半七捕物帳 帯取りの池13

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第八話

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問題文

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(「しょうじきにもうしあげます」 「むむ。はやくもうしたてろ」)

「正直に申し上げます」 「むむ。早く申し立てろ」

(そばにはおとくがしゅうねんぶかそうなめをしてにらみつけているので、)

そばにはお登久が執念深そうな眼をして睨みつけているので、

(せんじろうもすこしためらっているらしかったが、はんしちにさいそくされて)

千次郎も少しためらっているらしかったが、半七に催促されて

(かれはとうとうおもいきってはくじょうした。かれはいちがやのしちやに)

彼はとうとう思い切って白状した。かれは市ヶ谷の質屋に

(ほうこうしているときから、きんじょのおみよとふといいかわすようになったが、)

奉公している時から、近所のおみよと不図(ふと)云い交わすようになったが、

(おんなはぶけのもちものになっているので、まんいちそれがろけんしたら)

女は武家の持ち物になっているので、万一それが露顕したら

(どんなたたりをうけるかもしれないというけねんから、ふたりはようじんして、)

どんな祟りを受けるかも知れないという懸念から、二人は用心して、

(つきにに、さんどくらいずつぞうしがやのちゃやでこっそりであっていた。)

月に二、三度位ずつ雑司ヶ谷の茶屋でこっそり出逢っていた。

(せんじろうがしんじゅくにふるぎやのみせをもつようになっても、ふたりのかんけいは)

千次郎が新宿に古着屋の店を持つようになっても、二人の関係は

(やはりつながっていた。そのうちにじぶんのいもうとがながうたのけいこに)

やはり繋がっていた。そのうちに自分の妹が長唄の稽古に

(かようのがえんとなって、せんじろうはししょうのおとくともたにんでないかんけいに)

通うのが縁となって、千次郎は師匠のお登久とも他人でない関係に

(なってしまった。そうして、おとくのめをしのんで、)

なってしまった。そうして、お登久の眼を忍んで、

(むかしのこいびとにもあっていた。)

むかしの恋人にも逢っていた。

(これだけでもやがてはめんどうのたねとなりそうなところへ、)

これだけでもやがては面倒の種となりそうなところへ、

(さらにおそろしいめんどうがわきだしそうになってきた。)

さらにおそろしい面倒が湧き出しそうになって来た。

(それはせんじろうとおみよがぞうしがやのちゃやであっているところを、)

それは千次郎とおみよが雑司ヶ谷の茶屋で逢っているところを、

(おおくぼのやしきのものにみつけられたのであった。このまえのめかけは)

大久保の屋敷の者に見つけられたのであった。この前の妾は

(なにかふらちをはたらいてしゅじんのてうちにあったとかいううわさを)

なにか不埒をはたらいて主人の手討ちに逢ったとかいう噂を

(きいているおみよは、ねがおとなしいおんなだけに、もういきているそらも)

聞いているおみよは、根がおとなしい女だけに、もう生きている空も

(ないようにふるえあがってしまった。かのじょはははといっしょにねりまへ)

ないようにふるえ上がってしまった。彼女は母と一緒に練馬へ

など

(ゆくとちゅうからにげてかえって、やくそくのちゃやでせんじろうにあって、)

ゆく途中から逃げて帰って、約束の茶屋で千次郎に逢って、

(じぶんのひみつがやしきにしれたいじょうは、もういきてはいられないとなげいた。)

自分の秘密が屋敷に知れた以上は、もう生きてはいられないと嘆いた。

(そのはなしをきいてきのちいさいせんじろうはおびえた。おみよばかりでなく、)

その話を聞いて気の小さい千次郎はおびえた。おみよばかりでなく、

(ふぎのあいてのじぶんとてもあるいはやしきへひったてられて、)

不義の相手の自分とても或いは屋敷へ引っ立てられて、

(どんなわざわいにあうかもしれないとおそれた。しかしかれは)

どんなわざわいに逢うかも知れないと恐れた。しかし彼は

(おんなといっしょにしぬきにもなれなかった。おみよからしんじゅうのはなしを)

