半七捕物帳 帯取りの池6

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第八話

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問題文

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(おんなはないとうしんじゅくのきたうらにすんでいるきねやおとくというししょうであった。)

女は内藤新宿の北裏に住んでいる杵屋(きねや)お登久という師匠であった。

(かれははんしちやまつきちのしょうばいをしっているので、ここであったのをさいわいに、)

かれは半七や松吉の商売を識っているので、ここで遇ったのを幸いに、

(もしそのふるぎやのむすこのゆくえについて、なにかこころあたりでもあったら)

もしその古着屋の息子のゆくえに就いて、なにか心当りでもあったら

(しらしてくれとたのんだ。はんしちはこころよくうけあった。)

知らしてくれと頼んだ。半七はこころよく受け合った。

(「なにしろ、おっかさんがかわいそうですからね」と、おとくは)

「なにしろ、おっかさんが可哀そうですからね」と、お登久は

(どうじょうするようにいった。「いもうとはまだこどもですし、かせぎにんに)

同情するように云った。「妹はまだ子供ですし、稼ぎ人に

(いなくなられちゃあ、どうにもしようがないんです」)

いなくなられちゃあ、どうにもしようがないんです」

(「そりゃあきのどくだね。いったいそのむすこはなんというおとこで、)

「そりゃあ気の毒だね。一体その息子はなんという男で、

(としはいくつぐらいだね」)

年は幾つぐらいだね」

(はんしちにきかれて、おとくはくわしくそのむすこのみのうえをはなした。)

半七に訊かれて、お登久は詳しくその息子の身の上を話した。

(かれはせんじろうといってここのつのはるからいちがやかっぱざかしたのしちやにほうこうしていたが、)

彼は千次郎といって九つの春から市ヶ谷合羽坂下の質屋に奉公していたが、

(ぶじにねんきをつとめあげて、それからさんねんのれいぼうこうをすませて、)

無事に年季を勤めあげて、それから三年の礼奉公をすませて、

(きょねんのはるからしんじゅくにちいさいふるぎやのみせをだして、おふくろといもうとと)

去年の春から新宿に小さい古着屋の店を出して、おふくろと妹と

(さんにんぐらしでしょうじきにかせいでいる。としはにじゅうしだが、いろじろのこづくりのおとこで、)

三人暮らしで正直に稼いでいる。年は二十四だが、色白の小作りの男で、

(ほんとうのこよみよりはふたつみっつぐらいもわかくみえるとのことであった。)

ほんとうの暦よりは二つ三つぐらいも若く見えるとのことであった。

(そのはなしをききながらはんしちはししょうのかおいろをじっとうかがっていたが、)

その話を聴きながら半七は師匠の顔色をじっと窺っていたが、

(あいてにいうだけのことをいわせてしまって、しずかにこういいだした。)

相手に云うだけのことを云わせてしまって、しずかにこう云い出した。

(「そこで、ししょう。いうまでもねえこったが、そのせんじろうというむすこは)

「そこで、師匠。云うまでもねえこったが、その千次郎という息子は

(はやくさがしださなけりゃあこまるんだろうね」)

早く探し出さなけりゃあ困るんだろうね」

(「ええ、いちにちでもはやいほうがいいんです。くどくももうすとおり、)

「ええ、一日でも早い方がいいんです。くどくも申す通り、

など

(おっかさんがひどくしんぱいしているんですから」と、おとくは)

おっかさんがひどく心配しているんですから」と、お登久は

(すがるようにたのんだ。うすげしょうをしたかのじょのかおに、)

すがるように頼んだ。うす化粧をした彼女の顔に、

(ふあんのくらいかげがありありとうかんでいた。)

不安の暗い影がありありと浮かんでいた。

(「じゃあ、もうすこしふかいりしてききてえことがあるんだが、)

「じゃあ、もう少し深入りして訊きてえことがあるんだが、

(ししょうはどうせここへはいるつもりなんだろうから、)

師匠はどうせここへはいるつもりなんだろうから、

(おれたちもつきあってもういちどひっかえそうじゃあねえか」)

おれ達も附き合ってもう一度引っ返そうじゃあねえか」

(「でも、それじゃあんまりおきのどくですから」)

「でも、それじゃあんまりお気の毒ですから」

(「なに、かまわねえ。さあ、おれがあんないしゃになるぜ」)

「なに、構わねえ。さあ、おれが案内者になるぜ」

(はんしちはさきにたって、みょうがやへふたたびはいった。いいかげんにさけやさかなをあつらえて、)

半七は先に立って、茗荷屋へ再びはいった。好い加減に酒や肴をあつらえて、

(おとくといもうとにめしをくわせてやったが、やがてじぶんをみてかれは)

お登久と妹に飯を食わせてやったが、やがて時分を見て彼は

(おとくをべつのこざしきへつれていった。)

お登久を別の小座敷へ連れて行った。

(「ほかじゃあねえが、いまのふるぎやのむすこのいっけんだが・・・・・・。)

「ほかじゃあねえが、今の古着屋の息子の一件だが……。

(おめえもおれにたのむいじょうは、なにもかもうちあけてくれねえじゃあ、)

おめえも俺にたのむ以上は、なにもかも打明けてくれねえじゃあ、

(どうもみずっぽくてしごとがしにくいんだが・・・・・・」)

どうも水っぽくて仕事がしにくいんだが……」

(にやにやわらいながらそのかおをのぞきこまれて、おとくはすこしよっているかおを)

にやにや笑いながらその顔をのぞき込まれて、お登久は少し酔っている顔を

(いよいよあかくした。かのじょはこぎくのかみでくちびるのあたりを)

いよいよ紅くした。彼女は小菊の紙でくちびるのあたりを

(おおいながらうつむいていた。)

掩(おお)いながら俯向いていた。

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