半七捕物帳 春の雪解3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第九話
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kkk4015 4606 C++ 4.7 96.7% 672.6 3206 108 60 2024/11/06

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問題文

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(いっちょうばかりをひっかえして、はんしちはちいさなそばやののれんをくぐると、)

一町ばかりを引っ返して、半七は小さな蕎麦屋の暖簾(のれん)をくぐると、

(とくじゅはずきんのゆきをはたきながら、ふるびたかくひばちへさむそうにかじりついた。)

徳寿は頭巾の雪をはたきながら、古びた角火鉢へ寒そうに咬(かじ)り付いた。

(はんしちはたねものとさけをいっぽんあつらえた。)

半七は種物(たねもの)と酒を一本あつらえた。

(「これはあられでございますね。えどまえのたねものはこれにかぎります。)

「これはあられでございますね。江戸前の種物はこれに限ります。

(のりのにおいもわるくございませんね」と、とくじゅはかおじゅうをくちにして、)

海苔の匂いも悪くございませんね」と、徳寿は顔じゅうを口にして、

(そばのあたたかいにおいをうれしそうにかいでいた。)

蕎麦のあたたかい匂いを嬉しそうに嗅いでいた。

(そばやのにょうぼうはかどのあんどんにあかりをいれると、そのうすぐらいほかげに)

蕎麦屋の女房は門(かど)の行燈に灯を入れると、その薄暗い灯かげに

(てらされて、はなびらのようなおおきいゆきがおもそうにぼたぼたおちているのが)

照らされて、花びらのような大きい雪が重そうにぼたぼた落ちているのが

(のれんごしにみえた。いっぽんのさけをやがてはんぶんほどのんだころに、はんしちははなしだした。)

暖簾越しに見えた。一本の酒をやがて半分ほど飲んだ頃に、半七は話し出した。

(「とくじゅさん。おまえがいまあすこでたちばなしをしていたのはどこのりょうだえ」)

「徳寿さん。おまえが今あすこで立ち話をしていたのは何処の寮だえ」

(「だんなはあのあたりにおいでなさいましたか。ちっともぞんじませんで。)

「旦那はあの辺においでなさいましたか。ちっとも存じませんで。

(はははは。いえ、あすこはくるわのたついせといううちのりょうでございますよ」)

はははは。いえ、あすこは廓の辰伊勢という家の寮でございますよ」

(「せんぽうじゃあしきりによびこもうとするのを、おまえはむやみに)

「先方じゃあ頻りに呼び込もうとするのを、おまえは無暗に

(にげていたじゃあねえか。くるわのりょうならばいいおとくいさまだ」)

逃げていたじゃあねえか。廓の寮ならば好いお得意様だ」

(「ところが、だんな。どうもあすこはぐあいがわるいんでしてね。)

「ところが、旦那。どうもあすこは工合(ぐあい)が悪いんでしてね。

(いえ、べつにしろをくれないのなんのというわけじゃないんですが、)

いえ、別に代をくれないの何のという訳じゃないんですが、

(なんですかこう、きみのわるいようなうちでしてね」)

なんですかこう、気味の悪いような家でしてね」

(はんしちはのみかけたちょこをおいた。)

半七は飲みかけた猪口(ちょこ)をおいた。

(「きみのわるいいえ・・・・・・。そりゃあどういうんだね。)

「気味の悪い家……。そりゃあどういうんだね。

(まさかにばけものがでるわけでもあるめえ」)

まさかに化けものが出る訳でもあるめえ」

など

(「へえ、べつにそんなうわさもないんですが、わたくしはどうもきみが)

「へえ、別にそんな噂もないんですが、わたくしはどうも気味が

(わるうございまして・・・・・・。あすこでよばれるとなんだかぞっとして、)

悪うございまして……。あすこで呼ばれると何だかぞっとして、

(にげるようにことわってくるんですよ」と、とくじゅははなのあたまのあせを)

逃げるように断わって来るんですよ」と、徳寿は鼻の頭の汗を

(てのこうでふきながらいった。)

手の甲で拭きながら云った。

(「へんなはなしだね」と、はんしちはわらった。「どういうわけできみがわるいんだろう。)

「変な話だね」と、半七は笑った。「どういうわけで気味が悪いんだろう。

(わからねえな」)

判らねえな」

(「わたくしにもわかりません。ただなんとなしにえりもとからみずを)

「わたくしにも判りません。ただ何となしに襟もとから水を

(あびせられたように、からだじゅうがぞっとするんです。)

浴びせられたように、からだ中がぞっとするんです。

(めがみえませんからなんにもわかりませんけれど、なにかこう、)

