半七捕物帳 半鐘の怪1

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第六話
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1 kkk4015 4767 B 5.0 95.4% 571.8 2861 135 48 2024/10/17

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問題文

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(はんしちろうじんをひさしぶりでたずねたのは、じゅういちがつはじめのしぐれかかった)

半七老人を久し振りでたずねたのは、十一月はじめの時雨(しぐ)れかかった

(ひであった。ろうじんはよつやのはつとりへいったといって、かんざしほどの)

日であった。老人は四谷の初酉(はつとり)へ行ったと云って、かんざしほどの

(ちいさいくまでをもってちょうどいまかえってきたところであった。)

小さい熊手を持って丁度いま帰って来たところであった。

(「ひとあしちがいでしつれいするところでした。さあ、どうぞ」)

「ひと足ちがいで失礼するところでした。さあ、どうぞ」

(ろうじんはそのくまでをかみだなにうやうやしくかざって、それからいつものろくじょうのざしきへ)

老人はその熊手を神棚にうやうやしく飾って、それからいつもの六畳の座敷へ

(わたしをとおした。とりのまちのこんじゃくだんがひととおりすんで、)

わたしを通した。酉の市(まち)の今昔談が一と通り済んで、

(じせつがらだけにかじのはなしがでた。じぶんのしょくぎょうにいくらかかんけいが)

時節柄だけに火事のはなしが出た。自分の職業に幾らか関係が

(あったせいであろうが、ろうじんはえどのかじのはなしをよくしっていた。)

あったせいであろうが、老人は江戸の火事の話をよく知っていた。

(ほうかはもちろんじゅうざいであるが、かじばどろぼうもむかしはしざいであったなどと)

放火はもちろん重罪であるが、火事場どろぼうも昔は死罪であったなどと

(いった。そのうちに、ろうじんはわらいながらこんなことをかたりだした。)

云った。そのうちに、老人は笑いながらこんなことを語り出した。

(「いや、よのなかにはあんがいなことがあるもんでしてね。これはすこしさしあいが)

「いや、世の中には案外なことがあるもんでしてね。これは少し差し合いが

(ありますから、ちょうないのなはもうされませんが、やっぱりしたまちのことで、)

ありますから、町内の名は申されませんが、やっぱり下町のことで、

(いつかおはなしをしたおばけししょうのうちからあんまりとおくないところだと)

いつかお話しをしたお化け師匠の家(うち)からあんまり遠くないところだと

(おもってください。そこにへんなことがしゅったいしたんで、)

思ってください。そこに変なことが出来(しゅったい)したんで、

(いちじはおおさわぎをしましたよ」)

一時は大騒ぎをしましたよ」

(かんだみょうじんのまつりもすんで、もうあさばんはうすらさむいひがつづいた。)

神田明神の祭りもすんで、もう朝晩は薄ら寒い日がつづいた。

(うすぐらいやきいもやのみせさきに、はちりはんとふでぶとにかいたあんどんのあかりが)

うす暗い焼き芋屋の店さきに、八里半と筆太(ふでぶと)にかいた行燈の灯が

(ぼんやりとともされるようになると、ゆやのしろいけむりがいまさらのように)

ぼんやりと点(とも)されるようになると、湯屋の白い煙りが今更のように

(めについて、かじはやいえどにすむひとびとのたましいをおびえさせるあきのかぜが)

眼について、火事早い江戸に住む人々の魂をおびえさせる秋の風が

(ちちぶのほうからだんだんにふきおろしてきた。そのくがつのすえから)

秩父の方からだんだんに吹きおろして来た。その九月の末から

など

(じゅうがつのはじめにかけて、ちょうないのはんしょうがときどきなった。)

十月の初めにかけて、町内の半鐘がときどき鳴った。

(「そら、かじだ」)

「そら、火事だ」

(あわててかけだしたひとびとは、どこにもけむりのみえないのにあきれた。)

あわてて駈け出した人々は、どこにも煙りの見えないのに呆れた。

(そういうことがひとばんのうちにいちどにど、ときによるとさん、しどもつづいて、)

