半七捕物帳 奥女中8

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第七話

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問題文

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(このごろのひあしはよほどつまって、ゆうむつのかねをきかないうちに、)

この頃の日晷(あし)はよほど詰まって、ゆう六ツの鐘を聞かないうちに、

(せまいうちのすみずみはもううすぐらくなった。おかめはみきどっくりやだんごや)

狭い家の隅々はもう薄暗くなった。お亀は神酒(みき)徳利や団子や

(すすきなどをえんがわにもちだしてくると、そのすすきのはをわたるゆうかぜが)

薄などを縁側に持ち出してくると、その薄の葉をわたる夕風が

(みにしみて、かたびらいちまいのはんしちはうすらさむくなってきた。)

身にしみて、帷子(かたびら)一枚の半七は薄ら寒くなってきた。

(ことにもうゆうめしのじぶんになったので、はんしちはおかめにたのんできんじょから)

殊にもう夕飯の時分になったので、半七はお亀にたのんで近所から

(うなぎをとってもらった。じぶんひとりでくうわけにもいかないので、)

鰻を取って貰った。自分一人で食うわけにも行かないので、

(おかめとおちょうのおやこにもくわせた。)

お亀とお蝶の母子(おやこ)にも食わせた。

(めしをくってしまって、はんしちはようじをつかいながらえんさきにでると、)

飯を食ってしまって、半七は楊枝をつかいながら縁先に出ると、

(せまいろじのかさなりあったひさしのあいだから、うみのような)

狭い路地のかさなり合った庇(ひさし)のあいだから、海のような

(あおいおおぞらがふきそくにしきられてみえた。つきはそのそらのうえに)

碧い大空が不規則に劃(しき)られて見えた。月はその空の上に

(かかっていなかったが、ひがしのほうのくものすそがうすきいろくかがやいているので、)

かかっていなかったが、東の方の雲の裾がうす黄色くかがやいているので、

(こんやのめいげつがおもいやられた。つゆはいつのまにかおりているらしく、)

今夜の明月が思いやられた。露はいつの間にか降りているらしく、

(このごろではもうじゃまもののようににわさきにほうりだされている)

この頃ではもう邪魔物のように庭先にほうり出されている

(ふたはちのあさがおのかれたはが、うすしろくきらきらとひかっていた。)

二鉢の朝顔の枯れた葉が、薄白くきらきらと光っていた。

(「みんなもでておがみなせえ。もうじきおつきさまがあがるぜ」と、)

「みんなも出て拝みなせえ。もうじきお月様があがるぜ」と、

(はんしちはこえをかけた。)

半七は声をかけた。

(このとたんにどぶいたをふむあしおとがきこえて、ひとりのおとこがここの)

この途端に溝板を踏む足音がきこえて、一人の男がここの

(こうしのまえにたった。おかめがすぐにでてみると、それはみしらない)

格子のまえに立った。お亀がすぐに出てみると、それは見識らない

(さむらいすがたであったが、かれはおちょうおやこがうちにいることを)

武士(さむらい)姿であったが、かれはお蝶母子が家にいることを

(たしかめて、ただいまおじょちゅうがあいにこられるとつたえていった。)

確かめて、唯今お女中が逢いに来られると伝えて行った。

など

(「まあ、おれはいないつもりにしておいてくんねえ」と、はんしちは)

「まあ、おれはいない積りにして置いてくんねえ」と、半七は

(あわててぞうりをつかんで、おちょうとともにおくのさんじょうにかくれた。)

あわてて草履をつかんで、お蝶と共に奥の三畳にかくれた。

(そうしてふすまのすきまからそっとうかがっていると、やがて)

そうして襖の隙き間からそっと窺っていると、やがて

(はいってきたのはさんじゅっさいぜんごのやはりおくづとめらしいおんなであった。)

はいってきたのは三十歳前後のやはり奥勤めらしい女であった。

(「はじめておめにかかります」と、おんなはおかめにむかってていねいにあいさつした。)

「初めてお目にかかります」と、女はお亀にむかって丁寧に挨拶した。

(おかめもおどおどしながらそうとうのあいさつをしていた。)

お亀もおどおどしながら相当の挨拶をしていた。

(「さっそくでございますが、こちらのむすめのおちょうどののみのうえについて、)

「早速でございますが、こちらの娘のお蝶どのの身の上について、

(さくじつもほかのおじょちゅうがまいってくわしいおはなしをいたしましたはず。)

昨日もほかの御女中がまいって詳しいお話しをいたしました筈。

(おやごもごとくしんならば、こんやからすぐにおこしくださるように、)

親御も御得心ならば、今夜からすぐにお越し下さるように、

(わたくしがおむかいにまいりました」)

わたくしがお迎いにまいりました」

(おんなはきりこうじょうでいった。おかめはすこしそのいにうたれたらしく、)

女は切り口上で云った。お亀はすこしその威に打たれたらしく、

(ただもじもじしていて、はっきりしたあいさつもできなかった。)

唯もじもじしていて、はっきりした挨拶もできなかった。

(「いまさらごふしょうちともうされては、わたくしどものやくめがたちませぬ。)

「今さら御不承知と申されては、わたくしどもの役目が立ちませぬ。

(まげてごしょうちくださるようにかさねておねがいもうします」)

まげて御承知くださるように重ねておねがい申します」

(「むすめはゆうべかえりまして、それからなんだかきぶんがわるいとかもうして、)

「娘はゆうべ帰りまして、それからなんだか気分が悪いとか申して、

(きょうもいちにちふせっておりますので、まだろくろくにそうだんいたすひまも)

きょうも一日臥(ふせ)って居りますので、まだ碌々に相談いたす暇も

(ございませんで・・・・・・」)

ございませんで……」

(おかめはいっすんのがれのこうじょうで、なんとかこのばをきりぬけるつもり)

お亀は一寸遁(のが)れの口上で、なんとか此の場を切り抜けるつもり

(らしかったが、あいてはなかなかしょうちしなかった。おんなはかさにかかってまたいった。)

らしかったが、相手はなかなか承知しなかった。女は嵩にかかって又云った。

(「いえ、それはなりませぬ。とくとごそうだんくださるように、)

「いえ、それはなりませぬ。篤(とく)と御相談くださるように、

(さくやわざわざもどしてあげましたに、いまもってなんのごそうだんもないというは、)

昨夜わざわざ戻してあげましたに、いま以て何の御相談もないというは、

(こちらのこころざしをむにしたようないたされかた、それではわたくしも)

こちらの志を無にしたような致され方、それではわたくしも

(おめおめひきとるわけにはまいりませぬ。むすめごをここへよびだして、)

おめおめ引き取るわけにはまいりませぬ。娘御をここへ呼び出して、

(わたくしとみつがなえであらためてごそうだんいたしましょう。)

わたくしと三つ鼎(みつがなえ)であらためて御相談いたしましょう。

(おちょうどのをすぐこれへ」)

お蝶どのをすぐこれへ」

(りんとしたこえできめつけられて、おかめはいよいようろたえていると、)

凛とした声できめ付けられて、お亀はいよいようろたえていると、

(おんなはふくさにつつんできたこばんのつつみをだして、うすぐらいあんどんのまえへ)

女は袱紗につつんで来た小判のつつみを出して、うす暗い行燈の前へ

(ふたつならべた。)

二つならべた。

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