半七捕物帳 奥女中5

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第七話

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問題文

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(「こんやもまたなにかくるかしら」)

「今夜もまた何か来るかしら」

(おびえたたましいをかかえて、かのじょはこんやもよっつごろからかやにはいると、)

おびえた魂をかかえて、彼女は今夜も四ツ頃から蚊帳にはいると、

(そのばんはこまかいあめがしとしととふりだしていけのかえるがしきりにないていた。)

その晩は細かい雨がしとしとと降り出して池の蛙がしきりに鳴いていた。

(おちょうはやはりねむられなかった。よるもだんだんにふけてきたとおもわれる)

お蝶はやはり眠られなかった。夜もだんだんに更けて来たと思われる

(ころになると、しぜんか、ひとのしわざか、まくらもとのあんどんがしだいにうすぐらくなって)

頃になると、自然か、人の仕業か、枕もとの行燈がしだいにうす暗くなって

(きたので、おちょうはめをかすかにあいてそっとうかがうと、しろいふすまから)

来たので、お蝶は眼をかすかに明いてそっと窺うと、白い襖から

(ぬけだしてきたようないっしゅのしろいかげが、しろいかやのそとを)

抜け出して来たような一種の白い影が、白い蚊帳のそとを

(まぼろしのようにたちまよっていた。)

まぼろしのように立ち迷っていた。

(「あ、ゆうれい・・・・・・」と、おちょうはあわててよぎをかぶってしまった。)

「あ、幽霊……」と、お蝶は慌てて衾をかぶってしまった。

(そうして、ふだんからしんこうするかんのんさまやすいてんぐうさまをくちのうちで)

そうして、ふだんから信仰する観音様や水天宮様を口のうちで

(いっしんにねんじていた。こはんときもたってからかのじょはこわごわのぞいてみると、)

一心に念じていた。小半刻も経ってから彼女は怖々のぞいて見ると、

(しろいまぼろしはいつかきえていて、どこかでいちばんどりのなくこえがきこえた。)

白いまぼろしはいつか消えていて、どこかで一番鶏の鳴く声がきこえた。

(よがあけると、すべてきのうのとおりに、かおをあらって、かみをあげて、)

夜があけると、すべてきのうの通りに、顔を洗って、髪をあげて、

(けしょうをして、あさめしがすむとにわへつれだされた。よるになると、)

化粧をして、あさ飯が済むと庭へ連れ出された。夜になると、

(つくえのまえにすわらせられて、かやにはいると、こんやもゆうれいのようなものが)

机のまえに坐らせられて、蚊帳にはいると、今夜も幽霊のようなものが

(まくらもとへまよってきた。そうしたきゅうくつときょうふとによるもひるもせめられて、)

枕もとへ迷って来た。そうした窮屈と恐怖とに夜も昼も責められて、

(それがなのかようかとつづくうちにおちょうはじぶんがゆうれいのようにやせおとろえてきた。)

それが七日八日とつづくうちにお蝶は自分が幽霊のように痩せ衰えて来た。

(「こんなくるしみをするくらいならば、いっそしんだほうがましだ」)

「こんな苦しみをするくらいならば、いっそ死んだほうがましだ」

(かのじょはしまいにはこうかくごして、このあいだのおんなにむかって)

彼女はしまいにはこう覚悟して、このあいだの女にむかって

(ぜひいちどはうちへかえしてくれとないてたのんだ。おんなもひどくこまったらしいかおを)

是非一度は家へ帰してくれと泣いて頼んだ。女もひどく困ったらしい顔を

など

(していたが、わるくするとふるいけへみでもなげそうなおちょうのけっしんに)

していたが、悪くすると古池へ身でも投げそうなお蝶の決心に

(うごかされたらしく、とおかめのゆうがたには、とうとういったんはかえれという)

動かされたらしく、十日目の夕方には、とうとう一旦は帰れという

(きょかをあたえた。)

許可をあたえた。

(「しかしこのことはけっしてたごんはなりませぬぞ。またそのうちに)

「併しこの事は決して他言はなりませぬぞ。またそのうちに

(むかいにいくかもしれませぬが、そのときはどうぞきてくれるように・・・・・・。)

