半七捕物帳 春の雪解11
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問題文
(とらまつのやいばはくうをに、さんどついて、かれのからだがみぎへひだりへただようとみるうちに、)
寅松の刃は空を二、三度突いて、彼のからだが右へ左へただようとみるうちに、
(みぎのてにつかんでいるはものはもうたたきおとされてしまった。)
右の手につかんでいる刃物はもう叩き落とされてしまった。
(ひだりのてくびにはなわがかかっていた。あいてがなみなみのものでないとさとって、)
左の手首には縄がかかっていた。相手がなみなみの者でないと覚って、
(かれはきゅうによわいおとをふきだした。)
かれは急に弱い音を吹き出した。
(「おやぶん。どうもおみそれもうしました。おてすうをかけてまことに)
「親分。どうもお見それ申しました。お手数をかけてまことに
(もうしわけがございません。まあ、かんべんしてくださいまし」)
申し訳がございません。まあ、勘弁してくださいまし」
(「いまだからいってきかせる。おれはかんだのはんしちだ」と、はんしちはなのった。)
「今だから行って聞かせる。おれは神田の半七だ」と、半七は名乗った。
(「おうらいなかじゃあどうにもならねえ。おい、おとき。てめえもかかりあいだ。)
「往来なかじゃあどうにもならねえ。おい、お時。てめえもかかり合いだ。
(しゅじんのうちへあんないしろ」)
主人の家へ案内しろ」
(どろまぶれになってはいおきたおときと、なわつきのとらまつとをひったてて、)
泥まぶれになって這い起きたお時と、縄付きの寅松とを引っ立てて、
(はんしちはたついせのりょうへはいると、おくからこおんながなきごえをあげてかけだしてきた。)
半七は辰伊勢の寮へはいると、奥から小女が泣き声をあげて駈け出して来た。
(「わかだんなとおいらんが・・・・・・」)
「若旦那と花魁が……」
(たついせのむすことたがそでとは、おくのはちじょうのざしきにさかさびょうぶを)
辰伊勢の息子と誰袖(たがそで)とは、奥の八畳の座敷に逆さ屏風を
(たてまわして、ふたりともにかみそりでのどをついていたのであった。)
立てまわして、二人ともに剃刀(かみそり)で喉を突いていたのであった。
(「そのときにはわたくしもめんくらいましたよ」と、はんしちろうじんはいった。)
…… 「その時にはわたくしも面喰らいましたよ」と、半七老人は云った。
(「なるほど、おときのくちからしんじゅうというようなことをきいていましたが、)
「なるほど、お時の口から心中というようなことを聞いていましたが、
(さすがにいますぐとはおもいませんでしたからね。なにしろ、いっぽうには)
さすがに今すぐとは思いませんでしたからね。なにしろ、一方には
(なわつきがでる。いっぽうにはふたりのしがいのけんしをうける。たついせのりょうはおおさわぎで。)
縄付きが出る。一方には二人の死骸の検視を受ける。辰伊勢の寮は大騒ぎで。
(それからそれへとうわさがたったとみえて、よるのふけるまでもんのまえは)
それからそれへと噂が立ったと見えて、夜の更けるまで門の前は
(いっぱいのひとでしたよ」)
いっぱいの人でしたよ」
(「たついせのむすことたがそではどうしてしんじゅうしたんです。それがまたなにか)
「辰伊勢の息子と誰袖はどうして心中したんです。それが又なにか
(おときととらまつとにかんけいがあるんですか」)
お時と寅松とに関係があるんですか」
(わたしにはまだそのわけがちっともわからなかった。はんしちろうじんはさらにくわしく)
私にはまだその訳がちっとも判らなかった。半七老人は更に詳しく
(せつめいしてくれた。)
説明してくれた。
(「そのたがそでというおんなはひとごろしをしているんです。つじうらうりの)
「その誰袖という女は人殺しをしているんです。辻占売りの
(おきんというむすめをころしたのはたがそでのしわざなんです。なぜそんなことを)
