心理試験4/江戸川乱歩

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1 ヌオー 5401 B++ 5.7 94.4% 606.3 3479 204 49 2024/11/28

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問題文

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(さてどくしゃしょくん、たんていしょうせつというもののせいしつにつうぎょうせらるるしょくんは、)

さて読者諸君、探偵小説というものの性質に通暁せらるる諸君は、

(おはなしはけっしてこれきりでおわらぬことをひゃくもごしょうちであろう。)

お話は決してこれ切りで終らぬことを百も御承知であろう。

(いかにもそのとおりである。じつをいえばここまでは、)

如何にもその通りである。実を云えばここまでは、

(このものがたりのぜんていにすぎないので、さくしゃがぜひ、)

この物語の前提に過ぎないので、作者が是非、

(しょくんによんでもらいたいとおもうのは、これからあとなのである。)

諸君に読んで貰い度いと思うのは、これから後なのである。

(つまり、かくもたくらんだふきやのはんざいがいかにしてはっかくしたか)

つまり、かくも企らんだ蕗屋の犯罪が如何にして発覚したか

(というそのいきさつについてである。)

というそのいきさつについてである。

(このじけんをたんとうしたよしんはんじは、ゆうめいなかさもりしであった。)

この事件を担当した予審判事は、有名な笠森氏であった。

(かれはふつうのいみでめいはんじだったばかりではなく、あるたしょうふうがわりなしゅみを)

彼は普通の意味で名判事だったばかりではなく、ある多少風変りな趣味を

(もっているので、いっそうゆうめいだった。それは、かれがいっしゅのしろうとしんりがくしゃ)

持っているので、一層有名だった。それは、彼が一種の素人心理学者

(だったことで、かれはふつうのやりかたではどうにもはんだんのくだしようがないじけんに)

だったことで、彼は普通のやり方ではどうにも判断の下し様がない事件に

(たいしては、さいごに、そのほうふなしんりがくじょうのちしきをりようして、しばしばそうこうした。)

対しては、最後に、その豊富な心理学上の智識を利用して、屡々奏功した。

(かれはけいけんこそあさく、としこそわかかったけれど、ちほうさいばんしょのいちよしんはんじとしては、)

彼は経験こそ浅く、年こそ若かったけれど、地方裁判所の一予審判事としては、

(もったいないほどのしゅんさいだった。こんどのろうばごろしじけんも、かさもりはんじのてにかかれば、)

勿体無い程の俊才だった。今度の老婆殺し事件も、笠森判事の手にかかれば、

(もうわけなくかいけつすることと、だれしもかんがえていた。とうのかさもりしじしんも)

もう訳なく解決することと、誰しも考えていた。当の笠森氏自身も

(おなじようにかんがえた。いつものように、このじけんも、よしんていですっかりしらべあげて、)

同じ様に考えた。いつもの様に、この事件も、予審廷ですっかり調べ上げて、

(こうはんのばあいにはいささかのめんどうものこっていぬようにしょりしてやろうとおもっていた。)

公判の場合にはいささかの面倒も残っていぬ様に処理してやろうと思っていた。

(ところが、とりしらべをすすめるにしたがって、じけんのこんなんなことがだんだんわかってきた。)

ところが、取調を進めるに随って、事件の困難なことが段々分って来た。

(けいさつしょなどはたんじゅんにさいとういさむのゆうざいをしゅちょうした。かさもりはんじとても、)

警察署等は単純に齋藤勇の有罪を主張した。笠森判事とても、

(そのしゅちょうにいちりあることをみとめないではなかった。というのは)

その主張に一理あることを認めないではなかった。というのは

など

(せいぜんろうばのいえにでいりしたけいせきのあるものは、かのじょのさいむしゃであろうが、)

生前老婆の家に出入りした形跡のある者は、彼女の債務者であろうが、

(しゃくやにんであろうが、たんなるしりあいであろうが、のこらずしょうかんしてめんみつにしらべた)

借家人であろうが、単なる知合であろうが、残らず召喚して綿密に調べた

(にもかかわらず、ひとりとしてうたがわしいものはないのだ。ふきやせいいちろうももちろんそのうちの)

にも拘らず、一人として疑わしい者はないのだ。蕗屋清一郎も勿論その内の

(ひとりだった。ほかにけんぎしゃがあらわれぬいじょう、さしずめもっともうたがうべきさいとういさむをはんにんと)

一人だった。外に嫌疑者が現れぬ以上、さしずめ最も疑うべき齋藤勇を犯人と

(はんだんするほかはない。のみならず、さいとうにとってもっともふりだったのは、かれがせいらい)

