半七捕物帳 半鐘の怪5

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第六話

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問題文

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(ようかいか、にんげんかというぎろんがまたおこった。かじやのごんたろうがしちやのとなりの)

妖怪か、人間かという議論がまた起った。鍛冶屋の権太郎が質屋の隣りの

(かきねへのぼったのをもくげきしたのはこのおさきで、それがかのじょのくちからせけんへ)

垣根へのぼったのを目撃したのはこのお咲で、それが彼女の口から世間へ

(もれたのであるから、じしんばんでひどいめにあわされたいたずらこぞうは、)

洩れたのであるから、自身番でひどい目に遭わされた悪戯小僧は、

(そのふくしゅうのためにおさきのあとをつけたのではないかといううたがいもおこったが、)

その復讐のためにお咲のあとを尾けたのではないかという疑いも起ったが、

(それはすぐにうちけされた。ごんたろうはそのじこくにたしかにじぶんのみせにいたと)

それはすぐに打ち消された。権太郎はその時刻にたしかに自分の店にいたと

(おやかたがしょうめいした。ほかにもごんたろうがよなべをしているのをみたというものも)

親方が証明した。ほかにも権太郎が夜なべをしているのを見たという者も

(あった。いくらいたずらものでもからだがふたつないいじょう、こんどのじけんをごんたろうに)

あった。いくら悪戯者でも身体が二つない以上、今度の事件を権太郎に

(なすりつけることはできなかった。そのふしぎもとうとうようりょうをえずにおわった。)

なすり付けることは出来なかった。その不思議もとうとう要領を得ずに終った。

(「よるはもうそとへでるんじゃないよ」)

「夜はもう外へ出るんじゃないよ」

(ひがくれると、おんなやこどもはいよいよおもてへでないことになった。)

日が暮れると、女や子供はいよいよ表へ出ないことになった。

(すると、こんどはいがいのわざわいがおとこのうえにもおそいかかってきた。)

すると、今度は意外の禍いが男の上にも襲いかかって来た。

(だいにのだげきをうけたのはじしんばんのおやかたさへえであった。)

第二の打撃をうけたのは自身番の親方佐兵衛であった。

(さへえはまずふゆというてきにおそわれて、せんげつのすえごろからじびょうのせんきに)

佐兵衛は先ず冬という敵に襲われて、先月の末頃から持病の疝気に

(なやまされていたが、なにぶんにもこのごろはちょうないがさわがしくて、)

悩まされていたが、なにぶんにも此の頃は町内が騒がしくて、

(まいにちのようにちょうやくにんのよりあいがあるので、かれはできるだけがまんしておきていた。)

毎日のように町役人の寄合いがあるので、彼は出来るだけ我慢して起きていた。

(それがどうしてもこらえられなくなって、ひるからおんじゃくなどで)

それがどうしても堪えられなくなって、昼から温石(おんじゃく)などで

(しのいでいたが、ひがくれるとよるのさむさがはらにしみとおってきた。)

凌いでいたが、日が暮れると夜の寒さが腹に沁み透って来た。

(かれはさしこみのくるしたばらをかかえてろのそばにうなっていた。)

かれは痙攣(さしこみ)のくる下腹をかかえて炉のそばに唸っていた。

(「いしゃさまでもよんでこようか」 てしたのでんしちとちょうさくとがみかねていった。)

「医者様でも呼んで来ようか」 手下の伝七と長作とが見兼ねて云った。

(「まあ、もうすこしがまんしようよ」)

「まあ、もう少し我慢しようよ」

など

(じしんばんのおやじやばんたろうにはきんづくりがおおかった。いしゃのやくさつをおそれるかれは、)

自身番のおやじや番太郎には金作りが多かった。医者の薬札を恐れる彼は、

(なるべくかいぐすりでまにあわせておきたかったのであるが、よるのふけるにつれて)

なるべく買い薬で間にあわせて置きたかったのであるが、夜のふけるに連れて

(いたみはいよいよつよくなって、かれはもうよくにもとくにもがまんが)

疼痛(いたみ)はいよいよ強くなって、彼はもう慾にも得にも我慢が

(できなくなった。それでもいしゃをよぶのをきらって、こっちからいしゃのうちへ)

出来なくなった。それでも医者を呼ぶのを嫌って、こっちから医者の家へ

(いこうといった。)

行こうと云った。

(「それじゃあわたしがおくっていこう」)

「それじゃあ私が送って行こう」

(でんしちがついていくことになった。つよいさしこみで、まんぞくにあるけそうもないさへえを)

伝七がついて行くことになった。強い痙攣で、満足に歩けそうもない佐兵衛を

(かいほうしながら、ともかくもおもてへでると、まちにはよるのしもがいちめんにおりていた。)

介抱しながら、ともかくも表へ出ると、町には夜の霜が一面に降りていた。

(でんしちはびょうにんのてをひいて、となりちょうのいしゃのもんをくぐった。)

