半七捕物帳 奥女中11

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第七話

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問題文

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(「なにしろきゅうしごとのにせむかいだもんですからね。ぐずぐずしていると、)

「なにしろ急仕事の偽迎いだもんですからね。ぐずぐずしていると、

(ほんもののほうがのりこんでくるかもしれないというので、)

ほんものの方が乗り込んで来るかも知れないというので、

(むやみにしたくをいそいだもんですから、のりものまではてがまわらないで、)

無暗に支度を急いだもんですから、乗物までは手がまわらないで、

(とんだただいまのおわらいぐさとなってしまいましたよ」と、おとしは)

飛んだ唯今のお笑い草となってしまいましたよ」と、お俊は

(さすがにあくとうだけになにもかもおもいきりよくしゃべってしまった。)

さすがに悪党だけに何もかも思い切りよくしゃべってしまった。

(「それでみんなわかった」と、はんしちはうなずいた。「おまえも)

「それでみんな判った」と、半七はうなずいた。「お前も

(こんなことでくらいこんじゃあうれしくもあるめえが、)

こんなことで食らい込んじゃあ嬉しくもあるめえが、

(はんしちがみたいじょうは、まさかにごきげんよろしゅう、はいさようならと)

半七が見た以上は、まさかに御機嫌よろしゅう、はい左様ならと

(いうわけにはいかねえ。きのどくだがいっしょにそこまできてもらおうぜ」)

云うわけには行かねえ。気の毒だが一緒にそこまで来て貰おうぜ」

(「どうもしかたがありませんよ。まあ、いたわっておくんなさいまし」)

「どうも仕方がありませんよ。まあ、いたわっておくんなさいまし」

(しかしこんなすがたでひっぱっていかれるのは、こじきしばいのようで)

併しこんな姿で引っ張って行かれるのは、乞食芝居のようで

(こまるから、どうぞうちからゆかたをとりよせてくれとおとしはいった。)

困るから、どうぞ家から浴衣を取り寄せてくれとお俊は云った。

(はんしちもしょうちしたが、ここではどうにもならないから、ともかくも)

半七も承知したが、ここではどうにもならないから、ともかくも

(ばんやまでこいといって、おとしをひったててでようとするところへ、)

番屋まで来いと云って、お俊を引っ立てて出ようとするところへ、

(さっきからいりぐちにたっていたおんながはいってきた。)

さっきから入口に立っていた女がはいって来た。

(「これがおもてざたになりましては、おやしきのなまえにもかかわります。)

「これが表沙汰になりましては、御屋敷の名前にもかかわります。

(さいわいにことをしそんじてだれにめいわくがかかったというでもなし、)

幸いに事を仕損じて誰に迷惑がかかったというでもなし、

(このおんなのつみはわたくしにめんじてどうかごかんべんをねがわしゅうぞんじます」)

この女の罪はわたくしに免じてどうか御勘弁を願わしゅう存じます」

(おんながしきりにたのむので、はんしちはむげにはねつけることも)

女がしきりに頼むので、半七は無下(むげ)に跳ね付けることも

(できなくなった。かれはおんなのくるしそうなじじょうをさっして、)

出来なくなった。彼は女の苦しそうな事情を察して、

など

(とうとうおとしをゆるしてやることになった。)

とうとうお俊を赦(ゆる)してやることになった。

(「おやぶんさん。どうもありがとうございました。いずれおれいにうかがいます」)

「親分さん。どうも有難うございました。いずれお礼にうかがいます」

(「れいなんぞにこなくてもいいから、このあとあんまりてかずを)

「礼なんぞに来なくても好いから、この後あんまり手数を

(かけねえようにしてくれ」 「はい、はい」)

掛けねえようにしてくれ」 「はい、はい」

(おとしはきりょうをわるくしてすごすごかえっていった。これでにせもののしょうたいは)

お俊は器量を悪くしてすごすご帰って行った。これで偽物の正体は

(あらわれたが、ほんもののしょうたいはやはりわからなかった。)

