半七捕物帳 朝顔屋敷5
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問題文
(あさがおやしきーーそのなをきいてはんしちはおもいだした。それはすぎののやしきで)
朝顔屋敷ーーその名を聞いて半七は思い出した。それは杉野の屋敷で
(あるかどうかはしらなかったが、よばんちょうあたりにあさがおやしきというかいだんの)
あるかどうかは知らなかったが、四番町辺に朝顔屋敷という怪談の
(つたえられていることは、かれもかねてきいていた。さらやしき、あさがおやしき、)
伝えられていることは、彼もかねて聞いていた。皿屋敷、朝顔屋敷、
(とかくにばんちょうにばけものやしきのようなもののおおいのは、このじだいの)
とかくに番町に化け物屋敷のようなものの多いのは、この時代の
(めいぶつであった。せけんのうわさによると、あさがおやしきのとおいせんだいのしゅじんが)
名物であった。世間の噂によると、朝顔屋敷の遠い先代の主人が
(なにかのしさいでめかけをてうちにした。それはまなつのことで、)
なにかの仔細で妾を手討ちにした。それは盛夏(まなつ)のことで、
(そのめかけはあさがおのもようをそめたゆかたをきていたとかいうので、そのいらい、)
その妾は朝顔の模様を染めた浴衣を着ていたとかいうので、その以来、
(あさがおがふしぎにこのやしきにたたるのであった。ひろいやしきないに)
朝顔が不思議にこの屋敷に祟るのであった。広い屋敷内に
(あさがおのはながさくと、かならずそのいえになにかのきょうじがあるというので、)
朝顔の花が咲くと、必ずその家に何かの凶事があるというので、
(なつからあきにかけてはちゅうげんどもがやしきのにわからうらてのあきちまで)
夏から秋にかけては中間どもが屋敷の庭から裏手の空地まで
(まいにちゆだんなくみてまわって、あさがおゆうがおのたぐい、かりにもはなのさきそうな)
毎日油断なく見てまわって、朝顔夕顔のたぐい、仮りにも花の咲きそうな
(つるをみるとかたっぱしからひきぬいてしまうことになっている。)
蔓をみると片っ端から引き抜いてしまうことになっている。
(あさがおのえをかいたうちわをしょちゅうみまいにもってきたために、でいりを)
朝顔の絵をかいた団扇を暑中見舞に持って来たために、出入りを
(さしとめられたあきんどもあるという。そんなはなしをはんしちも)
差し止められた商人(あきんど)もあるという。そんな話を半七も
(とうにしっているが、それがすぎののやしきであることははつみみであった。)
とうに知っているが、それが杉野の屋敷であることは初耳であった。
(「そうか。あすこがあさがおやしきか」)
「そうか。あすこが朝顔屋敷か」
(「そとからはいったものにどいういうこともないでしょうけれど、)
「外からはいった者にどいういうこともないでしょうけれど、
(むかしからばけものやしきとなのついているやしきへでいりするのは、なんだか)
昔から化け物屋敷と名のついている屋敷へ出入りするのは、なんだか
(きみがわるうござんすからね」と、おろくはかおをしかめてみせた。)
気味が悪うござんすからね」と、お六は顔をしかめて見せた。
(「それもそうだな」)
「それもそうだな」
(いいかけてふとみかえると、そのあさがおやしきのおもてもんからひとりのさむらいが)
云いかけてふと見かえると、その朝顔屋敷の表門から一人の武士(さむらい)が
(でてきて、くだんのほうがくへしずかにあるいていった。ぶけのちゅうごしょうとでも)
出て来て、九段の方角へしずかにあるいて行った。武家の中小姓とでも
(いいそうなふうぞくであった。)
いいそうな風ぞくであった。
(「おまえ、あのひとをしらねえか」と、はんしちはあごでしめしておろくにきいた。)
「お前、あの人を知らねえか」と、半七は頤で示してお六に訊いた。
(「くちをきいたことはありませんけれど、あのひとはなんでもやまざきさんと)
