半七捕物帳 朝顔屋敷9

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第11話

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問題文

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(あくるあさ、はんしちははっちょうぼりのまきはらのやしきへゆくと、けさもすぎののようにんの)

四 あくる朝、半七は八丁堀の槇原の屋敷へゆくと、けさも杉野の用人の

(かくえもんがきていた。ちゅうぎいちずのようにんは、きのうじゅうにすこしはなにかの)

角右衛門が来ていた。忠義一途の用人は、きのう中にすこしは何かの

(てがかりはついたかとといあわせにきたのであった。あまりせいきゅうだとは)

手がかりは付いたかと問い合わせに来たのであった。あまり性急だとは

(おもったが、あいてがまじめであるだけに、まきはらもまじめでいいわけしている)

思ったが、相手がまじめであるだけに、槇原もまじめで云い訳している

(ところへ、ちょうどにはんしちがかおをだした。)

ところへ、丁度に半七が顔を出した。

(「ごようにんもしきりにしんぱいしておいでなさる。どうだ、すこしはあたりが)

「御用人もしきりに心配しておいでなさる。どうだ、少しは当りが

(ついたか」と、まきはらはすぐにきいた。)

付いたか」と、槇原はすぐに訊いた。

(「へえ。もうすっかりわかりました。ごあんしんなさいまし」と、)

「へえ。もうすっかり判りました。御安心なさいまし」と、

(はんしちはむぞうさにこたえた。)

半七は無雑作(むぞうさ)に答えた。

(「わかりましたか」と、かくえもんはひざをのりだした。「そうして)

「判りましたか」と、角右衛門は膝を乗り出した。「そうして

(わかさまはどこに・・・・・・」)

若様はどこに……」

(「おやしきのなかに・・・・・・」)

「お屋敷の中に……」

(かくえもんはくちをあいてあいてのかおをながめていた。まきはらもまゆをよせた。)

角右衛門は口をあいて相手の顔をながめていた。槇原も眉を寄せた。

(「なに、やしきのなかにいる。それはまたどういうわけだ」)

「なに、屋敷の中にいる。それは又どういう訳だ」

(「おやしきのちゅうごしょうにやまざきへいすけというひとがございましょう。)

「お屋敷の中小姓に山崎平助という人がございましょう。

(このあいだのあさ、わかとのさまのおともをしていったひとです。)

このあいだの朝、若殿様のお供をして行った人です。

(そのひとはおやしきのおながやにすまっているはずですが・・・・・・」)

その人はお屋敷のお長屋に住まっている筈ですが……」

(かくえもんはきかいてきにうなずいた。)

角右衛門は機械的にうなずいた。

(「そのおながやのとだなのなかにわかとのさまはかくれておいでのはずです。)

「そのお長屋の戸棚のなかに若殿様は隠れておいでの筈です。

(3どのあがりものは、さげじゅうのおやすというおんながじゅうばこにしのばせて、)

三度の喫(あが)り物は、提重のお安という女が重箱に忍ばせて、

など

(そとからまいにちはこんでいるそうです」と、はんしちはせつめいした。)

外から毎日運んでいるそうです」と、半七は説明した。

(しかしそのせつめいだけでは、ふたりのふにおちなかった。まきはらはまたきいた。)

併しその説明だけでは、二人の腑に落ちなかった。槇原は又きいた。

(「なぜまた、わかとのをそんなところにかくしておくんだろう。)

「なぜ又、若殿をそんなところに隠して置くんだろう。

(いったい、だれがそんなことをかんがえたんだろう」)

一体、誰がそんなことを考えたんだろう」

(「それはおくさまのおさしずのようにきいています」)

「それは奥様のお指図のように聞いています」

(「おくさま・・・・・・」と、かくえもんはいよいよあきれた。)

「奥様……」と、角右衛門はいよいよ呆れた。

(すべてがあまりにあんがいなので、いろいろのけいけんにとんでいるまきはらも)

すべてが余りに案外なので、いろいろの経験に富んでいる槇原も

(けむにまかれたらしく、おおきいめをみはったままででくのように)

煙(けむ)にまかれたらしく、大きい眼を見はったままで木偶(でく)のように

(だまっていた。はんしちはつづいてせつめいした。)

黙っていた。半七はつづいて説明した。

(「まことにしつれいでございますが、おやしきはあさがおやしき・・・・・・あさがおを)

「まことに失礼でございますが、お屋敷は朝顔屋敷……朝顔を

(たいそうおきらいなさるようにうけたまわっております。そのおやしきのおにわに)

大層お嫌いなさるように承って居ります。そのお屋敷のお庭に

(ことしのなつ、しろいあさがおのはながさきましたそうで・・・・・・」)

ことしの夏、白い朝顔の花が咲きましたそうで……」

(かくえもんはにがいかおをしてまたうなずいた。)

角右衛門は苦い顔をして又うなずいた。

(「つまりそのあさがおのはながこんどのじけんのおこりでございます」と、はんしちはいった。)

「つまりその朝顔の花が今度の事件の起りでございます」と、半七は云った。

(あさがおのはながさけばかならずいえにきょうじがあるというので、やしきのひとたちも)

朝顔の花が咲けば必ず家に凶事があるというので、屋敷の人達も

(かおをくもらせた。しゅじんはあまりそんなことにとんちゃくしないきしつであるので、)

顔を陰らせた。主人はあまりそんなことに頓着しない気質であるので、

(ただわらってすませてしまったが、おくがたはひどくそれをきにやんで、)

ただ笑って済ませてしまったが、奥方はひどくそれを気に病んで、

(なにかのわざわいがなければよいとあけくれにあんじているうちに、)

なにかの禍いがなければよいと明け暮れに案じているうちに、

(せんげつのすえ、ささいなことからおくがたのしんけいをおびやかすようなひとつのじけんが)

先月の末、些細な事から奥方の神経をおびやかすような一つの事件が

(しゅったいした。)

出来(しゅったい)した。

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