あらわれたが、ほんものの正体はやはり判らなかった。

(しかしもうこういうはめになっては、なまじいにつつみかくしても)

併しもうこういう破目になっては、なまじいに包み隠しても

(しかたがあるまい、いよいよあいてのうたがいをますばかりで、)

仕方があるまい、いよいよ相手の疑いを増すばかりで、

(まとまるべきそうだんもかえってまとまらないかもしれないとさとったらしく、)

まとまるべき相談も却って纏まらないかも知れないと覚ったらしく、

(おんなはおかめとはんしちにむかってじぶんのひみつをしょうじきにうちあけた。)

女はお亀と半七にむかって自分の秘密を正直に打ち明けた。

(かのじょはおとしのようなにせものではなく、たしかにあるだいみょうのえどやしきに)

彼女はお俊のような偽物ではなく、たしかに或る大名の江戸屋敷に

(つとめているおくじょちゅうであった。しゅじんのとのさまはえどからきたのほうにある)

つとめている奥女中であった。主人の殿様は江戸から北の方にある

(りょうちへかえっているが、おくがたはむろんにえどやしきにのこされていた。)

領地へ帰っているが、奥方は無論に江戸屋敷に残されていた。

(おくがたにはさいあいのひいさまがあって、きりょうもきしつも)

奥方には最愛の姫様(ひいさま)があって、容貌(きりょう)も気質も

(すぐれてうつくしいおかたであったが、そのうつくしいひいさまはあけてじゅうしちという)

すぐれて美しいお方であったが、その美しい姫様は明けて十七という

(ことしのはる、ほうそうがみにのろわれてぼだいしょのいしのしたへ)

今年の春、疱瘡(ほうそう)神に呪われて菩提所の石の下へ

(おくられてしまった。あまりのなげきにとりつめてははのおくがたは)

送られてしまった。あまりの嘆きに取りつめて母の奥方は

(ものぐるおしくなった。きとうやりょうじもこうがなかった。あけてもくれても)

物狂おしくなった。祈禱や療治も効がなかった。明けても暮れても

(ひめのなをよんで、どうぞいちどあわせてくれとなきくるうので、)

姫の名を呼んで、どうぞ一度逢わせてくれと泣き狂うので、

(やしきじゅうのものももてあました。そのいたましさとあさましさをみるに)

屋敷中の者も持て余した。その痛ましさと浅ましさを見るに

(たえかねて、ようにんとろうじょがそうだんのすえに、ひいさまによくにたむすめを)

堪えかねて、用人と老女が相談の末に、姫様によく肖(に)た娘を

(どこからかかりてきて、ひいさまにしたてておめにかけたらば、)

どこからか借りて来て、姫様に仕立ててお目にかけたらば、

(おくがたのおきもすこしはしずまろうかということになった。しかしそんなことが)

奥方のお気も少しは鎮まろうかということになった。併しそんなことが

(せけんにもれてはおやしきのはじである。あくまでひみつにこのやくめを)

世間に洩れては御屋敷の恥である。あくまで秘密にこの役目を

(しとげなければならぬというので、に、さんにんのひとがてわけをして、)

仕遂げなければならぬというので、二、三人の人が手わけをして、

(こころあたりをさがしてあるいた。)

心当りを探してあるいた。

(そのころのひとはきがながい。そうして、こんよくさがしているうちに、)

その頃の人は気が長い。そうして、根よくさがしているうちに、

(ようにんのひとりがえいたいばしのちゃみせではからずもおちょうをみつけだした。)

用人の一人が永代橋の茶店で図らずもお蝶を見つけ出した。

(としごろもかおかたちもちょうどちゅうもんどおりにみえたので、かれはさらに)

年頃も顔かたちも丁度註文通りに見えたので、かれは更に

(おくじょちゅうのゆきのというのをつれてきてめききをさせた。)

奥女中の雪野というのを連れて来て眼利きをさせた。

(だれのめもかわらないで、こうかふこうかおちょうはごうかくした。)

誰の眼もかわらないで、幸か不幸かお蝶は合格した。

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