半七捕物帳 朝顔屋敷6
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問題文
(これからどっちへつまさきをむけようかとはんしちはよこちょうのかどに)
三 これからどっちへ爪先を向けようかと半七は横町の角に
(たちどまってかんがえていると、たったいまわかれたばかりのおろくが)
立ち停まって考えていると、たった今別れたばかりのお六が
(ほかのおんなとふたりづれで、そのよこちょうからきゃっきゃっとわらいながらでてきた。)
ほかの女と二人づれで、その横町からきゃっきゃっと笑いながら出て来た。
(「おや、またおめにかかりましたね」と、おろくはやはりわらいながらこえをかけると、)
「おや、又お目にかかりましたね」と、お六はやはり笑いながら声をかけると、
(つれのおんなもだまってえしゃくした。)
連れの女も黙って会釈した。
(「ごえんがあるね」と、はんしちもわらった。)
「御縁があるね」と、半七も笑った。
(おろくのつれはじゅうしちはちのすらりとしたおんなで、これもおなじようなさげじゅうを)
お六の連れは十七八のすらりとした女で、これも同じような提重を
(もっていた。くちわたらしいふたこのきもののこざっぱりしたのをきて、)
持っていた。口綿らしい双子(ふたこ)の着物の小ざっぱりしたのを着て、
(ゆいたてらしいかのじょのあたまにもあかいしぼりのきれがみえた。)
結い立てらしい彼女の頭にも紅い絞りの切れが見えた。
(はなのひくいのをきずにして、だいたいのめはなだちはおろくよりもよほどすぐれていた。)
鼻の低いのをきずにして、大体の目鼻立ちはお六よりも余ほどすぐれていた。
(「おやぶんさん。このやすちゃんがあさがおやしきのおでいりなんですよ」と、)
「親分さん。この安ちゃんが朝顔屋敷のお出入りなんですよ」と、
(おろくはからかうようにわらいながら、つれのおんなのせなかをたたいた。)
お六はからかうように笑いながら、連れの女の背中をたたいた。
(「あら、いやだ」と、おんなもかたをすくめてわらった。)
「あら、いやだ」と、女も肩をすくめて笑った。
(「ねえさんはなんというんだね」)
「姐(ねえ)さんは何というんだね」
(「やすちゃん・・・・・・。おやすさんというんです」と、おろくはそのおんなのてをとって、)
「安ちゃん……。お安さんというんです」と、お六はその女の手をとって、
(わざとらしくはんしちのまえにつきだした。「おやぶんさん、ちっとしかってやって)
わざとらしく半七の前に突き出した。「親分さん、ちっと叱ってやって
(ください。のろけてばかりいてしかたがないんですから」)
ください。惚(のろ)けてばかりいて仕方がないんですから」
(「あら、うそばっかり。ほほほほほほ」)
「あら、嘘ばっかり。ほほほほほほ」
(いかにひとどおりのすくないやしきちょうでも、おうらいのまんなかでさげじゅうののろけを)
いかに人通りの少ない屋敷町でも、往来のまん中で提重の惚気を
(きかされてはたまらないと、はんしちはおぞけをふるった。しかしいまのばあい、)
聞かされては堪らないと、半七は怖毛(おぞけ)をふるった。しかし今の場合、
(かれもどきょうをすえてそのあいてにならなければならないとかくごした。)
かれも度胸を据えて其の相手にならなければならないと覚悟した。
(「なにしろおたのしみだね。で、そののろけのあいてというのはやっぱり)
「なにしろお楽しみだね。で、その惚気の相手というのはやっぱり
(あさがおやしきにいるのかえ」)
朝顔屋敷にいるのかえ」
(「いるんですとも」と、おろくはすぐにひきとってこたえた。)
「いるんですとも」と、お六はすぐに引き取って答えた。
(「おへやにいるまたぞうさんというこいきなあにいさんなんですよ」)
「お部屋にいる又蔵さんという小粋な兄(あにい)さんなんですよ」
(またぞうというながはんしちのむねにひびいた。)
又蔵という名が半七の胸にひびいた。
(「むむ。またぞうか」)
「むむ。又蔵か」
(「おまえさん、ごぞんじですかえ」と、おやすはすこしきまりわるそうなかおをしてきいた。)
「お前さん、御存じですかえ」と、お安は少しきまり悪そうな顔をして訊いた。
(「まんざらしらねえこともねえ」と、はんしちはちょうしをあわせていった。)
「まんざら知らねえこともねえ」と、半七は調子をあわせて云った。
(「だが、あのおとこはなかなかどうらくものらしいから、だまされねえように)
「だが、あの男はなかなか道楽者らしいから、欺されねえように
(ようじんしねえよ」)
用心しねえよ」
(「ほんとうにそうですよ」と、おやすはまじめになってうなずいた。)
「ほんとうにそうですよ」と、お安は真面目になってうなずいた。
