半七捕物帳 朝顔屋敷3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第11話

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問題文

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(いずれにしてもこれはいちだいじである。おさないしゅじんのともをしてでて、)

いずれにしてもこれは一大事である。幼い主人の共をして出て、

(そのゆくえをみうしなったとあっては、ふたりともにおめおめとやしきへは)

そのゆくえを見失ったとあっては、二人ともにおめおめと屋敷へは

(もどられない。またぞうはともあれ、しぎによってはへいすけはもうしわけに)

戻られない。又蔵はともあれ、仕儀に依っては平助は申し訳に

(はらでもきらなければならないことになる。ふたりはかおのいろをかえて)

腹でも切らなければならないことになる。二人は顔の色を変えて

(ただためいきをつくばかりであった。)

ただ溜息をつくばかりであった。

(「しかたがない。やしきへかえってありていにもうしあげるよりほかはあるまい」)

「仕方がない。屋敷へ帰って有体に申し上げるよりほかはあるまい」

(へいすけはもうどきょうをすえて、またぞうといっしょにひっかえした。せんこくからゆきつもどりつ、)

平助はもう度胸を据えて、又蔵と一緒に引っ返した。先刻から往きつ戻りつ、

(よほどのときをついやしたので、ふたりがちからのないあしをひきずって)

よほどの時を費やしたので、二人が力のない足を引き摺って

(ふたたびすいどうばしをわたるころには、またぞうのちょうちんのろうはもうのこりすくなくなっていた。)

再び水道橋を渡る頃には、又蔵の提灯の蠟はもう残り少なくなっていた。

(きつねのこえはからすのこえにかわっていた。)

狐の声は鴉の声に変っていた。

(すぎののやしきでもこのふしぎなほうこくをうけとってじょうげともにてんとうした。)

杉野の屋敷でもこの不思議な報告を受け取って上下ともに顚倒した。

(しかしみだりにこんなことをせけんにはっぴょうしてはならぬと、しゅじんのだいのしんは)

併しみだりにこんなことを世間に発表してはならぬと、主人の大之進は

(かちゅうのものどものくちをふうじさせた。せいどうのほうへはだいざぶろうきゅうびょうのとどけをさしだして、)

家中の者どもの口を封じさせた。聖堂の方へは大三郎急病の届けを差し出して、

(とうじつのぎんみをじたいすることにした。へいすけとまたぞうはむろんにそのぶちょうほうを)

当日の吟味を辞退することにした。平助と又蔵は無論にその不調法を

(きびしくしかられたが、しゅじんはもののわかったひとであるので、)

きびしく叱られたが、主人は物の分かった人であるので、

(このぶちょうほうのけらいどもにたいしていちずにひどいせいばいをくわえようとはしなかった。)

この不調法の家来どもに対して一途にひどい成敗をくわえようとはしなかった。

(ふたりにたいしては、せいぜいこころをつけて1にちもはやくせがれのゆくえを)

二人に対しては、せいぜい心をつけて一日もはやく伜のゆくえを

(さがしだせとめいれいした。)

探し出せと命令した。

(これはいうまでもないことで、へいすけとまたぞうとはとうぜんのせきにんしゃとして、)

これは云うまでもないことで、平助と又蔵とは当然の責任者として、

(ぜひともわかとののゆくえをさがしださなければならなかった。かれらばかりでなく、)

是非とも若殿のゆくえを探し出さなければならなかった。彼等ばかりでなく、

など

(やしきじゅうのものはみんなてわけをしてこころあたりをたんさくすることとなった。)

屋敷中の者はみんな手分けをして心当りを探索することとなった。

(おくさまはひごろしんこうするいちがやはちまんとうじがみのながたちょうさんのうへだいさんをたてられた。)

奥様は日頃信仰する市ヶ谷八幡と氏神の永田町山王へ代参を立てられた。

(じょちゅうのあるものはなだかいうらないのところへはしった。ひょうめんはあくまでも)

女中のある者は名高い売卜者(うらない)のところへ走った。表面はあくまでも

(ひみつをまもっているものの、やしきのうちわはひっくりかえるようなそうどうであった。)

秘密を守っているものの、屋敷の内輪は引っくり返るような騒動であった。

(しゅじんもけらいもいまはてのつけようがなくなったので、とてもうちわのたんさくだけでは)

主人も家来も今は手の着けようがなくなったので、とても内輪の探索だけでは

(らちがあかないとみたようにんのかくえもんは、けさそっとはっちょうぼりどうしんの)

埒があかないと見た用人の角右衛門は、今朝そっと八丁堀同心の

(まきはらのやしきへたずねてきて、どうにかないみつにしらべてはくれまいかと)

槇原の屋敷へたずねて来て、どうにか内密に調べてはくれまいかと

(おりいってたのんだのであった。)

折り入って頼んだのであった。

(「なにぶんにもやしきのなまえにもかかわること。くれぐれもおんみつに)

「なにぶんにも屋敷の名前にもかかわること。くれぐれも隠密に

(おねがいもうす」と、かくえもんはいくたびかねんをおした。)

おねがい申す」と、角右衛門は幾たびか念を押した。

(「かしこまりました」)

「かしこまりました」

(はんしちはさんこうのためにだいざぶろうのにんそうやふうぞくをきいた。)

半七は参考のために大三郎の人相や風ぞくを訊いた。

(あわせてそのせいしつやぎょうじょうをたずねると、かれは5さいからてならいをはじめて、)

あわせてその性質や行状をたずねると、彼は五歳から手習いを始めて、

(7さいからだいがくのそどくをならった。よみかきともにたちのよいほうで、)

七歳から大学の素読を習った。読み書きともに質(たち)のよい方で、

(げんにこんどのぎんみにもししょごきょういずれもむてんぼんでおためしにあずかりたいという)

現に今度の吟味にも四書五経いずれも無点本でお試しにあずかりたいという

(がんしょをさしだしたほどであると、かくえもんはじまんそうにはなした。)

願書を差し出した程であると、角右衛門は自慢そうに話した。

(しかしそのくちぶりによると、だいざぶろうはそういうたちのこどもにまぬがれがたい)

併しその口ぶりによると、大三郎はそういう質の子供に免がれがたい

(ぶんじゃくのけいこうがあるらしかった。ようぼうもやさしいとともに、そのせいしつも)

文弱の傾向があるらしかった。容貌も優しいとともに、その性質も

(やさしいにゅうわなにんげんでもあるらしかった。)

優しい柔和な人間でもあるらしかった。

(「ごしそくさまにはごきょうだいがございませんか」)

「御子息様には御兄弟がございませんか」

(「ひとつぶだねのそうぞくにん、それゆえにしゅじんはもちろん、われわれいちどうも)

「ひと粒だねの相続人、それゆえに主人は勿論、われわれ一同も

(なおなおしんぱいいたしておるしだい、おさっしください」)

なおなお心配いたして居る次第、お察しください」

(ちゅうぎなようにんのまゆはいよいよくもった。)

忠義な用人の眉はいよいよ陰(くも)った。

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