夏目漱石『坊っちゃん』抜き書き(2/2)

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六から十一まで、43題より20題

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(きょうとうなんてぶんがくしのくせにいくじのないもんだ。)

教頭なんて文学士の癖に意気地のないもんだ。

(なるほどたぬきがたぬきなら、あかしゃつもあかしゃつだ。)

なるほど狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。

(のだのくせにいけんをのべるなんてなまいきだ。)

野だの癖に意見を述べるなんて生意気だ。

(おれがなにかいいさえすればわらう。つまらんやつらだ。)

おれが何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等だ。

(さんもんのなかにゆうかくがあるなんて、ぜんだいみもんのげんしょうだ。)

山門のなかに遊廓があるなんて、前代未聞の現象だ。

(くいたいだんごのくえないのはなさけない。)

食いたい団子の食えないのは情ない。

(ほんとうににんげんほどあてにならないものはない。)

本当に人間ほどあてにならないものはない。

(ところがせまくてこまってるのは、おればかりではなかった。)

ところが狭くて困ってるのは、おればかりではなかった。

(にんげんはたけのようにまっすぐでなくっちゃたのもしくない。)

人間は竹のように真直でなくっちゃ頼もしくない。

(まっすぐなものはけんかをしてもこころもちがいい。)

真直なものは喧嘩をしても心持ちがいい。

(これでちゅうがくのきょうとうがつとまるなら、おれなんかだいがくそうちょうがつとまる。)

これで中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。

(あかしゃつのだんわはいつでもようりょうをえない。)

赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。

(「そりゃあなた、おおちがいのかんごろうぞなもし」)

「そりゃあなた、大違いの勘五郎ぞなもし」

(ここへきたさいしょからあかしゃつはなんだかむしがすかなかった。)

ここへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。

(にんげんはすききらいではたらくものだ。ろんぽうではたらくものじゃない。)

人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。

(あたまのうえにはあまのがわがひとすじかかっている。)

頭の上には天の川が一筋かかっている。

(「うん、えどっこか、どうりでまけおしみがつよいとおもった」)

「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」

(ことにあかしゃつにいたってさんにんのうちでいちばんうらなりくんをほめた。)

ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。

(のだこうはうやうやしくこうちょうのまえへでてさかずきをいただいてる。いやなやつだ。)

野だ公は恭しく校長の前へ出て盃を頂いてる。いやな奴だ。

(こんなそうべつかいなら、ひらいてもらわないほうがよっぽどましだ。)

こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどましだ。

など

(げいしゃにたたかれてわらうなんて、のだもおめでたいものだ。)

芸者に叩かれて笑うなんて、野だもおめでたい者だ。

(のだはこのうえまだおどるきでいる。)

野だはこの上まだ踴る気でいる。

(このよしかわをごちょうちゃくとはおそれいった。いよいよもってにっしんだんぱんだ。)

この吉川をご打擲とは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。

(おれはけんかはすきなほうだから、しょうとつときいて、おもしろはんぶんにかけだしていった。)

おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳け出して行った。

(まさかさんしゅうかんいないにここをさることもなかろう。)

まさか三週間以内にここを去る事もなかろう。

(いなかにもこんなににんげんがすんでるかとおどろいたぐらいうじゃうじゃしている。)

田舎にもこんなに人間が住んでるかと驚ろいたぐらいうじゃうじゃしている。

(おれはむろんのことにげるきはない。)

おれは無論の事逃げる気はない。

(けんかはいまがまっさいちゅうである。)

喧嘩は今が真最中である。

(いなかものでもたいきゃくはこうみょうだ。くろぱときんよりうまいくらいである。)

田舎者でも退却は巧妙だ。クロパトキンより旨いくらいである。

(おれはとこのなかで、くそでもくらえといいながら、むっくりとびおきた。)

おれは床の中で、糞でも喰らえと云いながら、むっくり飛び起きた。

(しんぶんなんてむやみなうそをつくもんだ。)

新聞なんて無暗な嘘を吐くもんだ。

(よのなかになにがいちばんほらをふくといって、しんぶんほどのほらふきはあるまい。)

世の中に何が一番法螺を吹くと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。

(でてくるやつも、でてくるやつもおれのかおをみてわらっている。)

出てくる奴も、出てくる奴もおれの顔を見て笑っている。

(きょうじょうへでるとせいとははくしゅをもってむかえた。)

教場へ出ると生徒は拍手をもって迎えた。

(けいきがいいんだか、ばかにされてるんだかわからない。)

景気がいいんだか、馬鹿にされてるんだか分からない。

(「きみがじひょうをだしたって、あかしゃつはこまらない」)

「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」

(なるほどせかいにせんそうはたえないわけだ。こじんでも、とどのつまりはわんりょくだ。)

なるほど世界に戦争は絶えない訳だ。個人でも、とどの詰りは腕力だ。

(そんなさいばんはないぜ。)

そんな裁判はないぜ。

(こんちくしょう、だれがそのてにのるものか)

こん畜生、だれがその手に乗るものか

(「りれきなんかかまうもんですか、りれきよりぎりがたいせつです」)

「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」

(「のだのちくしょう、おれのことをいさみはだのぼっちゃんだとぬかしやがった」)

「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと抜かしやがった」

(「だまれ」とやまあらしはげんこつをくわした。)

「だまれ」と山嵐は拳骨を食わした。

(「むほうでたくさんだ」とまたぽかりとなぐる。)

「無法でたくさんだ」とまたぽかりと撲ぐる。

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