おきんという娘を殺したのは誰袖の仕業なんです。なぜそんなことを
(したかというと、まえにもおはなしもうしたとおり、たがそではしゅじんのせがれのえいたろうと)
したかと云うと、前にもお話し申した通り、誰袖は主人の伜の永太郎と
(ふかいなかになって、しょうもんをふみたおすのなんのというこんたんでなく、)
深い仲になって、証文を踏み倒すの何のという魂胆でなく、
(おとこにほんとうにほれぬいていたんです。すると、どうしたはずみか、)
男にほんとうに惚れ抜いていたんです。すると、どうしたはずみか、
(そのえいたろうがつじうらうりのひょうばんむすめとかんけいができてしまったので、)
その永太郎が辻占売りの評判娘と関係が出来てしまったので、
(たがそではそれをきいてひどくくやしがって・・・・・・。ああいうしょうばいのおんなのやきもちは)
誰袖はそれを聞いてひどく口惜しがって……。ああいう商売の女のやきもちは
(ひといちばいで、そりゃあじつにおそろしいもんですからね。ふだんから)
人一倍で、そりゃあ実におそろしいもんですからね。ふだんから
(なかよしのなかばたらきにいいつけて、おきんがくるわからよるおそくかえってくるところを、)
仲良しの仲働きに云い付けて、おきんが廓から夜遅く帰ってくるところを、
(むりにりょうのなかへよびこんで、さんざんうらみをいったうえで、)
無理に寮のなかへ呼び込んで、さんざん怨みを云った上で、
(まあひどいことをするじゃありませんか。ぶったりつねったりした)
まあひどいことをするじゃありませんか。打(ぶ)ったり抓(つね)ったりした
(あげくに、じぶんのほそひもでおきんをとうとうしめころしてしまったんです。)
挙句に、自分の細紐でおきんをとうとう絞め殺してしまったんです。
(まさかにそんなことにはなるまいとおもっていたので、なかばたらきのおときも)
まさかにそんなことにはなるまいと思っていたので、仲働きのお時も
(いちじはびっくりしたんですが、こいつがなかなかしっかりもので、)
一時はびっくりしたんですが、こいつがなかなかしっかり者で、
(しかもおきんのあにきのとらまつというあそびにんと、とうからわけが)
しかもおきんの兄貴の寅松という遊び人と、とうから情交(わけ)が
(あったんです」 「ふしぎないんねんですね」)
あったんです」 「不思議な因縁ですね」
(「そういうわけで、おきんもまえからおときをしっているので、)
「そういうわけで、おきんも前からお時を識っているので、
(ついうかうかとたついせのりょうへひっぱりこまれてとんださいなんにあうことに)
ついうかうかと辰伊勢の寮へ引っ張り込まれて飛んだ災難に逢うことに
(なったのでしょう。そこで、おときはすぐにあにきのとらまつをよんできて、)
なったのでしょう。そこで、お時はすぐに兄貴の寅松を呼んで来て、
(なにもかもうちあけてあとのしまつをそうだんすると、とらまつもびっくりしたんですが、)
なにもかも打ち明けて後の始末を相談すると、寅松もびっくりしたんですが、
(こいつもねがわるいやつですから、じぶんのおんなのたのみといい、)
こいつも根が悪い奴ですから、自分の情婦(おんな)の頼みといい、
(ないぶんにすればまとまったかねがふところにはいるときいて、いもうとのかたきを)
内分にすれば纏(まと)まった金がふところにはいると聞いて、妹のかたきを
(とろうというりょうけんもなしにすなおにしょうちしてしまったんです。)
取ろうという料簡も無しに素直に承知してしまったんです。
(そしてりょうのゆかしたをふかくほって、おきんのしがいをそっとうめて、)
そして寮の床下を深く掘って、おきんの死骸をそっと埋めて、
(みんながそしらんかおをしていたんです。なんでもそのくちどめに)
みんなが素知らん顔をしていたんです。何でもその口止めに
(さしあたりひゃくりょうのかねをおときのてからとらまつにわたしたということです」)
差当り百両の金をお時の手から寅松に渡したということです」