眼が見えませんからなんにも判りませんけれど、なにかこう、

(おかしなものがそばにでもすわっているようなぐあいで・・・・・・。)

おかしなものが傍にでも坐っているような工合で……。

(まったくへんでございますよ」)

まったく変でございますよ」

(「いったいあのりょうにはだれがきているんだね」)

「一体あの寮には誰が来ているんだね」

(「たがそでさんというおいらんでございます。にじゅういちにのつとめざかりで、)

「誰袖(たがそで)さんという花魁でございます。二十一二の勤め盛りで、

(すごいようないいおんなだそうでございますが、きょねんのしもつきごろから)

凄いような美(い)い女だそうでございますが、去年の霜月頃から

(ようじをつけて、あのりょうへでようじょうにきているんでございますよ」)

用事をつけて、あの寮へ出養生に来ているんでございますよ」

(「くれからはるへかけてみせをひいているようじゃあ、よっぽどわるいんだろうね」)

「暮から春へかけて店を引いているようじゃあ、よっぽど悪いんだろうね」

(それほどでもないらしいととくじゅはいった。もちろん、もうじんのかれには)

それ程でもないらしいと徳寿は云った。勿論、盲人の彼には

(くわしいようすもわからないが、いわゆるぶらぶらやまいでねたりおきたり)

詳しい様子もわからないが、いわゆるぶらぶら病いで寝たり起きたり

(しているらしいとのことであった。それにしても、そのたついせのりょうが)

しているらしいとの事であった。それにしても、その辰伊勢の寮が

(なぜそれほどにきみがわるいというのか、そのしさいがはんしちにはわからなかった。)

なぜそれほどに気味が悪いというのか、その仔細が半七には判らなかった。

(とくじゅがもうたくさんだとじたいするのを、むりにそばのかわりをとらせて、)

徳寿がもうたくさんだと辞退するのを、無理に蕎麦の代りを取らせて、

(かれはさけをのみながらおもむろにそのしさいをききだそうとした。)

かれは酒を飲みながらおもむろにその仔細を訊き出そうとした。

(「それがなんといって、おはなしのしようもないんですよ」と、とくじゅは)

「それが何と云って、お話のしようもないんですよ」と、徳寿は

(かおをしかめてささやいた。)

顔をしかめてささやいた。

(「まあ、だんな。きいてください。わたくしがおくへとおされて、)

「まあ、旦那。聞いてください。わたくしが奥へ通されて、

(おいらんのかたをもんでいますと・・・・・・たいていいつもよるかゆうがたですが・・・・・・)

花魁の肩を揉んでいますと……大抵いつも夜か夕方ですが……

(おいらんのそばになにかきてすわっているようなぐあいで・・・・・・。)

花魁のそばに何か来て坐っているような工合で……。

(いいえ、それがしんぞしゅうやじょちゅうたちじゃありません。)

いいえ、それが新造(しんぞ)衆や女中達じゃありません。

(そんなひとたちならばなんとかくちをきくでしょうが、はじめからしまいまで)

そんな人達ならば何とか口を利くでしょうが、初めから終(しま)いまで

(いちどもくちをきいたこともないので、ざしきのうちはきみのわるいほどに)

一度も口を利いたこともないので、座敷のうちは気味の悪いほどに

(しんとしているんです。まあ、はやくいえば、ゆうれいでもでてきて、)

しんとしているんです。まあ、早く云えば、幽霊でも出て来て、

(だまっているんじゃないかとおもわれるようで・・・・・・。わたくしはからだがぞっとして、)

黙っているんじゃないかと思われるようで……。わたくしは身体がぞっとして、

(どうにもこうにもがまんができないんでございます。ですから、)

どうにもこうにも我慢が出来ないんでございます。ですから、

(なかばたらきのおときさんにはきのどくですけれども、このごろはむりに)

仲働きのお時さんには気の毒ですけれども、この頃は無理に

(ふりはなしてにげてくるので・・・・・・。いえ、もう、いっけんのおとくいぐらいは)

振り放して逃げてくるので……。いえ、もう、一軒のお得意ぐらいは

(しくじってもしかたがございません」)

しくじっても仕方がございません」

(なんだかりくつがあるような、りくつがないような、いっしゅきかいなものがたりを)

なんだか理窟があるような、理窟がないような、一種奇怪な物語を

(このもうじんからきかされて、はんしちもだまってかんがえていた。)

この盲人から聞かされて、半七も黙ってかんがえていた。

(ひがくれてもゆきはまだふりやまないらしく、しろいはなびらが)

日が暮れても雪はまだ降りやまないらしく、白い花びらが

(のれんをくぐってうすぐらいどまへときどきまいこんできた。)

暖簾をくぐって薄暗い土間へときどき舞い込んで来た。

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