半七捕物帳 朝顔屋敷7

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第11話

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問題文

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(うちへかえってながひばちのまえにすわって、はいをにらみながらじっと)

家へ帰って長火鉢のまえに坐って、灰を睨みながらじっと

(かんがえているうちに、ふゆのみじかいひはもうくれかかった。はんしちははやくゆうめしをくって、)

考えているうちに、冬の短い日はもう暮れかかった。半七は早く夕飯を食って、

(くだんのながいさかをもういちどあがって、うらよばんちょうのよこへはいると、)

九段の長い坂をもう一度あがって、裏四番町の横へはいると、

(どこのやしきのいらかもゆうぐれのさむいいろにそめられて、)

どこの屋敷の甍(いらか)もゆうぐれの寒い色に染められて、

(のろいのでんせつをもっているあさがおやしきのおおきなもんはあきやのようにしまっていた。)

呪いの伝説をもっている朝顔屋敷の大きな門は空家のように閉まっていた。

(はんしちはもんばんのおやじにそっとこえをかけてきいた。)

半七は門番のおやじにそっと声をかけて訊いた。

(「おへやのまたぞうさんはいますかえ」)

「お部屋の又蔵さんはいますかえ」

(またぞうはたったいま、もんばんにことわっておもてへでたが、きっときんじょの)

又蔵はたった今、門番にことわって表へ出たが、きっと近所の

(ふじやというさかやへのみにいったのであろうとのことであった。)

藤屋という酒屋へ飲みに行ったのであろうとのことであった。

(ちゅうごしょうのやまざきさんはときくと、これもひるまでたぎりでまだかえらないと)

中小姓の山崎さんはと訊くと、これも昼間出たぎりでまだ帰らないと

(もんばんがおしえてくれた。はんしちはれいをいっておもてへでると、みちのうえはすっかり)

門番が教えてくれた。半七は礼を云って表へ出ると、路の上はすっかり

(くらくなって、とおいつじばんのろうそくのともしびがうすあかくにじみだしていた。)

暗くなって、遠い辻番の蠟燭の灯が薄紅くにじみ出していた。

(ふじやというさかやをさがしあてて、おもてからみせぐちをのぞいてみると、)

藤屋という酒屋を探しあてて、表から店口を覗いてみると、

(こざらのさんしょをつまみながらますざけをうまそうにひっかけている)

小皿の山椒(さんしょ)をつまみながら桝酒を旨そうに引っかけている

(ひとりのわかいちゅうげんふうのおとこがあった。)

一人の若い中間風の男があった。

(はんしちはてぬぐいをだしてほおかむりをした。みせのまえにつんであるまきのかげに)

半七は手拭を出して頬かむりをした。店の前に積んである薪(まき)のかげに

(かくれて、おとこのようすをしばらくうかがっていると、かれはばんとうをあいてに)

隠れて、男の様子をしばらく窺っていると、彼は番頭を相手に

(なにかわらいながらしゃべっていたが、やがてかんじょうをはらわずにそこをでた。)

何か笑いながらしゃべっていたが、やがて勘定を払わずにそこを出た。

(「こんやはたのむよ。そのかわり2、3にちちゅうにこのあいだのぶんもいっしょに)

「今夜は頼むよ。その代り二、三日中にこのあいだの分も一緒に

(りをつけてかえさあ。ははははは」)

利をつけて返さあ。ははははは」

など

(かれはもうよほどよっているらしく、さむいよかぜにふかれながら)

彼はもう余ほど酔っているらしく、寒い夜風に吹かれながら

(いいきもちそうにはなうたをうたっていった。はんしちもぞうりのおとをしのばせて、)

好い気持そうに鼻唄を歌って行った。半七も草履の音を忍ばせて、

(そのあとをつけてゆくと、かれはじぶんのやしきへはかえらないで、)

そのあとを尾(つ)けてゆくと、彼は自分の屋敷へは帰らないで、

(くだんのさかうえからはたもとやしきのかたがわちょうをみなみへぬけて、ちどりがふちの)