判断する外はない。のみならず、齋藤にとって最も不利だったのは、彼が生来

(きのよわいたちで、いちもにもなくほうていのくうきにおそれをなしてしまって、じんもんにたいしても)

気の弱い質で、一もにもなく法廷の空気に恐れをなして了って、尋問に対しても

(はきはきとうべんのできなかったことだ。のぼせあがったかれは、しばしばいぜんのちんじゅつを)

ハキハキ答弁の出来なかったことだ。のぼせ上った彼は、屡々以前の陳述を

(とりけしたり、とうぜんしっているはずのことをわすれてしまったり、いわずともふりなもうしたてを)

取消したり、当然知っている筈の事を忘れて了ったり、云わずとも不利な申立を

(したり、あせればあせるほど、ますますけんぎをふかくするばかりだった。それというのも、)

したり、あせればあせる程、益々嫌疑を深くする計りだった。それというのも、

(かれにはろうばのかねをぬすんだというよわみがあったからで、それさえなければ、)

彼には老婆の金を盗んだという弱みがあったからで、それさえなければ、

(そうとうあたまのいいさいとうのことだからいかにきがよわいといって、あのようなへまなまねは)

相当頭のいい齋藤のことだから如何に気が弱いといって、あの様なへまな真似は

(しなかっただろうに、かれのたちばはじっさいどうじょうすべきものだった。しかし、それでは)

しなかっただろうに、彼の立場は実際同情すべきものだった。併し、それでは

(さいとうをさつじんはんとみとめるかというと、かさもりしにはどうもそのじしんがなかった。)

斎藤を殺人犯と認めるかというと、笠森氏にはどうもその自信がなかった。

(そこにはただうたがいがあるばかりなのだ。ほんにんはもちろんじはくせず、)

そこにはただ疑いがあるばかりなのだ。本人は勿論自白せず、

(ほかにこれというかくしょうもなかった。)

外にこれという確証もなかった。

(こうして、じけんからいっかげつがけいかした。よしんはまだしゅうけつしない。はんじはすこし)

こうして、事件から一ヶ月が経過した。予審はまだ終結しない。判事は少し

(あせりだしていた。ちょうどそのとき、ろうばごろしのかんかつのけいさつしょちょうから、かれのところへ)

あせり出していた。丁度その時、老婆殺しの管轄の警察署長から、彼の所へ

(ひとつのみみよりなほうこくがもたらされた。それはじけんのとうじつごせんにひゃくなんじゅうえんざいちゅうの)

一つの耳よりな報告が齎された。それは事件の当日五千二百何十円在中の

(いっこのさいふが、ろうばのいえからほどとおからぬーまちにおいてしゅうとくされたが、)

一個の財布が、老婆の家から程遠からぬー町に於て拾得されたが、

(そのとどけぬしが、けんぎしゃのさいとうのしんゆうであるふきやせいいちろうというがくせいだったことを、)

その届主が、嫌疑者の齋藤の親友である蕗屋清一郎という学生だったことを、

(かかりのもののそろうからきょうまできづかずにいた。が、そのたいきんのいしつしゃがいっかげつ)

係りの者の疎漏から今日まで気附かずにいた。が、その大金の遺失者が一ヶ月

(たってもあらわれぬところをみると、そこになにかいみがありはしないか。)

たっても現れぬ所を見ると、そこに何か意味がありはしないか。

(ねんのためにごほうこくするということだった。)

念の為に御報告するということだった。

(こまりぬいていたかさもりはんじは、このほうこくをうけとって、いちどうのこうみょうをみとめたように)

困り抜いていた笠森判事は、この報告を受取って、一道の光明を認めた様に

(おもった。さっそくふきやせいいちろうしょうかんのてつづきがとりはこばれた。ところが、ふきやをじんもんした)

思った。早速蕗屋清一郎召喚の手続が取り運ばれた。ところが、蕗屋を尋問した

(けっかは、はんじのいきごみにもかかわらず、たいしてえるところもないようにみえた。)

結果は、判事の意気込みにも拘らず、大して得る所もない様に見えた。

(なぜ、じけんのとうじしらべたさい、そのたいきんしゅうとくのじじつをもうしたてなかったかという)

何故、事件の当時調べた際、その大金拾得の事実を申立てなかったかという

(じんもんにたいして、かれは、それがさつじんじけんにかんけいがあるとはおもわなかったからだと)

訊問に対して、彼は、それが殺人事件に関係があるとは思わなかったからだと

(こたえた。このとうべんにはじゅうぶんりゆうがあった。)

答えた。この答弁には十分理由があった。

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