半七捕物帳 春の雪解5

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第九話
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1 kkk4015 5037 B+ 5.1 97.3% 462.1 2394 66 45 2024/11/11

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問題文

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(「こりゃあべつのはなしですがね。やっぱりかなすぎのほうからよしわらへつじうらを)

「こりゃあ別の話ですがね。やっぱり金杉の方から吉原へ辻占(つじうら)を

(まいばんうりにくるむすめがあるんです。じゅうろくしちで、きりょうがいいのに)

毎晩売りに来る娘があるんです。十六七で、容貌(きりょう)がいいのに

(こえがいいというので、くるわでもだいぶひょうばんになって、ひやかしなんぞは)

声がいいというので、廓でもだいぶ評判になって、素見(ひやかし)なんぞは

(おおさわぎをしていたんだが、それがどうしてか、きょねんのくれごろから)

大騒ぎをしていたんだが、それがどうしてか、去年の暮頃から

(ちっともすがたをみせなくなってしまったので、おせっかいのやつらが)

ちっとも姿を見せなくなってしまったので、おせっかいの奴らが

(いろいろせんぎしたがどうもわからない。たぶんおとこでもできて、)

いろいろ詮議したがどうもわからない。たぶん情夫(おとこ)でも出来て、

(かけおちでもしたんだろうということになってしまったんですが、)

駈落ちでもしたんだろうということになってしまったんですが、

(たまちのじゅうべえはそれになにかめぼしをつけたことでもあるのか、)

田町の重兵衛はそれに何か目星をつけた事でもあるのか、

(こぶんにいいつけてそのむすめのゆくえをさがさせているそうです」)

子分に云い付けてその娘のゆくえを捜させているそうです」

(「そうか」と、はんしちはかんがえた。「そんなことがあるのか。おらあちっとも)

「そうか」と、半七は考えた。「そんなことがあるのか。おらあちっとも

(しらなかった。とちのことだけにじゅうべえはめがはええな。そのつじうらうりの)

知らなかった。土地のことだけに重兵衛は眼が早えな。その辻占売りの

(むすめというのはきりょうがいいんだな。としはじゅうろくしち・・・・・・。むむ、)

娘というのは容貌がいいんだな。年は十六七……。むむ、

(まちげえのありそうなとしごろだ。なはなんというんだ」)

間違げえのありそうな年頃だ。名はなんというんだ」

(「おきんというんだそうです。おやぶんもなにかおかんがえがありますか」)

「おきんというんだそうです。親分も何かお考えがありますか」

(「まだたしかなことはいえねえが、すこしむねにうかんだことがある。)

「まだ確かなことは云えねえが、少し胸に浮かんだことがある。

(まあむだあしだとおもって、そのかなすぎへいってみようよ。)

まあ無駄足だと思って、その金杉へ行ってみようよ。

(おまえもごくろうだが、いっしょにきてくれ」)

おまえも御苦労だが、一緒に来てくれ」

(「ようがす」)

「ようがす」

(めしをくってしまって、ふたりはすぐにかなすぎへいった。きょうはのどかなひで、)

飯を食ってしまって、二人はすぐに金杉へ行った。きょうはのどかな日で、

(うえののもりのうえにはうすあかいかすみがながれていた。)

上野の森の上には薄紅い霞が流れていた。

など

(「たがそでのうちはかなすぎだな」と、はんしちはとちゅうでいった。)

「誰袖(たがそで)の家は金杉だな」と、半七は途中で云った。

(「どっちをさきにしようか。まあ、やっぱりそのつじうらうりのほうから)

「どっちを先にしようか。まあ、やっぱりその辻占売りの方から

(とりかかろう。おまえ、そのおきんというむすめのうちをしっているのか」)

取りかかろう。おまえ、そのおきんという娘の家を知っているのか」

(しょうたはしらないといった。どうでこんよくさがすのはかくごのうえであるから、)

庄太は知らないと云った。どうで根よく探すのは覚悟の上であるから、

(ふたりはあたたかいひをせおいながらかなすぎのほうへぶらぶらあるいていった。)

二人はあたたかい日を背負いながら金杉の方へぶらぶら歩いて行った。

(そのうちになにをみつけたのか、はんしちはきゅうにたちどまった。)

そのうちに何を見付けたのか、半七は急に立ち停まった。

(「おい、とくじゅさん、どうしたい」)

「おい、徳寿さん、どうしたい」

(あんまのとくじゅはつえにすがってちょっとかんがえたが、かんのいいかれはこのあいだの)

按摩の徳寿は杖にすがってちょっと考えたが、勘のいい彼はこのあいだの

(そばやのだんなのこえをわすれなかった。かれはしきりにそのときのれいをいっていた。)

蕎麦屋の旦那の声を忘れなかった。彼は頻りにその時の礼を云っていた。

(「よいおてんきになりましてけっこうでございます。だんなさま、きょうはどちらへ・・・・・・」)

「よいお天気になりまして結構でございます。旦那様、今日はどちらへ……」

(「ちょうどいいところでおまえにあった。おまえもこのきんじょだそうだが、)

「丁度いい所でおまえに逢った。お前もこの近所だそうだが、

(ここらにおきんというつじうらうりのうちはねえかしら」)

ここらにおきんという辻占売りの家はねえかしら」

(「へえ。おきんはわたくしのきんじょにおりましたが、さくねんのくれから)

「へえ。おきんはわたくしの近所におりましたが、昨年の暮から

(どこへかいってしまいましたよ」)

何処へか行ってしまいましたよ」

(「ほんにんはいなくっても、おやかきょうだいがあるだろう。)

「本人はいなくっても、親か兄妹(きょうだい)があるだろう。

(ひとりものじゃあるめえ」)

ひとり者じゃあるめえ」

(「それがだんな。こういうわけなんでございますよ」と、とくじゅはしさいらしくはなした。)

「それが旦那。こういう訳なんでございますよ」と、徳寿は仔細らしく話した。

(「おきんはあにきとふたりでくらしていたんですが、そのあにきのとらまつというのは)

「おきんは兄貴と二人で暮していたんですが、その兄貴の寅松というのは

(ばくちうちのどうらくものでしてね。おきんのゆくえがしれなくなると、)

博奕打ちの道楽者でしてね。おきんのゆくえが知れなくなると、

(それからはんつきばかりたって、これもどこへかよにげのように)

それから半月ばかり経って、これも何処へか夜逃げのように

(すがたをかくしてしまいました。なんでもばくちばでけんかをして、)

姿を隠してしまいました。なんでも博奕場で喧嘩をして、

(ひとにきずをつけたとかいうので、それがめんどうになってどこへか)

人に傷をつけたとかいうので、それが面倒になって何処へか

(とんでいってしまったらしいんです。そういうわけですから、)

飛んで行ってしまったらしいんです。そういうわけですから、

(うちももうあきだなになってしまって、に、さんにちちゅうに)

家ももう空店(あきだな)になってしまって、二、三日中に

(ほかのひとがこしてくるとかいううわさでございます」)

ほかの人が越して来るとかいう噂でございます」

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