「口を利いたことはありませんけれど、あの人はなんでも山崎さんと
(いうんですよ」)
いうんですよ」
(ちゅうごしょうのやまざきへいすけにそういないとはんしちはすぐにかんていしたので、)
中小姓の山崎平助に相違ないと半七はすぐに鑑定したので、
(かれはおろくにわかれてそのあとをおっていった。おうらいのすくないやしきの)
彼はお六に別れてそのあとを追って行った。往来の少ない屋敷の
(へいのそとで、かれはうしろからへいすけにこえをかけた。)
塀の外で、彼はうしろから平助に声をかけた。
(「もし、もし、しつれいでございますが、あなたはすぎのさまのおやしきのかたじゃ)
「もし、もし、失礼でございますが、あなたは杉野様のお屋敷の方じゃ
(ございませんか」)
ございませんか」
(「さよう」とさむらいはふりかえってこたえた。)
「左様」と武士は振り返って答えた。
(「じつはけさほどおやしきのごようにんさまにおめにかかりましたが、)
「実はけさほどお屋敷の御用人様にお目にかかりましたが、
(おやしきではごしんぱいなことがしゅったいしましたそうで、おさっしもうしあげます」)
お屋敷では御心配なことが出来しましたそうで、お察し申し上げます」
(あいてはゆだんしないようなかおをしてこちらをにらんでいるので、)
相手は油断しないような顔をしてこちらを睨んでいるので、
(はんしちはようにんのかくえもんにあったことをはなした。そうして、あなたは)
半七は用人の角右衛門に逢ったことを話した。そうして、あなたは
(やまざきさんではないかときくと、かれはそうだとこたえた。それでもまだ)
山崎さんではないかと訊くと、彼はそうだと答えた。それでもまだ
(ふあんらしいめのいろをやわらげないで、かれはじぶんとむかいあっている)
不安らしい眼の色をやわらげないで、彼は自分と向い合っている
(おかっぴきのかおをきっとみつめていた。)
岡っ引の顔をきっと見つめていた。
(「わかとのさまのゆくえはまだちっともおこころあたりはございませんか」)
「若殿様のゆくえはまだちっとも御心当りはございませんか」
(「いっこうにてがかりがないのでこまっています」と、へいすけはことばすくなにこたえた。)
「一向に手がかりがないので困っています」と、平助は詞すくなに答えた。
(「かみかくしとでもいうんじゃございますまいか」)
「神隠しとでも云うんじゃございますまいか」
(「さあ、そんなことがないともかぎらない」)
「さあ、そんなことが無いとも限らない」
(「そういうことだと、とてもてのつけようもありませんが、)
「そういうことだと、とても手の着けようもありませんが、
(ほかにはなんにもこころあたりはないんでしょうか」)
ほかにはなんにも心当りはないんでしょうか」
(「なんにもありません」)
「なんにもありません」
(はんしちはたたみかけてふたつみっつのといをだしたが、へいすけはとかくに)
半七は畳みかけて二つ三つの問いを出したが、平助はとかくに
(きではなをくくるようなあいさつをして、つとめてあいてとのもんどうをさけているらしい)
木で鼻をくくるような挨拶をして、努めて相手との問答を避けているらしい
(そぶりがみえた。ようにんのかくえもんはあたまをさげてくれぐれもはんしちに)
素振りが見えた。用人の角右衛門は頭を下げてくれぐれも半七に
(たのんだのである。ましてじぶんはとうのせきにんしゃであるいじょう、へいすけはなおさらに)
頼んだのである。まして自分は当の責任者である以上、平助は猶更に
(このはんしちをみかたとたのんで、ばんじのそうだんやうちあわせをじぶんからすすめそうな)
この半七を味方と頼んで、万事の相談や打ち合わせを自分から進めそうな
(ものであるのに、かれはいつまでもゆだんしないようなめつきをして、)
ものであるのに、彼はいつまでも油断しないような眼付きをして、
(なるべくくちかずをきかないようにつとめているのはなぜであろう。)
