半七捕物帳 帯取りの池7
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問題文
(「おい、ししょう。やぼにかたくなっているじゃあねえか。さっきからのくちぶりで)
「おい、師匠。野暮に堅くなっているじゃあねえか。さっきからの口ぶりで
(たいていわかっているが、おめえはゆくゆくそのふるぎやのみせへすわりこんで、)
大抵判っているが、おめえは行く行くその古着屋の店へ坐り込んで、
(いっしょにものさしをいじくるつもりでいるんだろう。ねえ、としがわかくって、)
一緒に物尺(ものさし)をいじくる積りでいるんだろう。ねえ、年が若くって、
(おとこがわるくなくって、しょうじきでよくかせぐおとこを、ていしゅにもって)
男がわるくなくって、正直でよく稼ぐ男を、亭主にもって
(ふそくはねえはずだ。まあ、そうじゃあねえか。おめえはげいにん、)
不足はねえ筈だ。まあ、そうじゃあねえか。おめえは芸人、
(あいてはちょうにん、なにもおいえのごはっとをやぶったわけでもねえから、)
相手は町人、なにも御家の御法度(ごはっと)を破った訳でもねえから、
(そんなにこわがってかくすこともあるめえ。いよいよというときにゃあ、)
そんなに怖がって隠すこともあるめえ。いよいよという時にゃあ、
(おれだってなじみがいにさかなっこのいっぴきでももっておいわいに)
俺だって馴染み甲斐に魚っ子の一尾(いっぴき)でも持ってお祝いに
(いこうとおもっているんだ。のろけがまじってもかまわねえ。)
行こうと思っているんだ。惚気(のろけ)がまじっても構わねえ。
(ばんじしょうじきにいってもらおうじゃねえか。おらあだまってききてになるから」)
万事正直に云って貰おうじゃねえか。おらあ黙って聞き手になるから」
(「どうもあいすみません」)
「どうも相済みません」
(「すむもすまねえもあるもんか。そりゃあそっちどうしのしばいだ」と、)
「済むも済まねえもあるもんか。そりゃあそっち同士の芝居だ」と、
(はんしちはあいかわらずわらっていた。)
半七は相変わらず笑っていた。
(「そこで、そのせんじろうというおとこは、むろんにししょうひとりをたいせつに)
「そこで、その千次郎という男は、無論に師匠ひとりを大切に
(まもっているんだろうね。むやみにくいちらしをするようなうわきものじゃあるめえね」)
守っているんだろうね。無暗に食い散らしをするような浮気者じゃあるめえね」
(「それがどうもわかりませんの」と、おとくはねたましそうにいった。)
「それがどうも判りませんの」と、お登久は妬ましそうに云った。
(「たしかなてしょうはみとどけませんけれど、かっぱざかのしちやにいたじぶんから)
「確かな手証は見とどけませんけれど、合羽坂の質屋にいた時分から
(なにかひっかかりがあるようにおもわれるので、あたしはなんだかいいこころもちが)
何か引っ懸りがあるように思われるので、あたしは何だか好い心持が
(しないもんですから、ときどきそれをむずかしくいいだしますと、)
しないもんですから、時々それをむずかしく云い出しますと、
(いいえけっしてそんなことはないと、どこまでもしらをきっているんです」)
いいえ決してそんなことはないと、どこまでもしらを切っているんです」
(せんじろうはよどまりなどをするようすはない。しょうばいようのほかに)
千次郎は夜泊まりなどをする様子はない。商売用のほかに
(ほうぼうあそびあるくようすもない。かっぱざかにいるときからきしぼじんさまがしんこうで、)
方々遊びあるく様子もない。合羽坂にいるときから鬼子母神様が信仰で、
(つきにに、さんどはかならずさんけいにくる。そのいがいにはなんのあやしいかども)
月に二、三度はかならず参詣に来る。その以外には何の怪しい廉(かど)も
(ないが、たったいちど、おんなのてがみらしいものをもっていたことがある。)
ないが、たった一度、女の手紙らしいものを持っていたことがある。
(もちろん、みつけられるとどうじに、せんじろうはすぐやぶってしまったので、)
勿論、見付けられると同時に、千次郎はすぐ破ってしまったので、
(じぶんはそのもんくをよんだことはないが、そのいらいちゅういしてうかがっていると、)
自分はその文句を読んだことはないが、その以来注意して窺っていると、
(かれはなんだかおちつかないところがある。じぶんにたいしてなにかかくしだてを)
彼はなんだか落ち着かないところがある。自分に対して何か隠し立てを
(していることがあるらしい。それがおもしろくないので、)
していることがあるらしい。それが面白くないので、
(はんつきほどまえにもじぶんはかれとけんかをした。そうして、ぜひともすぐに)
半月ほど前にも自分は彼と喧嘩をした。そうして、是非ともすぐに
(にょうぼうにしてくれとせまったこともある。それからまもなく、)
女房にしてくれと迫ったこともある。それから間もなく、
(かれはすがたをかくしたのであった。)
彼は姿を隠したのであった。
(「そうか。そいつあいけねえな」と、はんしちもまじめにうなずいた。)
「そうか。そいつあいけねえな」と、半七もまじめにうなずいた。
(「だが、ししょう。おふくろにくろうさせるのがかわいそうだからなんて、)
「だが、師匠。おふくろに苦労させるのが可哀そうだからなんて、
(うまくおれをかつごうとしたね。おめえもずいぶんつみがふけえぜ。)
うまく俺を担ごうとしたね。おめえもずいぶん罪が深えぜ。
(おぼえているがいい。はははははは」)
おぼえているが好い。はははははは」
(おとくはまっかになって、うぶらしくちいさくなっていた。)
お登久は真っ紅になって、初心(うぶ)らしく小さくなっていた。