半七捕物帳 半鐘の怪7

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第六話

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問題文

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(しかしにんげんときまればまたそれをとりおさえるほうほうもあると、ちょうやくにんどもは)

併し人間ときまれば又それを取り押える方法もあると、町役人どもは

(じしんばんにあつまって、そのいたずらものをかりだすそうだんをしていると、)

自身番に集まって、その悪戯者を狩り出す相談をしていると、

(ここへまたあたらしいふしぎなほうこくがきた。それはおくらがくせものにであってから)

ここへ又新しい不思議な報告が来た。それはお倉が曲者に出会ってから

(はんときほどののちであった。さきにほしものをさらわれたはんこやのだいどころのうえで、)

半時ほどの後であった。さきに干物を攫われた印判(はんこ)屋の台所の上で、

(なにかごとごとというおとがきこえたので、おおかたねこかねずみだろうと)

なにかごとごとという音がきこえたので、おおかた猫か鼠だろうと

(おもったにょうぼうは、だいどころへでてしっしっとおったが、やねのうえのものおとは)

思った女房は、台所へ出てしっしっと追ったが、屋根のうえの物音は

(まだやまなかった。このあいだのいっけんにおどろかされているかのじょはぞっとしたが、)

まだ止まなかった。このあいだの一件に驚かされている彼女はぞっとしたが、

(それもこわいものみたさのこうきしんから、ひきまどのひきづなをといてそろそろとあけた。)

それも怖い物見たさの好奇心から、引窓の引き綱を解いてそろそろと明けた。

(そのとたんになにをみたか、かのじょはきゃっといっておくへころげこんだ。)

その途端になにを見たか、彼女はきゃっと云って奥へころげ込んだ。

(かのじょがふるえながらはなすところによると、かれがやねのうえをそっとのぞこうと)

彼女がふるえながら話す所に因ると、かれが屋根の上をそっと覗こうと

(するときに、ひきまどのあなからふたつのおおきいひかっためがでた。かのじょはそれいじょうを)

する時に、引窓の穴から二つの大きい光った眼が出た。彼女はそれ以上を

(みとどけるゆうきもなしにおくへにげこんでしまったのであった。)

見とどける勇気も無しに奥へ逃げ込んでしまったのであった。

(このほうこくをうけとって、ひとびとはまたまよった。)

この報告を受け取って、人々はまた迷った。

(「ばんたろうのにょうぼうのいうことはあてにならない。どうもにんげんではないようだ」と、)

「番太郎の女房の云うことはあてにならない。どうも人間ではないようだ」と、

(こんやのひょうぎもけっきょくふとくようりょうにおわった。)

今夜の評議も結局不得要領に終った。

(こうしてふあんとこんざつとをつづけているうちに、はんしちはいっぽうのようがかたづいた。)

こうして不安と混雑とを続けているうちに、半七は一方の用が片付いた。

(きょうはいよいよはんしょうのせんぎにとりかかろうとおもっていたが、)

きょうはいよいよ半鐘の詮議に取りかかろうと思っていたが、

(ひるまえはきゃくがきたのででることができなかった。かれはやっつ(ごごにじ))

午前(ひるまえ)は客が来たので出る事ができなかった。彼は八ツ(午後二時)

(ごろにかんだのうちをでて、のろいのはんしょうにみおろされているうすぐらいまちへふみこんだ。)

頃に神田の家を出て、呪いの半鐘に見おろされている薄暗い町へ踏み込んだ。

(「きのせいか、いんきなまちだな」と、はんしちはおもった。)

「気のせいか、陰気な町だな」と、半七は思った。

など

(かぜはないが、そこざむいひであった。うすいひのひかりがどんよりともれたかとおもうと、)

風はないが、底寒い日であった。薄い日の光りがどんよりと洩れたかと思うと、

(またすぐにふきけすようにきえてしまった。ひるでもあまりくらいので、)

又すぐに吹き消すように消えてしまった。昼でもあまり暗いので、

(からすもとまどいをしたらしい、ねぐらをいそぐようになきつれてとおった。)

鴉も途惑いをしたらしい、ねぐらを急ぐように啼き連れて通った。

(はんしちはふところでをして、まずちょうないのかじやのまえにたつと、そこのみせからは)

半七はふところ手をして、まず町内の鍛冶屋のまえに立つと、そこの店からは

(だいしょうのみかんがばらばらとびだすのを、こどもたちがむらがって)

大小の蜜柑がばらばら飛び出すのを、小児(こども)たちが群がって

(ひろっていた。きょうはじゅういちがつようかのふいごまつりであることをはんしちは)

拾っていた。きょうは十一月八日の鞴(ふいご)祭りであることを半七は

(すぐにさとった。こどものむれのうしろからのぞいてみると、おやかたはみかんをおうらいへ)

すぐに覚った。小児の群れのうしろから覗いて見ると、親方は蜜柑を往来へ

(いきおいよくまいていた。しょくにんもごんたろうもざるにいれたみかんをいそがしそうに)

勢いよく撒いていた。職人も権太郎も笊(ざる)に入れた蜜柑を忙しそうに

(みせへはこんでいた。)