なるべく口数をきかないように努めているのは何故であろう。
(それがはんしちにはわからなかった。まかりまちがえばはらきりどうぐのこのじけんにたいして、)
それが半七には判らなかった。まかり間違えば腹切り道具のこの事件に対して、
(かれがこんなにれいたんにかまえているのを、はんしちはふしぎにおもいながら、)
彼がこんなに冷淡に構えているのを、半七は不思議に思いながら、
(もういちどこのおとこのかおをみなおした。)
もう一度この男の顔を見直した。
(へいすけはにじゅうろくしちの、どちらかといえば、こづくりの、いろのしろい、めつきのすずしい、)
平助は二十六七の、どちらかと云えば、小作りの、色の白い、眼付きの涼しい、
(やしきづとめのちゅうごしょうなどにはありがちの、いかにもこざかしげな)
屋敷勤めの中小姓などには有り勝ちの、いかにも小賢(こざか)しげな
(じんぶつであって、じぶんのともをしてでたしゅじんをみうしなって、それでへいきで)
人物であって、自分の共をして出た主人を見失って、それで平気で
(すましていられるようなにぶいにんげんでないことは、たねんのけいけんじょう、はんしちには)
済ましていられるような鈍い人間でないことは、多年の経験上、半七には
(ひとめでわかっていた。それだけにはんしちのふしんはいよいよつのってきた。)
一と目で判っていた。それだけに半七の不審はいよいよ募って来た。
(「いまももうしあげましたとおり、もしほんとうのかみかくしならばかくべつ、さもなければ)
「今も申し上げました通り、もし本当の神隠しならば格別、さもなければ
(きっとわたくしがさがしだしてごらんにいれますから、まあごあんしんくださいまし」)
きっとわたくしが探し出して御覧に入れますから、まあ御安心くださいまし」
(と、はんしちはさぐりをいれるようにきっぱりとこういいきった。)
と、半七は探索(さぐり)を入れるようにきっぱりとこう云い切った。
(「では、なにかおこころあたりでもありますか」と、へいすけはききかえした。)
「では、なにかお心当りでもありますか」と、平助は訊き返した。
(「さあ、さしあたりこうというめぼしもつきませんが、わたくしもたねん)
「さあ、さし当りこうという目星も付きませんが、わたくしも多年
(ごようをつとめておりますから、まあなんとかいたしましょう。いきているものなら)
御用を勤めて居りますから、まあ何とか致しましょう。生きているものなら
(きっとどこかでみつかります」)
きっと何処かで見付かります」
(「そうでしょうか」と、へいすけはまだうちとけないようなめをしていた。)
「そうでしょうか」と、平助はまだ打ち解けないような眼をしていた。
(「これからどちらへ・・・・・・」)
「これからどちらへ……」
(「どこというあてもないが、ともかくもえどじゅうをまいにちあるいて、)
「どこという的(あて)もないが、ともかくも江戸じゅうを毎日歩いて、
(いちにちもはやくさがしだしたいとおもっているので・・・・・・。おまえさんにも)
一日も早く探し出したいと思っているので……。お前さんにも
(なにぶんたのみます」)
何分たのみます」
(「しょうちいたしました」)
「承知いたしました」
(はんしちにわかれてすたすたいきすぎたが、へいすけはときどきにたちどまって、)
半七に別れてすたすた行き過ぎたが、平助は時々に立ち停まって、
(なんだかふあんらしくこちらをみかえっているらしかった。)
なんだか不安らしくこちらを見返っているらしかった。
(そのきつねのようなたいどがいよいよはんしちのうたがいをましたので、)
その狐のような態度がいよいよ半七の疑いを増したので、
(かれはすぐにへいすけのあとをつけようかとおもったが、まっぴるまでは)
彼はすぐに平助のあとを尾(つ)けようかと思ったが、真っ昼間では
(ぐあいがわるいのでまずみあわせた。)
工合が(ぐあい)が悪いので先ず見合わせた。