半七捕物帳 お化け師匠6

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第五話

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問題文

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(てらをでてうえののほうへひっかえすと、はんしちはひとりのせのたかいおとこにであった。)

三 寺を出て上野の方へ引っ返すと、半七は一人の背の高い男に出逢った。

(それはまつきちというてさきで、あだなをひょろまつとよばれるおとこであった。)

それは松吉という手先で、綽名(あだな)をひょろ松と呼ばれる男であった。

(「おい、まつ。いいところでみつけた。じつはこれからおめえのうちへよろうかと)

「おい、松。いい所で見つけた。実はこれからおめえの家(うち)へ寄ろうかと

(おもっていたんだ」)

思っていたんだ」

(「なんです、なにかごようですか」)

「なんです、なにか御用ですか」

(「おまえまだしらねえのか、おばけししょうのしんだのを・・・・・・」)

「お前まだ知らねえのか、お化け師匠の死んだのを……」

(「しりません」と、まつきちはびっくりしたようなかおをしていた。)

「知りません」と、松吉はびっくりしたような顔をしていた。

(「へえ、あのししょうがしにましたかい」)

「へえ、あの師匠が死にましたかい」

(「ぼんやりするなよ。めとはなとのあいだにすをくっていながら」と、)

「ぼんやりするなよ。眼と鼻との間に巣を食っていながら」と、

(はんしちはしかるようにいった。「もうすこしみにしみてごようを)

半七は叱るように云った。「もう少し身にしみて御用を

(つとめねえじゃいけねえぜ」)

勤めねえじゃいけねえぜ」

(はんしちからおばけししょうのしをきかされて、まつきちはめをまるくしていた。)

半七からお化け師匠の死を聞かされて、松吉は眼を丸くしていた。

(「へえ、そうですかい。わるいことはできねえもんだね。おばけししょう)

「へえ、そうですかい。悪いことは出来ねえもんだね。お化け師匠

(とうとうとりころされたんですよ」)

とうとう憑殺(とりころ)されたんですよ」

(「まあ、どうでもいいからおれのいうことをきいてくれ。おまえはこれから)

「まあ、どうでもいいから俺の云うことをきいてくれ。お前はこれから

(てをまわして、このきんじょでちりゅうさまのおふだうりの)

手をまわして、この近所で池鯉鮒(ちりゅう)様の御符(おふだ)売りの

(とまっているところをさがしてくれ。ばくろちょうじゃああるめえ。)

泊っている所を探してくれ。馬喰町(ばくろちょう)じゃああるめえ。

(まんねんちょうあたりだろうとおもうが、まあいそいでみつけてきてくれ。)

万年町辺だろうと思うが、まあ急いで見つけて来てくれ。

(べつにむずかしいことじゃああるめえ」)

別にむずかしいことじゃああるめえ」

(「ええ、どうにかこじつけてみましょう」)

「ええ、どうにかこじつけて見ましょう」

など

(「しっかりたのむぜ。じょさいはあるめえが、おふだうりがいくにんいて、)

「しっかり頼むぜ。如才はあるめえが、御符売りが幾人いて、

(それがどんなやつだか、よくあらってこなけりゃあいけねえぜ」)

それがどんな奴だか、よく洗って来なけりゃあいけねえぜ」

(「ようがす、うけあいました」)

「ようがす、受け合いました」

(ひょろたかいおとこのうしろすがたがやましたのほうへとおくなるのをみおくって、)

ひょろ高い男のうしろ姿が山下の方へ遠くなるのを見送って、

(はんしちはかんだのうちにかえった。そのひはいちにちあつかった。ひがくれると、)

半七は神田の家に帰った。その日は一日暑かった。日が暮れると、

(げんじがこっそりたずねてきて、おばけししょうのけんしはけさすんだが、)

源次がこっそりたずねて来て、お化け師匠の検視はけさ済んだが、

(ひとがころしたかへびがころしたかはたしかにきまらないらしかったとはなした。)

人が殺したか蛇が殺したかは確かに決まらないらしかったと話した。

(ふだんからひょうばんのよくないししょうだけに、しょせんはへびにたたられたということに)

ふだんから評判のよくない師匠だけに、所詮は蛇に祟られたということに

(きめられてしまって、あとのめんどうなせんぎはないらしいといった。)

決められてしまって、あとの面倒な詮議はないらしいと云った。

(はんしちはただわらってきいていた。)

