半七捕物帳 お化け師匠5

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第五話

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(げんじにわかれて、はんしちはおなりみちのおおどおりへいったんでていったが、)

源次に別れて、半七は御成道(おなりみち)の大通りへ一旦出て行ったが、

(またなにかおもいついて、きゅうにひっかえしてこうとくじまえへあしをむけた。)

また何か思いついて、急に引っ返して広徳寺前へ足をむけた。

(どようがあけてまだまもないあきのあさひはきらきらとおおどぶのみずに)

土用があけてまだ間もない秋の朝日はきらきらと大溝(おおどぶ)の水に

(うつって、おおきいむぎわらとんぼがはんしちのはなさきをかすめてひくいねりべいのなかへ)

映って、大きい麦藁とんぼが半七の鼻さきを掠めて低い練塀のなかへ

(ながれるようについととびこんだ。そのねりべいのてらがみょうしんじであった。)

流れるようについと飛び込んだ。その練塀の寺が妙信寺であった。

(もんをくぐるとひだりがわにはなやがあった。ぼんまえでさんけいがおおいとみえて、)

門をくぐると左側に花屋があった。盆前で参詣が多いとみえて、

(はなやのちいさいみせさきにはあしもふみたてられないほどにしきみのはが)

花屋の小さい店先には足も踏み立てられないほどに樒(しきみ)の葉が

(あおくつまれてあった。)

青く積まれてあった。

(「もし、こんにちは」)

「もし、今日(こんにち)は」

(みせぐちからこえをかけると、しきみにうまっているようなおばあさんが)

店口から声をかけると、樒に埋まっているようなお婆さんが

(かがんだこしをのばして、めをしょぼしょぼさせながらふりむいた。)

屈んだ腰を伸ばして、眼をしょぼしょぼさせながら振り向いた。

(「おや、いらっしゃい。ごさんけいでございますか。とうねんはざんしょがきびしいので)

「おや、いらっしゃい。御参詣でございますか。当年は残暑がきびしいので

(こまります」)

こまります」

(「そのしきみをすこしください。あの、おどりのししょうのかめよさんのおはかは)

「その樒を少し下さい。あの、踊りの師匠の歌女代(かめよ)さんのお墓は

(どこですね」)

どこですね」

(いりもしないはなをかって、はんしちはかめよのはかのありかをおしえてもらった。)

要りもしない花を買って、半七は歌女代の墓のありかを教えて貰った。

(そうして、そのはかにはしじゅうおまいりがあるかときいた。)

そうして、その墓には始終お詣りがあるかと訊いた。

(「そうでございますね。さいしょのころはおでしさんがちょいちょい)

「そうでございますね。最初の頃はお弟子さんがちょいちょい

(みえましたけれど、このごろではあんまりごさんけいもないようです。)

見えましたけれど、この頃ではあんまり御参詣もないようです。

(まいつきごめいにちにかかさずおがみにおいでなさるのは、あのきょうじやの)

毎月御命日に欠かさず拝みにお出でなさるのは、あの経師職(きょうじや)の

など

(むすこさんばかりで・・・・・・」)

息子さんばかりで……」

(「きょうじやのむすこさんはまいつきくるかね」)

「経師職の息子さんは毎月来るかね」

(「はい、おわかいのにごきとくなおかたで・・・・・・。きのうもおまいりにみえました」)

「はい、お若いのに御奇特なお方で……。きのうもお詣りに見えました」

(ておけにみずとしきみとをいれて、はんしちははかばへいった。はかはせんぞだいだいのちいさいせきとうで、)

手桶に水と樒とを入れて、半七は墓場へ行った。墓は先祖代々の小さい石塔で、

(にちれんしゅうのかめよはかそうでここにうめられているのであった。)

日蓮宗の歌女代は火葬でここに埋められているのであった。

(となりのふるいはかとのあいだにはおおきいかえでがえだをかざして、あきのせみがかれがれに)

隣りの古い墓とのあいだには大きい楓が枝をかざして、秋の蝉が枯れ枯れに

(ないていた。はかのまえのはなたてには、きょうじやのむすこがなみだをふりかけたらしい)

鳴いていた。墓のまえの花立てには、経師職の息子が涙を振りかけたらしい

(ききょうとおみなえしとがあたらしくいけてあった。)

桔梗(ききょう)と女郎花(おみなえし)とが新しく生けてあった。

(はんしちもはなとみずをそなえておがんだ。おがんでいるうちになにかがさがさというおとが)

半七も花と水を供えて拝んだ。拝んでいるうちに何かがさがさという音が

(ひびいたので、おもわずうしろをみかえると、ちいさいへびがなにかおうように)

ひびいたので、思わず背後(うしろ)をみかえると、小さい蛇が何か追うように

(あきくさのあいだをちょろちょろとはしっていった。「こいつがもっていったかな」)

秋草の間をちょろちょろと走って行った。「こいつが持って行ったかな」

(と、はんしちはすこしまよったようにへびのゆくえをみつめていたが、)

と、半七は少し迷ったように蛇のゆくえを見つめていたが、

(「いや、そうじゃあるまい」と、またすぐうちけした。)

「いや、そうじゃあるまい」と、又すぐ打ち消した。

(もとのはなやへかえってきて、しんだししょうはいきているうちに、はかまいりに)

もとの花屋へ帰って来て、死んだ師匠は生きているうちに、墓まいりに

(ときどききたことがあるかと、はんしちはおばあさんにきいた。かめよはわかいににあわない)

時々来たことがあるかと、半七はお婆さんに訊いた。歌女代は若いに似合わない

(きとくなひとで、はかまいりにはたびたびきた。たまにはきょうじやのむすことも)

奇特な人で、墓まいりにはたびたび来た。たまには経師職の息子とも

(いっしょにきたことがあったとかのじょはかたった。これらのはなしをよせあつめてかんがえると、)

一緒に来たことがあったと彼女は語った。これらの話を寄せあつめて考えると、

(かなしいおわりをつげたわかいししょうと、そのはかへなきにくるわかいきょうじやとのあいだには、)

悲しい終りを告げた若い師匠と、その墓へ泣きに来る若い経師職との間には、

(なにかいとがつながっているらしくおもわれた。)

なにか糸が繋がっているらしく思われた。

(「どうもおじゃまをしました」)

「どうもお邪魔をしました」

(はんしちはぜにをおいててらをでた。)

半七は銭を置いて寺を出た。

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