女と一緒に死ぬ気にもなれなかった。おみよから心中の話を

(ほのめかされたのを、かれはいろいろになだめすかして、)

ほのめかされたのを、彼はいろいろに宥(なだ)めすかして、

(そのひのゆうがたにともかくもいちがやのうちへかえらされたが、)

その日の夕方にともかくも市ヶ谷の家へ帰らされたが、

(なんだかふあんごころでもあるので、かれはとちゅうからまたひっかえして)

なんだか不安心でもあるので、彼は途中から又引っ返して

(おみよのうちへたずねていくと、もうおそかった。おみよはだいどころの)

おみよの家へたずねて行くと、もう遅かった。おみよは台所の

(はりにあさのはのおびをかけてくびれていた。ながひばちのそばには)

梁(はり)に麻の葉の帯をかけて縊(くび)れていた。長火鉢のそばには

(ははとじぶんとにあてたにつうのかきおきがあった。いそいだとみえて、)

母と自分とに宛てた二通の書置があった。急いだとみえて、

(どっちもふうをしていなかったので、かれはにつうながらひらいてみた。)

どっちも封をしていなかったので、彼は二通ながら披(ひら)いて見た。

(あまりのおどろきとかなしみとに、せんじろうはしばらくぼんやりしていたが、)

あまりの驚きと悲しみとに、千次郎は少時(しばらく)ぼんやりしていたが、

(やがてきがついておみよのしがいをだきおろした。そのしがいを)

やがて気がついておみよの死骸を抱きおろした。その死骸を

(おくへはこんで、くびにからんでいるおびをといて、きたまくらにぎょうぎよくよこたえて、)

奥へ運んで、頸(くび)にからんでいる帯をといて、北枕に行儀よく横たえて、

(かれはないておがんだ。ははにあてたかきおきはひばちのひきだしにいれ、)

かれは泣いて拝んだ。母にあてた書置は火鉢のひきだしに入れ、

(じぶんにあてたかきおきはじぶんのふところにおしこんで、かれもおんなのそばで)

自分にあてた書置は自分のふところに押し込んで、彼も女のそばで

(すぐくびれてしのうとかくごしたが、ここでいっしょにしんでは)

すぐ縊れて死のうと覚悟したが、ここで一緒に死んでは

(かのおとくにすまないようなきがしたので、かれははんぶんむちゅうで)

かのお登久に済まないような気がしたので、彼は半分夢中で

(おみよのおびをかかえながらおもてへそっとぬけだした。それから)

おみよの帯をかかえながら表へそっとぬけ出した。それから

(どこをどうあるいたか、かれはしにばしょをさがしながらおびとりのいけへ)

どこをどう歩いたか、かれは死に場所を探しながら帯取りの池へ

(まよっていった。おんなのおびでくびをくくろうか、それともいけへみをなげようかと)

迷って行った。女の帯で首をくくろうか、それとも池へ身を投げようかと

(しあんしているところへ、あいにくといくたびかひとがとおるので、)

思案しているところへ、あいにくと幾たびか人が通るので、

(かれはよういにしぬきかいをみいだすことができなかった。くもったよるで、)

彼は容易に死ぬ機会を見出すことが出来なかった。陰(くも)った夜で、

(そらにはよわいほしがふたつみっつかがやいているばかりであった。)

空には弱い星が二つ三つ輝いているばかりであった。

(そのほしのひかりをあおいでうっとりとつったっているうちに、)

その星の光を仰いでうっとりと突っ立っているうちに、

(うすらさむいはるのよかぜがはだにしみて、かれはきゅうにしぬのがおそろしくなった。)

薄ら寒い春の夜風が肌にしみて、彼は急に死ぬのが恐ろしくなった。

(かれはかかえていたおんなのおびをいけへなげこんで、くらいよみちをいっさんににげだした。)

彼はかかえていた女の帯を池へ投げ込んで、暗い夜路を一散に逃げ出した。

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