半七捕物帳 春の雪解12(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第九話

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問題文

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(「そのかねはどこからでたんですか」と、わたしはねほりはほりせんぎした。)

「その金はどこから出たんですか」と、わたしは根掘り葉堀り詮議した。

(「そのかねはつまりえいたろうのてからでたんです」と、はんしちろうじんはいった。)

「その金はつまり永太郎の手から出たんです」と、半七老人は云った。

(「たがそではそのあくるひすぐにえいたろうをよびつけて、これもしょうじきにうちあけて、)

「誰袖はそのあくる日すぐに永太郎を呼び付けて、これも正直に打ち明けて、

(わたしはくやしいからあのおきんをいじめころした。さあ、それがわるければ)

わたしは口惜しいからあのおきんをいじめ殺した。さあ、それが悪ければ

(どうともしてくれとひざづめでだんぱんしたんです。えいたろうはあおくなって)

どうともしてくれと膝詰めで談判したんです。永太郎は蒼くなって

(ふるえたそうですけれども、もともとじぶんにもおちどはあり、)

ふるえたそうですけれども、もともと自分にも落度(おちど)はあり、

(そんなことがおもてざたになったひにはたついせののれんにもかかわることですから、)

そんなことが表沙汰になった日には辰伊勢の暖簾にもかかわることですから、

(とうとうたがそでのいうなりしだいにないさいきんのひゃくりょうをだすことになったんですが、)

とうとう誰袖の云うなり次第に内済金の百両を出すことになったんですが、

(あくせんみにつかずのたとえで、とらまつはそのひゃくりょうをとばで)

悪銭身に付かずの譬(たと)えで、寅松はその百両を賭場で

(すっかりとられてしまって、おまけにぼんのうえのけんかからあいてにきずをつけて、)

すっかり取られてしまって、おまけに盆の上の喧嘩から相手に傷をつけて、

(とちにもいられないようなことになってしまいました。)

土地にもいられないようなことになってしまいました。

(それでもさすがにきがとがめるのか、それともきょうだいのにんじょうというのでしょうか、)

それでもさすがに気が咎めるのか、それとも兄妹の人情というのでしょうか、

(まだふところにかねのあるあいだにぼだいじへひさしぶりでたずねていって、)

まだふところに金のある間に菩提寺へ久し振りでたずねて行って、

(いもうとのえこうりょうのつもりでなんとなしにごりょうのかねをおさめていったんです。)

妹の回向料の積りで何となしに五両の金を納めて行ったんです。

(それからそうかのざいのほうへいって、ひとつきばかりかくれていたんですが、)

それから草加の在の方へ行って、ひと月ばかり隠れていたんですが、

(えどものがむぎめしをくっちゃあいられませんから、またこっそりえどへ)

江戸者が麦飯を食っちゃあいられませんから、又こっそり江戸へ

(かえってきて、おときからいくらかずつのこづかいをいたぶって、そこらを)

帰って来て、お時から幾らかずつの小遣いを強請(いたぶ)って、そこらを

(うろついているうちに、たまちのじゅうべえにめをつけられて、おときと)

うろ付いているうちに、田町の重兵衛に眼をつけられて、お時と

(わけのあることもしられてしまったんです。じゅうべえはじぶんの)

情交(わけ)のあることも知られてしまったんです。重兵衛は自分の

(なわばりないですからたついせにひきあいをつけるのもきのどくだとおもって、)

縄張り内ですから辰伊勢に引き合いを付けるのも気の毒だと思って、

など

(はやくおひまをだしてしまえとないないでおしえてやったんですが、)

早くお暇を出してしまえと内々で教えてやったんですが、

(それがかえってあだとなって・・・・・・」)

それが却って仇となって……」

(「おときはすなおにでていかなかったんですか」)

「お時は素直に出て行かなかったんですか」

(「そりゃあすなおにうごきませんや。えいたろうとたがそでのきゅうしょをつかんでいるんですもの、)

「そりゃあ素直に動きませんや。永太郎と誰袖の急所を摑んでいるんですもの、

(ここですくなくもにひゃくとさんびゃくとまとまったかねをもらわなければ、)

ここで少なくも二百と三百と纏まった金を貰わなければ、

(おとなしくでていくわけにはゆかないといって、しきりにふたりを)

おとなしく出て行くわけにはゆかないと云って、しきりに二人を

(おどかしていたんですが、えいたろうもへやずみのみのうえで、とてもそんな)

おどかしていたんですが、永太郎も部屋住みの身の上で、とてもそんな

(かねができるはずはなし、たがそでもこれまでにたびたびおときにゆすられて)