迎いに行くかも知れませぬが、その時はどうぞ来てくれるように……。

(いまからたのんでおきますぞ」)

今から頼んで置きますぞ」

(さもなければかえすことはならないというので、おちょうもよんどころなしに)

さもなければ帰すことはならないと云うので、お蝶もよんどころ無しに

(しょうちして、きっとまたまいりますとこころにもないちかいをたてた。)

承知して、きっとまたまいりますと心にもない誓いを立てた。

(おんなはいろいろしんぱいをかけてきのどくであったといって、ほうしょのかみにつつんだ)

女はいろいろ心配をかけて気の毒であったと云って、奉書の紙につつんだ

(もくろくをくれた。ひがくれてあたりがうすぐらくなったころに、おちょうは)

目録をくれた。日が暮れてあたりが薄暗くなった頃に、お蝶は

(めかくしをさせられた。くちにはさるぐつわをはまされた。きたときとおなじような)

目隠しをさせられた。口には猿轡を食(は)まされた。来た時とおなじような

(のりものにのせられた。ひとどおりのすくないところをえらんではまちょうがしまで)

乗物に乗せられた。人通りの少ないところを選んで浜町河岸まで

(ゆられてくると、いしおきばのまえでかのじょをのりものからおろして、)

揺られてくると、石置き場のまえで彼女を乗物からおろして、

(からののりものをかついだおとこたちはにげるようにどこへかたちさった。)

空の乗物をかついだ男達は逃げるように何処へか立ち去った。

(おちょうはきつねがおちたひとのようにぼんやりとつったっていたが、)

お蝶は狐が落ちた人のようにぼんやりと突っ立っていたが、

(きゅうにまたなんだかこわくなっていっさんにかけだして、うちへかけこんで)

急にまた何だか怖くなって一散にかけ出して、家へ駈け込んで

(ははのかおをみるまでは、かのじょもまだはんぶんはゆめのようなこころもちであった。)

母の顔を見るまでは、彼女もまだ半分は夢のような心持であった。

(きつねにばかされたのだろうとおかめはいったが、ふところにいれてきた)

狐に化かされたのだろうとお亀は云ったが、ふところに入れて来た

(もくろくはこのはではなかった。まいごふだのようなあたらしいこばんがまさに)

目録は木の葉ではなかった。迷子札のような新しい小判がまさに

(じゅうまいはいっていた。)

十枚はいっていた。

(「まあ、じゅうりょうあるよ」と、おかめはめをまるくしておどろいた。いくらしょうじきでも)

「まあ、十両あるよ」と、お亀は眼をまるくして驚いた。いくら正直でも

(よくのないにんげんはすくない。このころのそうばでは、めかけぼうこうをしてもつきいちりょうの)

慾のない人間はすくない。この頃の相場では、妾奉公をしても月一両の

(きゅうきんはむずかしいのに、べつになにをするでもなしに、うつくしいきものを)

給金はむずかしいのに、別になにをするでも無しに、美しい着物を

(きせられて、うまいものをくわされて、いちにちいちりょうのてまちんになる。)

着せられて、旨いものを食わされて、一日一両の手間賃になる。

(こんなありがたいしょうばいはないとおかめはよろこんでいたが、おちょうはみぶるいして)

こんなありがたい商売はないとお亀は喜んでいたが、お蝶は身ぶるいして

(いやがった。いちりょうはさておいて、いちにちじゅうりょうのきゅうきんをもらっても)

忌(いや)がった。一両はさておいて、一日十両の給金を貰っても

(あんなこわいところへにどとゆくことはまっぴらだと、かれはそのご)

あんな怖いところへ二度とゆくことはまっぴらだと、かれはその後

(はんつきばかりはびょうにんのようなあおいかおをしてくらしていた。)

半月ばかりは病人のような蒼い顔をして暮していた。

(こばんのかおをみておかめもいったんはよろこんだものの、よくよくかんがえてみると)

小判の顔をみてお亀も一旦は喜んだものの、よくよく考えてみると

(かのじょもなんだかふあんになってきた。おちょうがいやがるのもむりはないとおもわれた。)

彼女もなんだか不安になって来た。お蝶が忌がるのも無理はないと思われた。

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