そういうことがひと晩のうちに一度二度、時によると三、四度もつづいて、

(ひとつばんもある。ふたつばんもある。ちかびのすりばんをめったうちにじゃんじゃんと)

一つばんもある。二つばんもある。近火の摺りばんを滅多打ちにじゃんじゃんと

(うちたてることもある。ちょうないばかりでなく、そのはんしょうのおとがそれからそれへと)

打ち立てることもある。町内ばかりでなく、その半鐘の音がそれからそれへと

(けいほうをつたえて、となりちょうでもあわててはんしょうをつく。)

警報を伝えて、隣り町(ちょう)でもあわてて半鐘を撞く。

(ひけしはあてもなしにかけあつまる。それはゆやのけむりすらもたえている)

火消しはあてもなしに駈けあつまる。それは湯屋の煙りすらも絶えている

(まよなかのことで、なにをみあやまったのかちっともようりょうをえないで)

真夜中のことで、なにを見誤ったのかちっとも要領を得ないで

(ひきあげることもある。しまいにはひともなれてしまって、だれかがいたずらをするに)

引き揚げることもある。しまいには人も馴れてしまって、誰かが悪戯をするに

(そういないときまったが、ほかのこととはちがうので、そのいたずらもののせんぎが)

相違ないと決まったが、ほかの事とは違うので、そのいたずら者の詮議が

(げんじゅうになった。)

厳重になった。

(しさいもなしにはんしょうをつきたててくぼうさまのおひざもとをさわがすーー)

仔細もなしに半鐘をつきたてて公方(くぼう)様の御膝元をさわがすーー

(そのつみのおもいのはいうまでもない。だいいちにめいわくしたのは、そのちょうないの)

その罪の重いのは云うまでもない。第一に迷惑したのは、その町内の

(じしんばんにつめているものどもであった。)

自身番に詰めている者共であった。

(「じしんばんというのはいまのはしゅつじょをおおきくしたようなものです」と、)

「自身番というのは今の派出所を大きくしたようなものです」と、

(はんしちろうじんはせつめいしてくれた。)

半七老人は説明してくれた。

(「かくちょうないにいっかしょずつあって、やしきまちにあるものはぶけもちでつじばんといい、)

「各町内に一個所ずつあって、屋敷町にあるものは武家持ちで辻番といい、

(あきんどまちにあるのはちょうにんもちでじしんばんというんです。)

商人町(あきんどまち)にあるのは町人持ちで自身番というんです。

(ぞくにばんやともいいます。むかしはじぬしがじしんにつめたのでじしんばんと)

俗に番屋とも云います。むかしは地主が自身に詰めたので自身番と

(いったんだそうですが、のちにはそれがひとつのかぶになって、じしんばんのおやかた)

云ったんだそうですが、後にはそれが一つの株になって、自身番の親方

(というのがそれをあずかって、ほかにみせばんのおとこがに、さんにんぐらいつめていました。)

というのがそれを預かって、ほかに店番の男が二、三人ぐらい詰めていました。

(おおきいじしんばんには、ご、ろくにんもひかえているのがありました。そのころの)

大きい自身番には、五、六人も控えているのがありました。その頃の

(ひのみばしごは、じしんばんのやねのうえについていて、かじがあるとみせのおとこが)

火の見梯子は、自身番の屋根の上に付いていて、火事があると店の男が

(はんしょうをつくか、またはちょうないのばんたろうがつくことになっていました。)

半鐘を撞くか、または町内の番太郎が撞くことになっていました。

(それですからはんしょうになにかのまちがいがあれば、さしずめじしんばんのものが)

それですから半鐘になにかの間違いがあれば、さしずめ自身番のものが

(せきにんをおびなければならないのです。いまおはなしもうすのはちいさいじしんばんで、)

責任を帯びなければならないのです。今お話し申すのは小さい自身番で、

(おやかたがさへえ、ほかにてしたのじょうばんがふたりつめているだけでした」)

親方が佐兵衛、ほかに手下の常番(じょうばん)が二人詰めているだけでした」

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