半七捕物帳 広重と河獺8

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第十話

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問題文

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(「わかいにょうぼうだとおもってひいきをするな」と、はんしちはわらった。)

「若い女房だと思って贔屓をするな」と、半七は笑った。

(「そんなこといっていると、こんどはてめえがわしにひっさらわれるぞ」)

「そんなこと云っていると、今度はてめえが鷲に引っさらわれるぞ」

(「おどかしちゃいけねえ。きゅうにうすっくらくなってきた」)

「おどかしちゃいけねえ。急に薄っ暗くなって来た」

(ふたりはうすぐらいかわばたをたどって、いかだのうかんでいるきばのまちへ)

二人は薄暗い川端をたどって、筏(いかだ)の浮かんでいる木場の町へ

(あしをはやめた。)

足を早めた。

(「だいたいのはなしはまずこうです」と、はんしちろうじんはいった。)

…… 「大体の話はまずこうです」と、半七老人は云った。

(「そのとちゅうで、にょうぼうのみをなげるところでもだきとめれば)

「その途中で、女房の身を投げるところでも抱き止めれば

(しばいがかりになるのですが、じつろくじゃあそううまくいきませんよ。)

芝居がかりになるのですが、実録じゃあそう巧く行きませんよ。

(はははははは。ともかくもきばへいって、じろはちというおとこのうちをさがしあてて)

はははははは。ともかくも木場へ行って、次郎八という男の家を探し当てて

(そのはなしをしてきかせると、ふうふともにびっくりしていました。)

その話をして聞かせると、夫婦ともにびっくりしていました。

(それからすぐにじろはちをつれていって、くろぬまのやしきのようにんに)

それからすぐに次郎八をつれて行って、黒沼の屋敷の用人に

(ひきあわせると、ようにんもおおあんしんでしがいをひきわたしてくれました。)

引きあわせると、用人も大安心で死骸を引き渡してくれました。

(しがいはたしかにじろはちのむすめで、もうひとあしおそいとてらへおくられてしまう)

死骸はたしかに次郎八の娘で、もう一と足遅いと寺へ送られてしまう

(ところでした。もちろん、ふつうのたんさくものとちがいますから、このいっけんばかりは)

ところでした。勿論、普通の探索物と違いますから、この一件ばかりは

(たしかにこうとつきとめるわけにはいきませんが、どうもこれよりほかには)

確かにこうと突き留めるわけには行きませんが、どうもこれよりほかには

(かんていのつけようがないので、むすめはわしにさらわれたものときまってしまいました。)

鑑定の付けようがないので、娘は鷲にさらわれたものと決まってしまいました。

(これはひろしげのえのおかげで、なにがにんげんのたすけになるかわかりません。)

これは広重の絵のおかげで、なにが人間の助けになるか判りません。

(そのひろしげはおおころりで、そのとしのあきにしにました」)

その広重は大コロリで、その年の秋に死にました」

(こんなはなしをしているうちに、ふたりはいつかみめぐりを)

三 こんな話をしているうちに、二人はいつか三囲(みめぐり)を

(とおりすぎていた。どてはもうはざくらになって、にちようびでも)

通りすぎていた。堤(どて)はもう葉桜になって、日曜日でも

など

(ざっとうしていないのが、わたしたちにとってはかえってしあわせであった。)

雑沓していないのが、わたし達に取っては却って仕合わせであった。

(わたしはいきつぎにまきたばこいれをたもとからさぐりだして、そのころはやった)

わたしは息つぎに巻煙草入れを袂から探り出して、そのころ流行った

(ときわというかみまきにひをつけてはんしちろうじんにいっぽんすすめると、)

常磐(ときわ)という紙巻に火をつけて半七老人に一本すすめると、

(ろうじんはていねいにえしゃくしてうけとって、なんだかきなくさいというような)

老人は丁寧に会釈して受け取って、なんだかきな臭いというような

(かおをしながらくちのさきでふかしていた。)

顔をしながら口のさきでふかしていた。

(「どこかでやすみましょうか」と、わたしはきのどくになっていった。)

「どこかで休みましょうか」と、わたしは気の毒になって云った。

(「そうですね」)

「そうですね」

(いっけんのかけぢゃやをみつけて、ふたりはこしをおろした。はなどきをすぎているので、)

一軒の掛茶屋を見つけて、二人は腰をおろした。花時をすぎているので、

(ほかにはひとりのきゃくもみえなかった。ろうじんはつつざしのたばこいれをとりだして、)

ほかには一人の客も見えなかった。老人は筒ざしの煙草入れをとり出して、

(きせるでうまそうにいっぷくすった。けむしをふきおとされるのを)

煙管(きせる)で旨そうに一服すった。毛虫を吹き落とされるのを

(おそれながらも、わたしはひざかりのこずえをわたってくるかわかぜを)

恐れながらも、わたしは日ざかりの梢を渡ってくる川風を

(こころよくうけた。わたしのひたいはすこしあせばんでいた。)

こころよく受けた。わたしの額はすこし汗ばんでいた。

(「むかしはここらにかわうそがでたそうですね」)

「むかしはここらに河獺(かわうそ)が出たそうですね」

(「でましたよ」と、ろうじんはうなずいた。「かっぱもでれば、きつねもたぬきもでる。)

「でましたよ」と、老人はうなずいた。「河童も出れば、狐も狸も出る。

(むこうじまというと、だれでもすぐにしばいがかりにかんがえてきよもとかときわずのでがたりで、)

向島というと、誰でもすぐに芝居がかりに考えて清元か常磐津の出語りで、

(みちゆきやしんじゅうばかりはやっていたいきなぶたいのように)

道行(みちゆき)や心中ばかり流行っていた粋(いき)な舞台のように

(おもうんですが、じっさいはなかなかそうばかりいきません。)

思うんですが、実際はなかなかそうばかり行きません。

(よるなんぞはずいぶんうすきみのわるいところでしたよ」)

夜なんぞはずいぶん薄気味の悪いところでしたよ」

(「ほんとうにかわうそなんぞがでてはこまりますね」)

「ほんとうに河獺なんぞが出ては困りますね」

(「あいつはまったくわるいいたずらをしますからね」)

「あいつは全く悪いいたずらをしますからね」

(なにをといかけても、ろうじんはこころよくあいてになってくれる。)

なにを問いかけても、老人は快く相手になってくれる。

(いったいがはなしずきであるのと、もうひとつには、わかいものをかわいがるという)

一体が話し好きであるのと、もう一つには、若いものを可愛がるという

(やわらかいこころもまじっているらしい。かれがしばしばじぶんのかこをかたるのは、)

柔らかい心もまじっているらしい。彼がしばしば自分の過去を語るのは、

(あえててがらじまんをするというわけではない。きくひとがよろこべば、)

あえて手柄自慢をするというわけではない。聴く人が喜べば、

(じぶんもともによろこんで、いつまでもうまずにかたるのである。)

自分も共によろこんで、いつまでも倦(う)まずに語るのである。

(そこでこのばあい、ろうじんはどうしてもかわうそについてなにかかたらなければ)

そこでこの場合、老人はどうしても河獺について何か語らなければ

(ならないことになった。)

ならないことになった。

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