半七はただ笑って聴いていた。

(「ししょうのとむれえはいつだ」)

「師匠の送葬(とむれえ)はいつだ」

(「あしたのあけむつはん(ごぜんしちじ)だそうです。べつにこれというしんるいも)

「あしたの明け六ツ半(午前七時)だそうです。別にこれという親類も

(ないようですから、いえぬしやきんじょのものがよりあつまってなんとか)

ないようですから、家主や近所の者が寄りあつまって何とか

(しまつするでしょうよ」と、げんじはいった。)

始末するでしょうよ」と、源次は云った。

(まつきちのほうからはそのばんなんのたよりもなかった。あくるあさ、はんしちは)

松吉の方からはその晩なんの消息(たより)もなかった。あくる朝、半七は

(ししょうのとむらいのようすをうかがいながらみょうしんじへでかけてゆくと、)

師匠の送葬(とむらい)の様子を窺いながら妙信寺へ出かけてゆくと、

(ししょうのいがいはかごでおくられて、ちょうないのものやでしたちがさんしじゅうにんほども)

師匠の遺骸は駕籠で送られて、町内の者や弟子たちが三四十人ほども

(ついてきた。そのなかにはげんじがいやにめをひからせているのもみえた。)

付いて来た。その中には源次がいやに眼を光らせているのも見えた。

(きょうじやのむすこのやさぶろうがあおいかおをしているのもみえた。じょちゅうのおむらの)

経師職の息子の弥三郎が蒼い顔をしているのも見えた。女中のお村の

(ちいさいすがたもみえた。はんしちはしらんかおをしてすみにぎょうぎよくすわっていた。)

小さい姿も見えた。半七は知らん顔をして隅に行儀よく坐っていた。

(どきょうがおわって、いがいはさらにやきばへおくっていかれた。かいそうしゃがおもいおもいに)

読経が終って、遺骸は更に焼き場へ送って行かれた。会葬者が思い思いに

(たいさんするうちに、はんしちはわざとおくれてざをたった。そうしてかえりぎわに)

退散するうちに、半七はわざと後れて座を起った。そうして帰りぎわに

(はかばのほうへそっとまわってみると、ひとりのおとこがきのうのはかのまえにおがんでいる。)

墓場の方へそっと廻ってみると、一人の男がきのうの墓のまえに拝んでいる。

(それはきょうじやのむすこにそういないので、はんしちはぞうりのあしおとをぬすんで、)

それは経師職の息子に相違ないので、半七は草履の足音をぬすんで、

(そのうしろのおおきいせきとうのかげまでしのんでいってみみをすましてうかがっていたが、)

そのうしろの大きい石塔のかげまで忍んで行って耳をすまして窺っていたが、

(やさぶろうはなんにもいわずにただいっしんにおがんでいた。やがておがんでしまって)

弥三郎はなんにも云わずに唯一心に拝んでいた。やがて拝んでしまって

(ひとあしいきかけたときに、うしろのせきとうのかげからかおをつきだしたはんしちと)

一と足行きかけた時に、うしろの石塔のかげから顔を突き出した半七と

(かれははじめてめをみあわせた。やさぶろうはすこしあわてたようなふうで、)

彼は初めて眼を見合わせた。弥三郎は少し慌てたような風で、

(いそいでここをたちさろうとするのを、はんしちはこごえでよびとめた。)

急いでここを立ち去ろうとするのを、半七は小声で呼び止めた。

(「へえ。なんぞごようで・・・・・・」と、やさぶろうはなんだかおどおどしながら)

「へえ。なんぞ御用で……」と、弥三郎は何だかおどおどしながら

(たちどまった。)

立ち停まった。

(「すこしおまえさんにききたいことがある。まあ、ここへきておくんなさい」)

「少しお前さんに訊きたいことがある。まあ、ここへ来ておくんなさい」

(はんしちはかれをししょうのはかのまえへつれもどして、ふたりはくさのうえにしゃがんだ。)

半七は彼を師匠の墓の前へ連れ戻して、二人は草の上にしゃがんだ。

(けさはうすくくもっているので、まだかわかないくさのつゆがふたりのぞうりのうらに)

けさは薄く陰(くも)っているので、まだ乾かない草の露が二人の草履のうらに

(ひやびやとしみた。)

ひやびやと沁みた。

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