九段の坂上から旗本屋敷の片側町を南へぬけて、千鳥ヶ淵の

(さびしいほりばたのあきちへでた。みると、そこにはまたひとりのおとこがたたずんでいる)

淋しい堀端の空地へ出た。見ると、そこには又一人の男がたたずんでいる

(しろいかげが、むこうがわのたかいどてのまつのうえにちょうどいま、あおじろいかおをだした)

白い影が、向う側の高い堤(どて)の松の上にちょうど今、青白い顔を出した

(26にちのふゆのつきにあざやかにてらされていた。めのさといはんしちは)

二十六日の冬の月にあざやかに照らされていた。眼のさとい半七は

(それがやまざきへいすけであることをすぐにさとった。ここでふたりがおちあって)

それが山崎平助である事をすぐに覚(さと)った。ここで二人が落ち合って

(どんなそうだんをするのであろう。こういうときには、つきのあかるいのが)

どんな相談をするのであろう。こういう時には、月の明るいのが

(べんりでもあり、またふべんでもあるので、はんしちはかれらのたっているあきちと)

便利でもあり、また不便でもあるので、半七は彼等の立っている空地と

(むかいあったおおきいやしきのまえへしのんでいった。もんぜんのどぶが)

向い合った大きい屋敷の前へ忍んで行った。門前の溝(どぶ)が

(からどぶであることをしっているかれは、いぬのようにはらばいながら)

空溝であることを知っている彼は、狗(いぬ)のように腹這いながら

(そっとそのどぶへもぐりこんで、こまよせのいしのかげにかおをかくして、)

そっとその溝へもぐり込んで、駒寄せの石のかげに顔をかくして、

(ふたりのたちばなしにみみをひきたてていた。)

二人の立談(たちばなし)に耳を引き立てていた。

(「やまざきさん。たった2ぶじゃあしようがねえ。なんとかたすけて)

「山崎さん。たった二歩(ぶ)じゃあしようがねえ。なんとか助けて

(おくんなせえ」)

おくんなせえ」

(「それがあぶみふんばりせいいっぱいというところだ。)

「それが鎧(あぶみ)踏ん張り精いっぱいというところだ。

(いったいこのあいだの5りょうはどうした」)

一体このあいだの五両はどうした」

(「ひけしやしきへいってみんなとられちまいましたよ」)

「火消し屋敷へ行ってみんな取られちまいましたよ」

(「ばくちはよせよ。みちばたのたけのこで、みのかわをむかれるばかりだ。)

「博奕は止せよ。路端(みちばた)の竹の子で、身の皮を剥かれるばかりだ。

(ばかやろう」)

馬鹿野郎」

(「いやもう、ひとこともありません。しかられながらこんなことを)

「いやもう、一言もありません。叱られながらこんなことを

(いっちゃあなんですが、おまえさんもごしょうちのおやすのあま、あいつに)

云っちゃあ何ですが、お前さんも御承知のお安の阿魔(あま)、あいつに

(このあいだからはるぎをねだられているんで、わっしもおとこだ、なんとか)

この間から春着をねだられているんで、わっしも男だ、なんとか

(くめんしてやらなけりゃあ」)

工面してやらなけりゃあ」

(「ふふん、りっぱなおとこだ」と、へいすけはあざわらった。「はるぎでもしきせでも)

「ふふん、立派な男だ」と、平助はあざ笑った。「春着でも仕着(しきせ)でも

(こしらえてやるがいいじゃあねえか」)

こしらえてやるがいいじゃあねえか」

(「だから、その、なんとかかたぼうかついでおもらいもうしたいので・・・・・・」)

「だから、その、なんとか片棒かついでお貰い申したいので……」

(「ありがたいやくだな。おれはまあごめんだ。おれだってちぎょうとりじゃあねえ。)

「ありがたい役だな。おれはまあ御免だ。おれだって知行取りじゃあねえ。

(ものまえにひとのめんどうをみていられるもんか」)

物前(ものまえ)に人の面倒を見ていられるもんか」

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