店へ運んでいた。

(はんしちはじしんばんへよって、いえぬしをあいてにせけんばなしをしながら、かじやのみかんまきの)

半七は自身番へ寄って、家主を相手に世間話をしながら、鍛冶屋の蜜柑撒きの

(すむのをまっていた。はんしょういっけんのかたづかないあいだは、いえぬしはかならずこうたいで)

済むのを待っていた。半鐘一件の片付かない間は、家主はかならず交代で

(じしんばんへつめていることになったので、はやくらちがあいてくれなければ)

自身番へ詰めていることになったので、早く埒が明いてくれなければ

(こまるなどと、いえぬしはてまえがってなぐちをいっていた。)

困るなどと、家主は手前勝手な愚痴を云っていた。

(「ごしんぱいにゃあおよびません。ちかいうちになんとかめはなをつけておめにかけます」)

「御心配にゃあ及びません。近いうちに何とか眼鼻をつけてお目にかけます」

(と、はんしちはなぐさめるようにいった。)

と、半七は慰めるように云った。

(「どうかよろしくねがいます。だんだんさむぞらにむかってきますし、かじはやいえどで)

「どうか宜しく願います。だんだん寒空に向って来ますし、火事早い江戸で

(はんしょうさわぎはきがきでありませんよ」と、いえぬしはいかにもよわりぬいている)

半鐘騒ぎは気が気でありませんよ」と、家主はいかにも弱り抜いている

(らしかった。)

らしかった。

(「おさっしもうします。なに、もうちっとのごしんぼうですよ。あのかじやのふいごまつりが)

「お察し申します。なに、もうちっとの御辛抱ですよ。あの鍛冶屋の鞴祭りが

(すんだらば、こぞうをちょいとここへよんでくださいませんか」)

済んだらば、小僧をちょいと此処へ呼んで下さいませんか」

(「やっぱりあのこぞうがおかしゅうございますか」)

「やっぱりあの小僧がおかしゅうございますか」

(「というわけでもありませんが、すこしききたいことがありますから、)

「と云う訳でもありませんが、少し訊きたいことがありますから、

(あんまりおどかさないでそっとつれてきてください」)

あんまり嚇かさないでそっと連れて来てください」

(おうらいへころがるみかんのかずもだんだんへって、こどもたちのかげもかじやのみせさきを)

往来へころがる蜜柑の数もだんだん減って、子供たちの影も鍛冶屋の店さきを

(ちってしまうと、いえぬしはごんたろうをよびにいった。はんしちはたばこをのみながら)

散ってしまうと、家主は権太郎を呼びに行った。半七は煙草をのみながら

(おもてをながめていると、かべいろのそらはしだいにあつくなってきて、まのようなくろいくもが)

表を眺めていると、壁色の空はしだいに厚くなって来て、魔のような黒い雲が

(このまちのうえをいそがしそうにとおった。なまこうりのこえがさむそうにきこえた。)

この町の上を忙しそうに通った。海鼠(なまこ)売りの声が寒そうにきこえた。

(「これはかんだのはんしちおやぶんだ。おとなしくごあいさつをしろ」と、いえぬしは)

「これは神田の半七親分だ。おとなしく御挨拶をしろ」と、家主は

(ごんたろうをひっぱってきてはんしちのまえにすわらせた。きょうはふいごまつりのせいか、)

権太郎を引っ張って来て半七のまえに坐らせた。きょうは鞴祭りのせいか、

(ごんたろうはいつものまっくろなしごとぎをこざっぱりとしたふたこに)

権太郎はいつものまっ黒な仕事着を小ざっぱりとした双子(ふたこ)に

(きかえて、かおもあまりくすぶらしていなかった。)

着かえて、顔もあまりくすぶらしていなかった。

(「おめえがごんたろうというのか。おやかたはいまなにをしている」と、はんしちはきいた。)

「おめえが権太郎というのか。親方は今なにをしている」と、半七は訊いた。

(「これからおいわいのさけがはじまるんだ」)

「これからお祝いの酒がはじまるんだ」

(「それじゃあさしあたりおまえにようもあるめえ。きょうはみかんまきで、)

「それじゃあ差当りお前に用もあるめえ。きょうは蜜柑まきで、

(おまえもみかんをもらったか」)

お前も蜜柑を貰ったか」

(「とおばかりもらった」と、ごんたろうはたもとをおもそうにぶらぶら)

「十個(とお)ばかり貰った」と、権太郎は袂(たもと)を重そうにぶらぶら

(ふってみせた。)

振ってみせた。

(「そうか。なにしろ、ここじゃはなしができねえ。うらのあきちまできてくれ」)

「そうか。なにしろ、ここじゃ話ができねえ。裏の空地まで来てくれ」

(おもてへでると、あられがばらばらふってきた。)

表へ出ると、霰(あられ)がばらばら降って来た。

(「あ、ふってきた」と、はんしちはくらいそらをみた。「まあ、たいしたことも)

「あ、降って来た」と、半七は暗い空を見た。「まあ、大したことも

(あるめえ。さあ、すぐにこい」)

あるめえ。さあ、すぐに来い」

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