(「このくれにはきものをこしらえてやるなんて、いいかげんにひとをだまくらかして)
「この暮には着物をこしらえてやるなんて、好い加減に人を欺くらかして
(いるんですよ。おまえさん。せっきはもうめのまえにつかえているんじゃ)
いるんですよ。お前さん。節季はもう眼の前につかえているんじゃ
(ありませんか。はるぎをこしらえるならこしらえるように、せめててつけの)
ありませんか。春着をこしらえるなら拵えるように、せめて手付けの
(1りょうぐらいこっちへあずけておいてくれなけりゃあ、どこのごふくやへいったって)
一両ぐらいこっちへ預けて置いてくれなけりゃあ、どこの呉服屋へ行ったって
(はなしができませんよ。それをあしたやるの、あさってわたすのとくちからでまかせの)
話が出来ませんよ。それをあした遣るの、あさって渡すのと口から出任せの
(ちゃらっぽこをいって、いいようにひとをはぐらかしているんですもの。)
ちゃらっぽこを云って、好いように人をはぐらかしているんですもの。
(にくらしいっちゃありません」)
憎らしいっちゃありません」
(とんでもないうらみをいわれて、はんしちはいよいよもてあましたが、)
飛んでもない怨みを云われて、半七はいよいよ持て余したが、
(それでもやはりわらいながらそのあいてになっていた。)
それでもやはり笑いながら其の相手になっていた。
(「まあまあ、かんにんしてやるさ。そういっちゃあなんだけれど、1ねん3りょうの)
「まあまあ、堪忍してやるさ。そう云っちゃあ何だけれど、一年三両の
(きゅうきんとりが1りょう、2りょうのくめんをするというのはたいていのことじゃあねえ。)
給金取りが一両、二両の工面をすると云うのは大抵のことじゃあねえ。
(おまえさんもかわいいおとこのことだ。そこをさっしてやらにゃあじゃけんだ」)
お前さんも可愛い男のことだ。そこを察してやらにゃあ邪慳(じゃけん)だ」
(「だって、またさんのはなしじゃあ、なんでもちかいうちにまとまったおかねが)
「だって、又さんの話じゃあ、なんでも近いうちに纏まったお金が
(ふところへはいるというんですもの、こっちだってあてにしようじゃ)
ふところへはいると云うんですもの、こっちだって的(あて)にしようじゃ
(ありませんか。それともうそですかしら」)
ありませんか。それとも嘘ですかしら」
(「そうきかれてもへんじにこまるが、あのおとこのことだからまるっきりのうそでも)
「そう訊かれても返事に困るが、あの男のことだから丸っきりの嘘でも
(あるめえ。まあ、もうすこしまってやることさ」)
あるめえ。まあ、もう少し待ってやることさ」
(うけだちにこまっているはんしちを、おろくがよこあいからすくいだしてくれた。)
受け太刀に困っている半七を、お六が横合いから救い出してくれた。
(「まあ、やすちゃん。もういいかげんにおしよ。おやぶんさんがごめいわくだあね。)
「まあ、安ちゃん。もう好い加減におしよ。親分さんが御迷惑だあね。
(またさんのことはあたしがうけあうからあんしんしておいでよ」)
又さんのことはあたしが受け合うから安心しておいでよ」
(それをしおにはんしちはにげじたくにかかった。あいてがあいてだけに、)
それを機(しお)に半七は逃げ支度にかかった。相手が相手だけに、
(まさかぶあいきょうにわかれるわけにもいかないので、はんしちはかみいれから)
まさか無愛嬌に別れるわけにも行かないので、半七は紙入れから
(2しゅぎんをだして、かみにくるんでおろくにわたした。)
二朱銀を出して、紙にくるんでお六に渡した。
(「すこしだが、これでそばでもくってくんねえ」)
「少しだが、これで蕎麦でも食ってくんねえ」
(「おや、すみません。どうもありがとうございます」)
「おや、済みません。どうも有難うございます」
(ふたりがしきりにれいをいうこえをうしろにききながして、はんしちはそうそうにそこを)
二人が頻りに礼をいう声をうしろに聞き流して、半七は早々にそこを
(たちさった。なんだかおちつかないようなへいすけのめのいろと、ちかいうちに)
立ち去った。なんだか落ち着かないような平助の眼の色と、近いうちに
(まとまったかねがはいるというまたぞうのうわさと、あさがおやしきのかいだんと、)
まとまった金がはいるという又蔵の噂と、朝顔屋敷の怪談と、
(はんしちはこのみっつをむすびあわせていろいろにかんがえたが、すぐには)
半七はこの三つを結びあわせていろいろに考えたが、すぐには
(とりとめたふんべつもうかびださなかった。かれはふところでをして)
取り留めた分別も浮かび出さなかった。彼はふところ手をして
(ぼんやりとくだんのさかをおりた。)
ぼんやりと九段の坂を降りた。