金が出来る筈はなし、誰袖もこれまでに度々お時に強請(ゆす)られて

(いるんですから、みのかわをはいでもくめんはつかず、ふたりともに)

いるんですから、身の皮を剥いでも工面は付かず、二人ともに

(よわりぬいているうちに、なんにもしらないたついせのおふくろが)

弱り抜いているうちに、なんにも知らない辰伊勢のおふくろが

(むやみにひきあいをこわがって、いちにちもはやくおときにひまをだそうとする。)

無暗に引き合いを怖がって、一日も早くお時に暇を出そうとする。

(おときはじょうふのとらまつをかせいにたのんで、じぶんたちのいいじょうを)

お時は情夫の寅松を加勢に頼んで、自分たちの云い条を

(きいてくれなければ、おきんごろしのいちじょうをおそれながらとうったえでると、)

肯(き)いてくれなければ、おきん殺しの一条を恐れながらと訴え出ると、

(かげへまわってえいたろうとたがそでとをきょうはくしている。もうどうにもこうにも)

蔭へまわって永太郎と誰袖とを脅迫している。もうどうにもこうにも

(しようがなくなって、たがそではえいたろうといっしょにしのうとかくごをきめた。)

しようがなくなって、誰袖は永太郎と一緒に死のうと覚悟を決めた。

(それをおときがうすうすかんづいたので、ふたりをしんじゅうさせてはたまなしになるから、)

それをお時が薄々感付いたので、二人を心中させては玉無しになるから、

(そのまえにとらまつにいじをつけて、いよいよたついせのちょうばへすわりこませようと)

その前に寅松に意地をつけて、いよいよ辰伊勢の帳場へ坐り込ませようと

(いうところを、わたくしにひきあげられてしまったんです。)

いうところを、わたくしに引き揚げられてしまったんです。

(たがそではしょせんたすからないいのちですから、いっそしんじゅうしたほうがましだったかも)

誰袖は所詮助からない命ですから、いっそ心中した方がましだったかも

(しれませんが、えいたろうはまさかにしざいにもなりますまいから、)

知れませんが、永太郎はまさかに死罪にもなりますまいから、

(もうひとあしのところでかわいそうなことをしました」)

もう一と足のところで可哀そうなことをしました」

(これでたついせのりょうのひみつもすっかりわかったが、まだひとつのうたがいが)

これで辰伊勢の寮の秘密もすっかり判ったが、まだ一つの疑いが

(わたしのむねにのこっていた。)

わたしの胸に残っていた。

(「すると、そのとくじゅとかいうあんまはなんにもしらなかったんですね」)

「すると、その徳寿とかいう按摩はなんにも知らなかったんですね」

(「とくじゅというやつはしょうじきもので、たがそでのふみつかいをしたほかには、)

「徳寿という奴は正直者で、誰袖の文使いをしたほかには、

(まったくなんにもしらなかったようです」)

全くなんにも知らなかったようです」

(「そのとくじゅがたついせのりょうへいくことを、なぜそんなにいやがったんでしょう。)

「その徳寿が辰伊勢の寮へ行くことを、なぜそんなにいやがったんでしょう。

(たがそでのそばにはなにかすわっているなんて、めくらのくせにどうして)

誰袖のそばには何か坐っているなんて、めくらの癖にどうして

(かんづいたんでしょう」)

感付いたんでしょう」

(「さあ、それはわかりませんね。そういうむずかしいりくつは)

「さあ、それは判りませんね。そういうむずかしい理窟は

(あなたがたのほうがよくごぞんじでしょう。たついせのりょうのゆかしたには)

あなた方のほうがよくご存じでしょう。辰伊勢の寮の床下には

(おきんのしがいがうまっていたんです」)

おきんの死骸が埋まっていたんです」

(はんしちろうじんはそのいじょうにちゅうしゃくをくわえてくれなかった。わたしが、このものがたりを)

半七老人はその以上に註釈を加えてくれなかった。わたしが、この物語を

(「はるのゆきどけ」とだいしたのはたんにはんしちろうじんのくちまねをしただけのことで、)

「春の雪解」と題したのは単に半七老人の口真似をしただけのことで、

(じじつはかのなおざむらいとみちとせとのたんじゅんなじょうわよりも、)

事実はかの直侍(なおざむらい)と三千歳(みちとせ)との単純な情話よりも、

(もっとふかいおそろしいもののようにおもわれてならない。)

もっと深い恐ろしいもののように思われてならない。

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