伝七は病人の手をひいて、隣り町の医者の門をくぐった。

(いしゃはくすりをくれて、あたたかにしてねていろとちゅういした。)

医者は薬をくれて、あたたかにして寝ていろと注意した。

(れいをいっていしゃのうちをでたのは、もうよっつ(ごごじゅうじ)にちかいころであった。)

礼を云って医者の家を出たのは、もう四ツ(午後十時)に近い頃であった。

(「ごちょうないはこのごろぶっそうだというから、とちゅうもよくきをつけてな」と、)

「御町内はこのごろ物騒だというから、途中もよく気をつけてな」と、

(かえりぎわにいしゃがいった。)

帰りぎわに医者が云った。

(そのしんせつなちゅういがふたりのむねにはまたひとしおのさむさをよびだした。)

その親切な注意が二人の胸にはまた一入(ひとしお)の寒さを呼び出した。

(かえりみちにもさへえはてをひかれてあるいた。)

帰り途(みち)にも佐兵衛は手を引かれて歩いた。

(「きどのしまらないうちにはやくいこう。ばんたにあけてもらうのもめんどうだから」)

「木戸の締まらないうちに早く行こう。番太にあけて貰うのも面倒だから」

(かぜもない、つきもない、しものこえでもきこえそうなしずかなよるであった。)

風もない、月もない、霜の声でもきこえそうな静かな夜であった。

(ちょうないにももうあかりのかげはまばらであった。さへえはしたばらをおさえながら)

町内にももう灯のかげは疎らであった。佐兵衛は下腹をおさえながら

(こごみがちにあるいていた。ふたりはちょうないにはいってに、さんけんも)

屈(こご)み勝ちにあるいていた。二人は町内にはいって二、三軒も

(とおりすぎたかとおもうと、しちやのてんすいおけのかげからなにかまっくろなかげがあらわれた。)

通り過ぎたかと思うと、質屋の天水桶のかげから何かまっ黒な影があらわれた。

(それがなんであるかをみとめるまもなしに、そのくろいものはちをはうように)

それが何であるかを認める間もなしに、その黒い物は地を這うように

(はしってきて、いきなりさへえのあしをすくった。かがんでいたかれはすぐに)

走って来て、いきなり佐兵衛の足をすくった。屈んでいた彼はすぐに

(すべってたおれた。ふだんからおびえていたでんしちはきゃっといってにげだした。)

滑って倒れた。ふだんからおびえていた伝七はきゃっと云って逃げ出した。

(このおくびょうもののほうこくをきいて、ちょうさくはぼうをもってこわごわでてきた。)

この臆病者の報告を聴いて、長作は棒を持ってこわごわ出て来た。

(でんしちもえものをとってふたたびひっかえしてきたが、もうそのときにはくろいものの)

伝七も得物をとって再び引っ返して来たが、もうその時には黒い物の

(かげもみえなかった。さへえはころんだはずみにひざをいためた。まだそのほかに、)

影も見えなかった。佐兵衛は転んだはずみに膝を痛めた。まだそのほかに、

(あいてにぶたれたのか、あるいはじぶんでうったのか、かれはひだりのひたいに)

相手にぶたれたのか、あるいは自分で打ったのか、彼は左の額に

(いしでうったようなかすりきずをうけていた。)

石で打ったようなかすり傷をうけていた。

(しらべてみると、そのばんもごんたろうはがいしゅつしないというしょうこがたしかにあがった。)

調べてみると、その晩も権太郎は外出しないという証拠が確かに挙がった。

(こうして、いたずらこぞうにかかるうたがいはしだいにうすれてきたが、)

こうして、悪戯小僧にかかる疑いは漸次(しだい)に薄れて来たが、

(それとどうじにこのふしぎにたいするうたがいはいよいよこくなった。)

それと同時にこの不思議に対する疑いはいよいよ濃くなった。

(おくびょうのでんしちのいいたてによると、どうもかっぱらしいというのであったが、)

臆病の伝七の云い立てによると、どうも河童らしいというのであったが、

(まちなかにかっぱがでるはずはないといってだれもそれをしんようしなかった。)

町なかに河童が出る筈はないと云って誰もそれを信用しなかった。

(「どうもにんげんらしい」)

「どうも人間らしい」

(このごろはほうぼうのうちでくいものをぬすまれた。ことにおさきをおどかしたやりくちといい、)

この頃は方々の家で食い物を盗まれた。ことにお咲をおどかした遣り口といい、

(さへえをおそったしゅだんといい、ようかいがだんだんにんげんみをおびてきたことは)

佐兵衛を襲った手段といい、妖怪がだんだん人間味を帯びて来たことは

(だれにもうなずかれた。ごんたろういがいのいたずらものがこのちょうないへはいりこんでくるに)

誰にもうなずかれた。権太郎以外のいたずら者がこの町内へ入り込んで来るに

(そういないというので、またもやちょうないそうででまいばんのけいかいをげんじゅうにすることになった。)

相違ないというので、又もや町内総出で毎晩の警戒を厳重にすることになった。

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