半七捕物帳 春の雪解8

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第九話
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1 kkk4015 4988 B 5.1 97.2% 501.6 2574 72 46 2024/11/17

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(てらをでると、しょうたはささやいた。)

寺を出ると、庄太はささやいた。

(「なるほど、とらまつというやろうはへんですね」)

「なるほど、寅松という野郎は変ですね」

(「むむ。どうしてもやろうをひきあげなけりゃあいけねえ。)

「むむ。どうしても野郎を引き挙げなけりゃあいけねえ。

(ばくちをうつというからともだちもあるだろう。おめえ、なんとかくふうして)

博奕を打つというから友達もあるだろう。おめえ、なんとか工夫して

(そいつのいどこをつきとめてくれ」)

そいつの居どこを突き留めてくれ」

(「ええ、なんとかなりましょう」 「たのんだぜ」)

「ええ、なんとかなりましょう」 「頼んだぜ」

(ふたりはやくそくしてわかれた。そのあくるひ、はんしちのにょうぼうがうまみちの)

二人は約束して別れた。そのあくる日、半七の女房が馬道の

(しょうたのうちへみまいにゆくと、こどものはしかがおもいのほかにおもくなって、)

庄太の家へ見舞にゆくと、子供の麻疹が思いのほかに重くなって、

(しょうたふうふもてばなすことができないらしかった。そのはなしをきいて、)

庄太夫婦も手放すことが出来ないらしかった。その話を聴いて、

(とらまつのいっけんもとうぶんはらちがあくまいとはんしちはおもっていると、)

寅松の一件も当分は埒があくまいと半七は思っていると、

(はたしてしょうたはそのあとちっともすがたをみせなかった。にがつにはいってから)

果たして庄太はその後ちっとも姿をみせなかった。二月にはいってから

(あたたかいひよりがつづいたので、もうはるがきたものとだまされていると、)

暖かい日和がつづいたので、もう春が来たものと欺されていると、

(それからし、ごにちたってゆうがたからきゅうにさむくなってきた。)

それから四、五日たって夕方から急に寒くなって来た。

(よなかからふりだしたとみえて、あさおきてみるとまっしろになっていた。)

夜中から降り出したと見えて、朝起きてみると真っ白になっていた。

(「はるのゆきだ。たいしたことはあるめえ」)

「春の雪だ。大したことはあるめえ」

(こういっているうちにゆきはやんで、よっつ(ごぜんしちじ)ごろには、)

こう云っているうちに雪はやんで、四ツ(午前七時)頃には、

(やねからとけておちるおとがいそがしそうにきこえた。このに、さんにちは)

屋根から融けて落ちる音が忙しそうにきこえた。この二、三日は

(さしかかったようもないので、はんしちはひるめしをすませるとすぐにうちをでた。)

さしかかった用もないので、半七は午飯をすませるとすぐに家を出た。

(しょうたのたよりをいつまでもぼんやりまっていられないとおもったので、)

庄太のたよりを何時までもぼんやり待っていられないと思ったので、

(かれはゆきどけみちをたどってかなすぎへでかけた。とくじゅのうちをたずねて、)

彼は雪解け路をたどって金杉へ出かけた。徳寿の家をたずねて、

など

(かれをそっとよびだすと、とくじゅはすぐにでてきた。)

彼をそっと呼び出すと、徳寿はすぐに出て来た。

(「みちのわるいのにきのどくだが、このあいだのところまできてくれねえか。)

「路のわるいのに気の毒だが、このあいだのところまで来てくれねえか。

(おれがてをひいてやるから」 「なに、だいじょうぶでございます」)

おれが手を引いてやるから」 「なに、大丈夫でございます」

(やしきとてらのあいだをぬけて、ふたりはゆきののこっているたんぼみちにたった。)

屋敷と寺の間をぬけて、二人は雪の残っている田圃路に立った。

(「さっそくだが、そのあとにたついせのりょうへいったかえ」と、はんしちはきいた。)

「早速だが、その後に辰伊勢の寮へ行ったかえ」と、半七は訊いた。

(「どうしまして」と、とくじゅはかぶりをふった。「それにおときさんのほうでも)

「どうしまして」と、徳寿は頭(かぶり)を振った。「それにお時さんの方でも

(こんまけがしたとみえて、もうむりによびこもうともしませんから、)

根負けがしたと見えて、もう無理に呼び込もうともしませんから、

(わたくしのほうでもしあわせでございます。それにたついせのみせのほうで)

わたくしの方でも仕合わせでございます。それに辰伊勢の店の方で

(ききますと、おときさんももうひまをだされるんだとかいうことです。)

聞きますと、お時さんももう暇を出されるんだとかいうことです。

(ところが、おときさんのほうじゃあよういにうごかないというので、)

ところが、お時さんの方じゃあ容易に動かないというので、

(なんだかうちわではごたごたしているようでございますよ」)

なんだか内輪ではごたごたしているようでございますよ」

(「おときというおんなのうちはどこだえ」)

「お時という女の家はどこだえ」

(「ほんじょだとかいうことですが、わたくしもよくぞんじません」)

「本所だとかいうことですが、わたくしもよく存じません」

(「そうか。みちのわるいのにわざわざよびだしてすまなかった。)

「そうか。路の悪いのにわざわざ呼び出して済まなかった。

(これもごようだ。かんにんしてくんねえ」)

これも御用だ。堪忍してくんねえ」

(とくじゅをかえしてやって、はんしちはしばらくかんがえた。いろいろのざいりょうが)

徳寿を帰してやって、半七はしばらく考えた。いろいろの材料が

(それからそれへとあつまってきながら、かれはそれをとりまとめて)

それからそれへとあつまって来ながら、彼はそれを取りまとめて

(ひとつのだんあんをくだすことができなかった。いったいじぶんはなにをしらべているのか、)

一つの断案を下すことが出来なかった。一体自分は何を調べているのか、

(それもたしかなけんとうはついていなかった。とりとめのないあんまのはなしをてがかりにして)

それも確かな見当は付いていなかった。取り留めのない按摩の話を手掛りにして

(たついせのりょうをさぐろうとしているうちに、つじうらうりのむすめのかけおちじけんに)

辰伊勢の寮を探ろうとしているうちに、辻占売りの娘の駈落ち事件に

(つきあたった。このふたつがむすびついているものが、あるいはまったくむかんけいの)

突きあたった。この二つが結び付いているものが、或いはまったく無関係の

(できごとか、それもまだそうぞうがつかなかった。せっかくしらべあげたところで、)

出来事か、それもまだ想像が付かなかった。折角調べあげたところで、

(それがはたしてどれほどのこうかをうみだすか、それもいっさいわからなかった。)

それが果たしてどれほどの効果を生み出すか、それも一切判らなかった。

(しかしいっしゅのこうきしんばかりでなく、はんしちはどうもこのじけんをそのままに)

併し一種の好奇心ばかりでなく、半七はどうも此の事件をそのままに

(ほうりだしてしまいたくなかった。なんだかこのじけんには)

投(ほう)り出してしまいたくなかった。なんだか此の事件には

(ふかいおくゆきがありそうにおもわれてならなかった。)

深い奥行きがありそうに思われてならなかった。

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