨戸もまだすっかり明け放してないので、家のなかは薄暗かった。

(かやもそのままにつってあって、つぎのまのよじょうはんにはいえぬしと)

蚊帳もそのままに吊ってあって、次の間の四畳半には家主(いえぬし)と

(げじょのおむらがいきをのむようにだまってすわっていた。)

下女のお村が息を嚥(の)むように黙って坐っていた。

(はんしちはいえぬしのかおをみしっているので、すぐにこえをかけた。)

半七は家主の顔を見識(みし)っているので、すぐに声をかけた。

(「おいえぬしさん。どうもとんだことができましたね」)

「お家主さん。どうも飛んだことが出来ましたね」

(「ああ、かんだのおやぶんでしたか。たなうちにとんでもないことが)

「ああ、神田の親分でしたか。店中(たなうち)に飛んでもないことが

(しゅったいしまして・・・・・・。ばんたろうにいいつけてさっそくおとどけは)

出来(しゅったい)しまして……。番太郎に云い付けて早速お届けは

(しておきましたが、まだごけんしがおりないので、うっかりてをつけることも)

して置きましたが、まだ御検視が下りないので、うっかり手を着けることも

(できません。きんじょではいろいろのことをいっているようですが、)

できません。近所ではいろいろのことを云っているようですが、

(しにざまもあろうに、へびにまきころされたなんていったいどうしたもんでしょうか。)

死に様もあろうに、蛇に巻き殺されたなんて一体どうしたもんでしょうか。

(なにしろこまったことができましたよ」と、いえぬしもそのしょちに)

なにしろ困ったことが出来ましたよ」と、家主もその処置に

(こまっているらしかった。)

困っているらしかった。

など

(「ここらはふだんからへびのでるところですか」と、はんしちはきいた。)

「ここらはふだんから蛇の出るところですか」と、半七は訊いた。

(「ごしょうちのとおり、こんなにじんかがたてこんでいるところですから、)

「御承知の通り、こんなに人家が建て込んでいるところですから、

(へびもかえるもめったにでるようなことはありません。おまけにここのうちは)

蛇も蛙も滅多に出るようなことはありません。おまけにここの家は

(にわといってもよつぼばかりで、へびなんぞすんでいそうなはずはありませんし、)

庭といっても四坪ばかりで、蛇なんぞ棲んでいそうな筈はありませんし、

(どこからはいってきたのかいっこうわかりません。それですからきんじょでまあ、)

どこから這入って来たのか一向判りません。それですから近所でまあ、

(いろいろのことをいうんですが・・・・・・」と、いえぬしのむねにもかめよの)

いろいろのことを云うんですが……」と、家主の胸にも歌女代(かめよ)の

(ぼうれいをえがいているらしかった。)

亡霊を描いているらしかった。

(「かやのなかをみてもよろしゅうございますか」)

「蚊帳のなかを見ても宜しゅうございますか」

(「どうぞおあらためください」)

「どうぞお検(あらた)めください」

(はんしちのみぶんをしっているいえぬしはいぎなくしょうちした。はんしちはたって)

半七の身分を知っている家主は異議なく承知した。半七は起(た)って

(つぎのまへゆくと、ここはよころくじょうで、すみのかべぞいにさんじゃくのおきどこが)

次の間へゆくと、ここは横六畳で、隅の壁添いに三尺の置床(おきどこ)が

(あって、たいしゃくさまのふるびたじくがかかっていた。かやはろくじょういっぱいに)

あって、帝釈様の古びた軸がかかっていた。蚊帳は六畳いっぱいに

(つられていて、きのうきょうはまだざんしょがつよいせいであろう。)

吊られていて、きのう今日はまだ残暑が強いせいであろう。

(かめじゅはふとんのうえにねござをしいて、うすいかいまきは)

歌女寿は蒲団の上に寝蓙(ねござ)を敷いて、うすい搔巻(かいまき)は

(すそのほうにおしやられてあった。みなみむきにねているかのじょはまくらをよこにはずして、)

裾の方に押しやられてあった。南向きに寝ている彼女は枕を横にはずして、

(ふとんからすこしのりだしたようになってあおむけによこたわっていたが、)

蒲団から少し乗り出したようになって仰向けに横たわっていたが、

(そのむすびがみはかきむしられたようにおどろにみだれて、ひたいをしかめて、)

その結び髪は搔きむしられたようにおどろに乱れて、額をしかめて、

(くちびるをゆがめて、しらちゃけたしたをはいて、さいごのくもんのあとがそのしにがおに)

唇をゆがめて、白ちゃけた舌を吐いて、最期の苦悶の痕がその死に顔に

(ありありときざまれていた。ねまきははんぶんひきめくったように、)

ありありと刻まれていた。寝衣(ねまき)は半分引きめくったように、

(かたからむねのあたりまであらわになって、おとこかとおもわれるような)

肩から胸のあたりまで露出(あらわ)になって、男かと思われるような

(ちいさいちぶさがうすあかくみえた。)

小さい乳房が薄赤く見えた。

(「へびはどうしました」と、げんじもあとからきてそっとのぞいた。)

「蛇はどうしました」と、源次もあとから来てそっと覗いた。

(はんしちはかやをまくってはいった。)

半七は蚊帳をまくってはいった。

(「うすぐらくっていけねえ。にわのあまどをいちまいあけてくれ」と、はんしちはいった。)

「薄暗くっていけねえ。庭の雨戸を一枚あけてくれ」と、半七は云った。

(げんじがたってみなみむきのあまどをあけると、もうむっつ(ごぜんろくじ)すぎの)

源次が起って南向きの雨戸をあけると、もう六ツ(午前六時)すぎの

(あさのひかりは、にわからいちどにさっとながれこんで、まだあたらしいかやのなみを)

朝の光りは、庭から一度にさっと流れ込んで、まだ新しい蚊帳の波を

(まっさおにてらした。しんだおんなのかおはいよいよあおくうつってものすごくみえた。)

まっさおに照らした。死んだ女の顔はいよいよ蒼く映って物凄くみえた。

(そのあおざめたあごのしたにくろくなめらかにひかるうろこのようなものが)

その蒼ざめた腮(あご)の下に黒くなめらかに光る鱗のようなものが

(みえたので、かやのそとからきみわるそうにのぞいていたげんじは、)

見えたので、蚊帳の外から気味悪そうに覗いていた源次は、

(おもわずかおをあとへひいた。)

思わず顔をあとへ引いた。

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